先輩
トリスに振り回されながらも、学校の説明は順調に進み、生徒たちは放課後を迎えた。
「みんなお疲れ様~!また明日ね~!」
嵐のように去っていったトリスに、少しだけ愛着を抱きながら、シズクとララも他の生徒たちと同じように寮へ向かった。
寮は男女で分かれており、その間には中庭が設けられている。近くには散歩のできる丘や花園もあり、由緒ある学校であることを改めて実感させられる。
ちなみに、特待クラスの生徒は学校内のほとんどの施設を無償で利用でき、この寮もその一つだ。
新入生は入学式の前日に入寮しており、同室の生徒とはすでに交流を深めていた。シズクもまた、同室のジャレクとは良好な関係を築いている。
「おっ。おかえり~、シズク。担任誰だった~?」
「トリスフェルミア先生です。」
「トリスちゃんか~。またおもろい先生に当たったね~。てか、名前ちゃんと覚えてんのか。流石一年主席だな~、記憶力いいわ~。」
からかうような声音。どうやらジャレクは、昨日シズクが主席であることを黙っていた件をまだ根に持っているらしい。
「何でそんなに怒ってるんですか?僕が主席かどうかなんて、別に大したことじゃないでしょう。」
その言葉に「良くねぇよ!」とジャレクは肩を大きくすくめた。
「知ってたら、お前の代表の言葉を最初から最後まで見れただろうが!」
どうやら彼は、ただそれが悔しかっただけらしい。
「なんだ。そんなことですか。」
またもその言葉に「そんなことじゃねぇ!」とジャレクは大げさに手を振る。
「これから最大五年間、一緒に過ごすんだぞ?相部屋の晴れ舞台くらい、見届けてやりたかったんだよ。」
本当に気持ちのいい性格をしている。しかし、彼には大きな欠点があった。
それから数分、会話を続けた後、話は冒頭の記憶力の話なった。
「そういえば記憶力の話なら、先輩だって人の名前を覚えるのは得意でしょう。さっき廊下で、もう一年女子の名前を全部覚えたって噂になってましたよ。」
名前を覚える点ではジャレクも負けてはいない。とシズクは彼を称賛する。
それに対して、ジャレクはにやりと笑い、指を鳴らして答えた。
「そりゃ大したことじゃねーさ。俺は女性の名前なら、一度聞いたら顔とセットで丸暗記だからな。特に可愛い子は全部ね。」
その言葉に、シズクは思わず眉をひそめる。
「…普通に最低ですね。」
そう、彼の欠点は女癖の悪さ。しかも、たった一晩でシズクに露呈するほどの悪さだ。しかし、
「だが、ララちゃんは別だぜ。なんたって、マイブラザー・シズクのガールフレンドだからな~!」
本気で言っているのか、からかっているだけなのか分からない。だが、こういう調子の軽さは不思議と憎めない。
「そういう関係じゃありませんから。」
シズクは強く否定した。幼馴染との関係をとやかく言われたくない、という気持ちが露骨に出ている。
「そう言って~。もし俺がララちゃんを狙――」
言い終わる前に、空気が凍る。シズクの周囲で魔素が微かに乱れたのだ。ジャレクは一瞬きょとんとした後、へらへら笑いながら両手を上げた。
「冗談、冗談だって。おー怖。そういうとこだぞ~、勘違いされちゃうのは。」
軽口を叩きながらも、しっかりとシズクをいじるのを忘れない。抜け目のないことだ。
翌朝。早くに目を覚ましたシズクは、部屋を見渡して首を傾げた。ジャレクの姿がない。昨夜も遅かったのに、いったいどこへ行ったのだろうか。
そんな疑問を抱えつつ制服に着替え、気分転換に外の空気を吸いに出る。
まだ六時台だというのに、生徒たちがちらほら歩いている。しかも皆が同じ方向へと進んでいて、気になったシズクもその列について行くことにした。辿り着いた先は訓練場だった。
訓練場に足を踏み入れると、そこにはいくつもの木製の的がずらりと並んでいた。焼け焦げたもの、真っ二つに割れたもの、そして粉々に砕けたものまであり、生徒たちが思い思いに魔法の練習をしていた。まだ朝だというのに、場内は掛け声や魔法の炸裂音で活気に満ちていた。
