攻撃魔法
「それじゃあ、シズク君の実力はわかったから、次はララちゃんの番だね。ちょっとワクワクしてきちゃった。ララちゃんはどんなものを見せてくれるのかってね。」
「そんなに期待するほどのことは起こりませんよ。」
シズクとは違って、ララは一目で魔法陣を覚えるなんてことはできない。だから彼との差を少しでも埋めるため、昨晩、教科書を読み漁り、基本的な三つの魔法陣は学んできた。
火を操る魔法、水を操る魔法、風を操る魔法。いずれも一般魔法の延長線上にあるもので、覚えるだけなら難しくはない。しかし、実際に使いこなすのは別物だ。
この魔法訓練場には、魔素暴走を抑制する魔道具が随所に埋め込まれており、生徒はここでのみ心置きなく魔法の練習ができる。ララはそれを知って、迷わず魔法陣を展開した。
ミアやシズクと比べれば描く速度は遅い。しかし完成した魔法陣は確かに火を操る魔法陣で、生成された火は徐々に矢の形を成した。普通ならここに辿り着くまで一か月以上はかかるはずだ。
「わーお。」
ミアも思わず声を漏らす。魔法の展開はシズクより遅かったが、完成度はむしろララが上回っていた。とはいえ、放たれた矢はまだ遅く、的に届くまで維持できなかった。
それでも、その光景は、先ほどシズクの魔法に心が折れかけていた先輩たちの心を打ち砕くには十分すぎるほどだった。
「ララちゃんもすごーい。これじゃあ、私が教える必要なかったかもな~。」
パチパチと手を叩きながら、二人の才能を目の当たりにしたミア。だが、二人はそうは思っていない。
「いえ。ミア先輩の魔法を見たからこそ、僕たちは完成形を想像できたんです。あれほど参考になる美しい魔法でなければ、多分、一度見ただけでこれだけの魔法は使えませんでした。」
「シズクの言う通りです。あんなにお手本として相応しい魔法、私は見たことがありません。自己流を全く入れず、教科書通りの正統派の魔法。まるで、ミア先輩のまっすぐな性格を表したような魔法でした!」
二人の褒め言葉は自然な本心から出たもの。決してミアをその気にさせようと狙ったわけではない。
「そうかな~。」
しかしミアは少し照れながら、十分にその気になってしまった様子だった。
「じゃあ、朝ごはんの時間までの短い時間だけど、教えられる魔法は教えとこうかな。特にララちゃんが昨日の夜、見てた三つの魔法くらいはね。」
その言葉にララは思わずドキッとした。部屋を暗くして、確かに彼女は静かに眠っていたはずなのに、夜なべして勉強していた自分の様子を見ていたなんて。後輩にまで気を配るなんて、先輩は本当にすごい。
「まずは、さっき見せた火を操る魔法から。わかってるとは思うけど、原理的には魔法陣に“火を操る魔法”だけでなく“火を出す魔法”も組み合わさっていて、自分の魔素から生み出した火を自在に操って、いろんな形に変えることができる。残りの二つの魔法も、基本は同じだよ。」
そう言ってミアは、水を操る魔法、風を操る魔法を続けて実演して見せ、二人にも真似をさせた。結果は先程と同じで、魔法の完成度こそ高いものの、まだ威力や持続力に乏しい。
ただ、一つだけ違いがあった。
シズクが水の魔法を使ったとき、放たれた弾丸はほんの僅かに速く、重みを増していた。
ララが風の魔法を使ったときも、矢は明らかに鋭さを増し、空を切り裂く音を響かせていたのだ。
「ふむ。なるほど、もしかしてシズク君は水を出す魔法が、ララちゃんは風を出す魔法が得意な感じかな?」
「そうですね。」
「やっぱりね。二人とも、水と風を伸ばしていくのが一番良さそうだ。魔法の先生から聞いたことないかな?人にはそれぞれ得意な属性があるって。」
その一言で、二人の脳裏にかつての訓練の日々がよみがえった。――ヴァイオレットとの記憶だ。
