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機縁

「ふわぁ…疲れた~!」


シズクは風呂を上がるや否や、ベッドに飛び込んだ。普段の冷静な彼からは想像できない、純粋に疲れ切った様子に、ジャレクは思わず腹を抱えて笑う。


「どうした、シズク。らしくもないな。」


「だって、初めての攻撃魔法の訓練だったんですよ。疲れないわけがないじゃないですか。」


「あちゃー。初っ端から攻撃魔法か、そりゃ疲れるわな。俺なんて初めて攻撃魔法を使った日の夜なんて、先輩のことも気にせず爆睡かましたもんさ。そのせいで翌日はめちゃくちゃ怒られたけどな!」


アッハッハと豪快に笑うジャレクだが、その目はどこか真剣で笑ってはいなかった。先輩との生活が相当大変だったのだろう。ふと険しい表情になると、思い出すままに先輩の悪口を続ける。


「あの先輩な…。思い出すだけでもムカつくぜ。帰宅後はマッサージさせられるし、魔法が上手くいかなきゃ八つ当たりされるし、先輩の女子にちょっかい出そうもんなら生意気だって怒られるし…」


「最後のは先輩が悪いと思いますけど。」


「とにかくな! 嫌な先輩だったって話だ。だから前年度末の進級試験に落ちて退学になった時は、思わず笑っちまったよ。ざまぁみろってな!」


言っていることは最低だが、後輩に同じことを繰り返さず、むしろ可愛がり大切にしてくれるところは、やはりいい先輩である。最低だが。


「しっかし、一発で攻撃魔法を成功させたらしいな。二年の間でもう噂になってるぜ。」


「はい。」


「はっはー! 先輩の俺としても鼻が高いってもんだ。」


お前は何もしてないだろ、というツッコミはさておき、やはり噂になってしまったか、とシズクは物思いにふける。


入学時の主席と次席は何かと目の敵にされやすく、できるだけ目立たないように振る舞おうと思っていたが、朝の練習も午後の実技も、好奇心と欲望には抗えず、思う存分魔法を撃ちまくってしまったのだ。


それでも、すべてが悪い方向に進んだわけではなかった。この日の放課後、とある人物がシズクに接触を求めてきたのだ――


「初めまして。君達がシズク君とララさんだね。」


校内を歩いていた二人に声をかけてきたのは、金色のチェーンブローチを胸に輝かせる気品ある青年と、銀色のチェーンブローチを留めた女性。背格好から察するに、二人とも基礎課程三年だろう。


「どちら様ですか?」


「ああ、失礼。私は三年のアルベリオ。こちらはシリルだ。」


「アルベリオ先輩とシリル先輩ですね。初めまして。」


ララは初対面の緊張からか、そっとシズクの袖を摘まんだ。シズクは微笑み、代わりに受け答えをする。


「今日はどういったご用件でしょうか?」


アルベリオは軽く頭を下げ、穏やかな声で答えた。


「いや、たいした用事ではないんだけどね。歴代最高クラスの点数で入学し、攻撃魔法を一目で習得した君達に興味があっただけだよ。でも…うん、なるほどね。二人共、既に風格を備えている。」


「風格…ですか?」


シズクは首を傾げる。


「ああ。我が家の職業柄、人を見る目には自信があってね。才能や品格といった、その人が持つ素質を見抜けるんだ。君達二人は、そのどちらも非の打ち所がない。」


アルベリオは優しい眼差しで二人を見つめる。その傍らで、シリルもまた無表情のままじっと二人を見つめていた。ララはその冷静な佇まいにわずかに緊張したが、不思議と敵意は感じなかった。ただ静かに観察しているだけ、そんな印象だった。


ララはそっとシズクの袖を握り直し、息をひそめて小さく頷く。彼女も感じ取ったのだろう。この二人は敵ではない。むしろ好意を持って接してくれているのだ、と。


「今、時間はあるかい?少しだけ君達の魔法を見せて欲しい。」


「構いませんよ。」


「助かる。では、訓練場に移動しようか。」


四人は校舎を抜けて訓練場へ向かう。既に夕刻であったが、場内は昼間以上の熱気に包まれていた。二年生、三年生に加えて特待クラスの一年生たちも残り、互いに技を磨き合っているのだ。朝の授業で見たときよりも人数は倍に増え、熱心さにシズクは内心で感心した。


「ここは特待クラス用の一角だ。」


アルベリオが説明するように言う。


「実力に応じて環境も優遇される。だが、君たちほどの実力者はここでもそう多くはない。」


当然、そこでは皆が高度な魔法を繰り出しており、その中にちらほら同級生の姿もあった。汗を流しながらも真剣に修練に励む姿は、シズクの胸に熱いものを灯す。


「さて、準備はいいかな。あの的を狙って、攻撃魔法を放ってみてほしい。どの魔法でも構わない。」


シズクとララは軽く頷き合い、前に出る。そして静かに魔素を取り込み、足元へと集中させた。朝よりも授業中よりも、ずっと滑らかに魔法陣が展開されていく。その光景に周囲の生徒たちの視線が自然と集まった。


