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史上最強の魔法使い

「初めまして。どうして僕たちの名前を?」


シズクが最初に抱いたのは純粋な疑問だった。


これほどの存在感を放つ人物と、もし以前に会っていたなら忘れられるはずがない。だが彼女は、当然のように二人の名を呼んだ。


「君たちの試験を、私も裏で見ていたからだよ。」


答えは意外なほど単純だった。スイは柔らかく微笑み、続ける。


「実はね、試験官五人だけじゃなく、各所に教師が隠れていたんだ。目的は受験生の人となりを把握すること。後は、不正行為の監視、魔素暴走が起きた場合の迅速な対応、そして、試験官が判断に迷った時の後押し。君たちのように異例の実力を示した受験生に備えるためでもある。」


「…なるほど。」


シズクは納得しつつも、背筋を正さずにはいられなかった。


ララもまた視線を落とし、口元を引き結んでいる。試験を見られていたという事実以上に、最強と呼ばれる魔法使いの眼差しにさらされていることが、二人を緊張させていた。


「そんなに緊張しなくていいよ。私は君たちの力を高く評価している。だから、ここに来てもらった。」


淡々と告げるスイの声には、不思議と人を奮い立たせる力があった。シズクもララも、胸の奥で小さな炎が灯るような感覚を覚える。


「さて、手始めにお互い魔法を見せ合おうか。魔法はその人の本質を映すもの。自己紹介にぴったりだろう?」


そう言って、彼女はお茶目に片目をつむってウィンクした。だが次の瞬間、空気が一変する。


スイが定位置に立った途端、周囲の魔素が振動する。目に見えぬ川の流れが収束するように彼女の周囲へと吸い込まれていく。


――知ってる。この現象。


シズクの脳裏に浮かんだのは、かつてグローブと戦ったとき、そしてヴァイオレットの魔法を目の当たりにしたときに感じたものだ。後で調べて知った、超一流の魔法使いが魔法を放つ時にだけ起こる現象だと。


「じゃあ、いくよ。」


軽い口調と裏腹に、その一言の直後、轟音が訓練場を揺るがした。


炎の奔流。火球が放たれたことを誰一人、事前に認識できなかった。気付いた時には、すでに火が形を成し、疾風のような速さで的へと叩き込まれていた。


大地が抉れ、魔法で強化された訓練場の壁も、豪快な爆音と共に崩れ落ちる。訓練場にいた生徒たちは、一瞬遅れて悲鳴を上げ、誰もが慌てて消火や避難に走り回った。


「いっけなーい。手加減したのに、やりすぎちゃった…。」


頭をかきながら呟くスイの姿に、周囲は唖然とするしかない。これで「手加減」だというのか。誰もが同じ疑問を抱いていた。


騒然とする中、スイは生徒たちの誘導を助けながら、シズクとララに振り返る。


「ごめんね、二人とも。今日はこれでお開きだ。また明日、改めて君たちの魔法を見せてもらうから。」


彼女は少し困ったように笑い、肩をすくめる。


「多分、この後は他の先生たちから盛大に説教されるだろうしね。」


そう告げられ、シズクとララは顔を見合わせ、苦笑を浮かべるしかなかった。


初めて出会った史上最強の魔法使いは、圧倒的で、そしてどこか人間らしい存在だった。


その夜。


寮の自室でララはベッドに腰掛けていた。昼間の出来事が頭から離れず、胸の奥はまだそわそわと落ち着かない。


そんな時、勢いよく扉が開かれた。


「ララ! 聞いてよー!」


元気いっぱいの声とともに飛び込んできたのはミアだった。


「ミア先輩?」


きょとんとするララに、ミアはすぐ隣に腰を下ろすと、堪えきれない笑いを漏らした。


「スイ先生ね。やっぱりあの後、説教されてたんだけどさ!」


ミアは両手をぐるぐる回しながら、必死にその光景を再現しようとする。


「十人くらいの先生に囲まれてさ、『また壁を壊した!』とか『修繕費がどれだけかかると思ってる!』とか、みーんな怒ってて!でもスイ先生は『すみません、ちょっと手が滑っちゃって』ってにこにこ謝ってるの!ぜーんぜん反省してるように見えなかったんだから!」


その姿を思い浮かべて、ララは思わず口を押さえた。


昼間の圧倒的な魔法からは到底想像できない姿に、肩の力が抜けていく。


「ふふっ。なんだか、可愛い人なんですね。」


「でしょ!最強なのに、そういうところがあるからスイ先生はもっと好きになっちゃうんだよ。」


得意げに胸を張るミアを見て、ララも自然と微笑んだ。ついさっきまで張り詰めていた気持ちは、不思議と和らいでいく。


夜の女子寮。二人の笑い声は、静かな廊下に小さく弾んで消えていった。


翌日。再び特別訓練場を訪れると、昨日スイが破壊してしまった壁は跡形もなく修繕されていた。どうやら、あの後すぐ修理を専門とする魔法職人を呼び寄せ、スイが自腹で直させたらしい。修繕費は目が眩むほどの額で、ゼロがずらりと並んでいたとか。