そんな場内でシズクは自然と辺りを見回す。しかし、ジャレクの姿はどこにも見当たらない。代わりに視線の先で、ララが見知らぬ女性と並んで立っているのが目に入った。
「おはよう、ララ、」
「おはよう、シズク。早起きだね」
「ララこそ。その方は?」
軽く挨拶を交わしつつ、シズクはララの隣に立つ女性へと視線を向ける。胸元には、ララと同じ銀色のチェーンブローチが留められていた。
「ああ、この人は私と同じ部屋の先輩でミア先輩だよ。」
「よろしくね、シズク君。君の噂は色々聞いてるよ~。」
ミアと紹介された女性は二年生の次席だという。きちんと制服を着こなし、立ち居振る舞いも整っていて、誰が見ても優等生そのものだ。ジャレクの奔放さとは対照的で、シズクは自然と背筋を伸ばす。
「噂ですか?」
キョトンとしたシズクの態度に、ミアの表情がぱっと年頃の少女らしい好奇心に変わる。
「そうそう。君が歴代二位の記録でこの学校に入ったって話。ホントなの~? ちなみにララちゃんは四位だったって噂もあるけど?」
思いがけない言葉に、シズクとララは同時に目を丸くした。
「ふふ、やっぱり知らなかったんだ? じゃあさ、ほら、お姉さんに入学試験の点数を教えてみなさい!」
「筆記は百点、実技は九十六点です。」
「私は…筆記は百点、実技は九十三点です。」
二人の答えを聞いたミアは、ぱっと笑みを浮かべ、楽しそうに手を叩いた。
「わぁ、本当だったんだ~。歴史に残るような才能が、二日目の朝に二人揃って見られるなんて…なんかお得だね~!」
独特な感性と、どこか天然めいた口ぶりに、シズクもララも思わず目を瞬かせる。
「しかも、そんな二人に魔法を教えられるなんて、もっとお得だよね~。」
軽やかな声に油断したのも束の間、ミアの雰囲気がすっと変わった。足元に魔法陣が閃き、火の矢が幾本も生み出される。そして矢は目にも止まらぬ速さで放たれ、遠くの的を正確に射抜き、木片に砕いていった。
「授業の前にララちゃんに攻撃魔法を教えようと思ってたけど…ついでにシズク君にも伝授して進ぜよう。」
胸を張る姿は少しおどけて見えたが、その魔法は笑いごとではない。魔法陣の展開、具現化、形状変化、放出。その一連の流れは川が大地を滑るように淀みなく、美しかった。二年次席の実力とは、まさにこれなのかとシズクは息を呑む。
そして、そんな素晴らしい魔法を目の当たりにして、シズクが我慢できるはずがなかった。おもむろに掌を的へ向けると、魔法陣を展開する。そして火の矢を形成し、解き放つ。それは真っ直ぐに飛び、木の的を正確に捉えた。しかし、撃ち抜けはしなかったし、焦げ目さえつかなかった。だが、そんな事実は些細だった。
訓練場の空気が一瞬にして凍りつく。
通常、攻撃魔法を使えるようになるまでに普通は一か月近くかかる。中には三か月経っても習得できない者も少なくない。しかも、それは攻撃魔法が使えるようになるまでの時間。的を狙うには更に時間が必要である。
それを彼は、一度見ただけで...
「…嘘だろ。」
「化け物かよ…。」
周囲の先輩たちがざわめき、顔を引きつらせる。驚きと共に、明確な絶望が混じっていた。努力を積んできた者ほど、その差を理解してしまうのだ。
一方で、魔法を披露して彼をその気にさせた張本人であるミアはと言えば、
「わぁ~。一度見ただけで。すごーい!」
ケロリとした顔でぱちぱちと手を叩いていた。驚いてはいるのだろう。だが天才である彼女にとっては、まだ凄いで受け止められる現実だった。
一方で、周囲の反応などシズクの耳には全く入っていなかった。
「…そっか。ようやく…攻撃魔法が使えるんだ。」
かつて攻撃魔法を使ったときは、本来なら大ごとになるはずだった。けれど、幾人もの大人たちが奔走し、なかったこととして扱われた。
その力を、今は人目を憚ることなく放てる。その事実をシズクはただ、噛み締めていた。
ララはそんな彼を、言葉を挟まずに見つめていた。視線の奥に何を抱いているのかは、誰にも分からないまま――。
本日は幕間としてもう一話更新しております。是非ともご覧ください。
また、幕間を挟んで次回は10/8(水)に更新いたします。