やがて、的へ向けて放たれたのは、鋭く制御された一撃。水の弾丸は中心を正確に撃ち抜き、続けて風の刃が同じように一点を削る。威力はまだ小さい。的はわずかに傷を負った程度で崩れ落ちもしない。だが、その精密さは目を見張るものがあった。


「…!」


近くで修練していた上級生の動きが一瞬止まる。朝のように動揺する者はいない。彼らもまた類まれなる才能を持つ特待クラスの生徒だ。感心し負けていられないと闘志を燃やしている様子だ。


アルベリオもその反応を当然とばかりに受け止め、満足げに頷いた。


「見事だ。威力はまだ未熟だが、ここまで正確に中心を射抜ける生徒はニ年生にもそうはいないだろう。」


隣のシリルは何も言わず、ただ無表情のまま二人を見つめている。静かに、その力を見極めようとしているだけのようだった。


「うん。もう十分見せてもらった。あとは自由に修練するといい。」


「わかりました。」


結局、何のために見せたのか、シズクとララは小さな疑問を胸に抱きながら、去っていく二人の背を見送った。そして、周囲の生徒たちに倣い、自分たちも再び的へ向かう。


一方その頃、訓練場を出たアルベリオがふと口を開いた。


「シリル。どう思った?」


「…合格でいいと思う。アルは?」


「同意見だ。よし、それなら私達二人の推薦で、明日特別訓練場に招待しよう。もっとも、先生は最初からその結果を分かっていたようだけどね。」


二人はとある教師から「シズクとララの力を秘密裏に試せ」と命じられていた。結果は合格。


その真相は翌日、明らかになる。


放課後。授業を終えて廊下を歩いていた二人を、再びアルベリオが呼び止めた。


「少し案内したい場所があるんだ。ついてきてくれるかい?」


彼のあとに続いて歩き出すと、たどり着いたのは訓練場だった。だが普段使っている共同のものよりもずっとこじんまりしていて、入れる人数も限られていそうに見える。


しかし扉に手をかける前から、シズクは肌にビリビリとした感覚を覚えていた。濃密な魔素の気配を。


――この感じ…帝都の軍本部に似ている。


記憶の中の空気よりは薄いが、それでも胸を昂ぶらせるには十分すぎるほどだ。


アルベリオが魔法で施錠を解くと、扉の奥には数名の生徒たちが魔法の修練に励んでいた。中には、見慣れない色のマントを羽織った者もいる。恐らくは実戦課程の上級生だろう。


その中に見知った顔があった。


「あっ!」


ミアだった。こちらに気づくなり、ぱっと表情を明るくして手を振り、小走りで駆け寄ってくる。


「アル先輩!二人とも合格なんですね!」


「ああ。君の言った通り、非常に優秀な子たちだったよ。」


「そうでしょう!私の自慢の後輩なんですから!」


えっへんと胸を張るミア。その姿に、シズクとララは思わず顔を見合わせて小さく笑った。


「そうだ。ここの説明をしないと。」


アルベリオはふと気づいたように、この訓練場の説明を始めた。


「通常の訓練場と比べて、いくつかの違いがある。まず、的までの距離が遠い。そして的そのものの強度も増している。さらに周囲には魔素暴走を抑制する魔道具が数多く埋め込まれているんだ。」


「つまり?」


シズクが問いかける。


「つまり、この場は特待クラスの中でも、とりわけ優秀で強力な魔法を放てる者のために設けられている。言わば選ばれた者のための訓練場だ。」


説明を受けながらシズクは、確かに漂う空気の質が違うことに気づいていた。肌に触れる魔素が濃く、研ぎ澄まされた緊張感を帯びている。ララもまた、自然と背筋を伸ばしていた。


そこで、ミアが得意げに口を挟む。


「それとね、ここではすごい先生が指導してくれるんだよ。」


「先生?」


ララが小首をかしげる。


「聞いたことない?この学校には史上最強の魔法使いがいるって。」


「…!」


思わずシズクとララは顔を見合わせた。まさか、そんな人物が本当に――


その時だった。背後の扉が静かに開く。


ひとりの女性が現れた瞬間、空気ががらりと変わった。


川の流れのように艶やかで長い髪が揺れると同時に、訓練場に漂っていた魔素が一斉に薄れていく。いや、正確には全ての魔素が、彼女のもとへ吸い込まれるように集まっていた。


「こんにちは!スイ先生!」


ミアが元気よく手を振る。


「こんにちは、ミア。」


女性は柔らかな声で答えると、視線をシズクとララに移した。


「おや、もう来ていたのね。初めまして、シズク、ララ。」


「……!」


シズクは思った。その姿を、自分は何度も見てきたと。ララも確信する。魔法の歴史の中で、幾度となくその名を読んできたと。


若干二十三歳にして、生ける伝説と謳われる――


「私の名前はスイ。よろしくね。」


史上最強の魔法使い、その人である。

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