ほどなくして本人が現れる。昨日の騒ぎなど忘れたかのように軽やかな足取りでやってきたスイは、明るく笑いながらも二人をまっすぐに見据えた。


「さて、昨日の続きといこうか。君たちの魔法を見せてほしい。シズクは水を出す魔法、ララは風を出す魔法。攻撃魔法はまだ使い慣れてないだろう?だから今は、普段通りで構わない。」


声音は柔らかいが、その眼差しには一切の揺らぎがない。自然と二人の胸に緊張が走る。


「……わかりました」


「がんばります」


二人は定位置に立ち、深く息を整えて魔法陣を展開する。昨日よりもさらに淀みがなく、滑らかに。


まずはシズク。彼の掌から魔素が水へと変換され、瞬時に圧縮された水流が噴き出した。まるで巨大な消火ホースを握っているかのように、轟音を立てながら水柱が一直線に的を撃ち抜く。形を操ることはできないが、その射線は一切ぶれず、量と勢いの制御だけで的の中心を見事に穿ってみせた。


次にララ。彼女の足元に淡い魔素が渦を巻き、扇風機のように穏やかな風が瞬時に収束する。その空気の奔流は一気に圧縮され、弾丸のように的へと叩きつけられた。表面がビリビリと震え、刃物のような鋭さはないものの、確かに圧力と衝撃を備えた一撃となっていた。


スイは腕を組んだまま二人を見つめる。その瞳には、興味と期待がないまぜになった光が宿っていた。


「一般魔法は攻撃魔法の土台。疎かにしてはならないものだ。だが最近は、基礎を軽んじる子が多いんだよね。その点、君たちは十分すぎるほど基礎が固まっている。…いい師匠に巡り合ったようだ。」


自分たちが褒められたことよりも、師匠であるヴァイオレットを褒められたことが、シズクとララには何より嬉しかった。


「はい。ヴァイオレット師匠は、基礎を何より重視する方でしたから――」


「え?」


唐突に、スイが気の抜けた声を漏らした。その反応に、シズクとララだけでなく周囲の生徒たちも思わず首を傾げる。


「今…ヴァイオレットって言ったかい?」


「はい。」


「帝国軍第二軍の?」


あまりに具体的な質問に戸惑いながらも、シズクはこくりと頷いた。


次の瞬間、スイの口元に苦笑が浮かぶ。


「なるほどね。君たちは“いい師匠”どころか、最高の師匠に出会っていたわけだ」


「ヴァイオレット師匠を知っているんですか?」


「知ってるも何も、三年前まで、私も軍に所属していたんだ。ヴィオラさんとはそこで肩を並べて戦った仲間さ。」


あっさりと告げられた言葉に、二人は思わず息を呑んだ。親しげにヴィオラと呼ぶその響きは、彼女との絆の深さを物語っている。


「まさか彼女の弟子を、私が教えることになるとは…。これは本当に、光栄なことだよ。」


史上最強と謳われる魔法使いに「光栄」とまで言わせる師匠。


シズクとララは漠然と、いや、はっきりと悟った。ヴァイオレットという人物は、自分たちが思っている以上に途方もなく偉大な存在なのだと。


「彼女の弟子なら、基礎についてはもう語るまでもないね。よし、さっそく攻撃魔法の訓練に移ろうか。」


スイの声が訓練場に響く。その表情は穏やかだが、眼差しは鋭く、試す者のものだった。


「そうだな…。シズクもララも、火を操る魔法を使ってみてくれるかい。昨日、私が見せた火球をイメージするといい。いきなり複雑な形を作るより、まずはシンプルなものから始めるのが一番だからね」


促され、二人は深呼吸を一つ。足元に意識を集中させ、魔法陣を展開した。


――ふっと空気が熱を帯び、小さな炎が形を結ぶ。


昨日スイが見せた業火とは比べものにならない。だが、確かにそこには操るという意思が宿っていた。今まで放ってきた火の矢よりもはるかに強い熱を帯びた火球が、ぎこちない軌道ながらも的へと飛ぶ。


ぼっ、と音を立てて着弾。的の表面を焦がすにとどまったが、確かな爪痕を残していた。


その光景に、スイは満足げに手を打った。


「――素晴らしい。」


静かな称賛。だが、誇張ではない響きがそこにあった。


「魔法陣の展開、魔力の収束、形成の精度。どれも安定している。これなら、正直言って欠点はないね。後は反復練習あるのみ。威力、速度、造形…少しずつ階段を登るように磨いていけばいい。」


にこりと微笑むスイ。その言葉に、シズクもララも胸の奥で熱いものがじわりと広がるのを感じていた。

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