「最も基本となる三つの一般魔法は知ってるかな?」
おもむろにそう問いかけるヴァイオレット。
「はい。火を出す魔法、水を出す魔法、風を出す魔法です。」
シズクの即答に、彼女は満足げに頷いた。
「正解。じゃあ、どうしてその三つが“基本”って呼ばれるかはわかる?」
「えっと…生活に必要だからでしょうか?」
「うん、それも理由の一つね。」
ララの答えも間違いではない。火は暖を取るために、水は清めるために、風は涼むために。日常に根ざす魔法だからこそ、子供たちが最初に覚える入門魔法として重宝されてきた。
けれど、ヴァイオレットの欲しかった答えは別にあった。
「…魔素に属性があるから、ですか?」
シズクの言葉に、ヴァイオレットは目を細める。
「その通り。魔素には属性があるの。代表的なのが火、水、風。この三属性は空気中にもっとも多く存在していて、人はそれぞれ“取り込みやすい属性”を生まれつき持っているの。」
魔素は無色透明に漂っているが、そのひと粒ひと粒には属性が宿っている。最も身近で数が多いのが、火・水・風の三つである。そして発動する魔法の属性と一致した魔素をより多く取り込めば、発動される魔法はより強力になる。
その属性を選んで取り込むことはできない。体が無意識に、自然と特定の属性をより多く集めてしまうのである。
「たとえばシズク君は水の魔素を取り込みやすい。だから水を出す魔法が得意になる。ララちゃんは風。同じ理由で風を出す魔法が得意になる、ってわけ。」
「なるほど…。」
二人はふと、自分の得意な魔法を発動してみた。
シズクは水を、ララは風を。
確かに他の魔法よりも発動が自然で、今までも咄嗟の時には無意識にそれを選んでいたことに気づく。まるで体にしっくり馴染んでいるような感覚――
その感覚を確かめるように目を見合わせた瞬間、場面は現在へと戻る。
「…魔法が体に馴染むって感覚、覚えたことはない?」
「あります!」
シズクとララは声をそろえて答えた。
ずっと不思議に思っていた感覚。しかし、その理由は教えられていなかった。ヴァイオレットもあえて言わなかったのだろう。今、その答えをミアが語る。
「同じ魔法を繰り返し使うと、その属性の魔素を優先的に取り込めるようになるの。だから、最初は苦手な魔法でも続ければ強力に育つし、得意な魔法ならさらに鋭さを増すのよ。」
彼女はにこりと笑い、的を指さした。
「たとえば二人とも、慣れている水を出す魔法や風を出す魔法で、あの的を狙ってみて。」
シズクとララは深く息を吸い、掌を前に突き出す。
今まで愚直に磨いてきた一般魔法。それを攻撃の魔法のように速く、鋭く、強く押し出した。
次の瞬間、飛び出した魔法は的を粉々に打ち砕いた。
当然形は変えられない。ただの放出された水と風のままだ。しかし、その威力は先ほどの攻撃魔法を凌駕しており、人を傷つけるには十分すぎるほどの力だった。
シズクとララは固唾をのんだ。自分たちの中に眠っていた力の大きさに、ただ言葉を失う。
「一般魔法と呼ばれる魔法も、使い方によっては殺傷力を持つ。それを理解できたかな?」
ミアの言葉に、二人は無言で頷いた。
水も風も、これまでは生活を支えるための術だと思っていた。だが今目の前で示されたのは、人を傷つける力に変わり得る現実だった。
「魔法は便利だけど、その分だけ危うい。間違った使い方をすれば、誰かを守るどころか、簡単に奪ってしまう。だからこそ、扱う者には責任があるんだ。」
その声は、いつもの軽い調子ではなく、先輩として後輩を導く真剣な響きを帯びていた。
シズクもララも背筋を伸ばし、ようやく魔法の重みを心から実感する。
そして気づく。自分たちはもう子どもの遊びの延長で魔法を使っているわけではない。ここから先は、意志と覚悟が試される領域に踏み込むのだ、と。




