入学
夏の眩しさをわずかに残した陽射しに、秋の気配を含んだ風が混じる朝。シズクとララは新しい制服に袖を通し、ランダ魔法学校の門をくぐろうとしていた。
「新入生代表の言葉――」
この学び舎に新しい風を迎える最初の一ページは、主席シズクの言葉から始まった。
「本日より、我らはここで新たな一歩を踏み出します。魔法は生まれ持つものではなく、研鑽し、磨き上げるもの。ここに集った仲間と共に、互いを高め合いながら成長していくことを誓います。」
会場には百名の新入生と二十名の教員。その視線を壇上から一身に受けるのは主席だけの特権だった。シズクはその重みを誇りと共に噛みしめていた。
式は粛々と進み、いよいよ魔法使い仮免許の授与へと移った。
魔法使い仮免許とは、攻撃魔法の修得と限定的な使用を認める唯一の資格。それを手にした瞬間、人は正式な魔法使いではないものの、魔法使いの卵として認められる。
つまり、この授与式こそ、未来の魔法使いたちが一歩を踏み出すための通過儀礼だった。
壇上へと呼ばれる名は、成績の低い者から順に続いていく。呼ばれるたび、歓声と拍手が沸き、ひとりひとりが仮免許を胸に抱く。だが、まだ呼ばれない者たちがいる。その数はわずか。残された名こそ、この試験で実力を示した上位の者たちの証だった。
列が残り二人となった時、ララは静かな足取りで壇上に上がる。今までの生徒が賞状を受け取るだけで壇上を降りる中、彼女は違った。
「入学試験次席、ララ。その栄誉をここに称える。」
学長は彼女の胸元に手を伸ばし、制服のマントを留めていた銅製のチェーンブローチを外すと、代わりに銀色の光を帯びたものをそっと掛け直した。
それは「次席」の証。努力と才能の結晶にして、全生徒が憧れの眼差しを向ける栄誉の印だった。
一瞬、会場の空気が変わる。羨望と驚嘆、そして密やかな嫉妬の入り混じったざわめきが広がったが、ララは動じない。小さく一礼すると、真っ直ぐな足取りで壇上を降りていった。
続いて呼ばれたのは、主席シズク。
学長が同じように銅のブローチを外し、代わりに掲げたのは、ひときわ輝きを放つ黄金のチェーンブローチだった。
それを掛けられた瞬間、シズクは肩にずしりと重みを感じた。それは単なる装飾ではない。主席として全員の先頭に立ち、導く責任の象徴。
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。羨望の眼差しも、燃えるような挑戦の視線も、そのすべてがシズクに注がれている。誇らしさの裏で、胸の奥には新たな責任の芽が静かに息づいていた。シズクはそれをはっきりと感じ取る。
「新入生全百名。ここに君たちの仮免許取得を認め、この学び舎に名を連ねることを許可する。これより六年間、修練に励むよう心から願っている。」
学長の言葉をもって、入学式は厳かに幕を閉じた。
入学式を終え、各々が指定された教室へと向かう。クラスは成績順で決定され、上から順に特待クラス、第一クラス、第二クラス、第三クラス、第四クラスと分けられており、各クラスに二十人ずつ所属している。
特待クラスは名前の通り、将来を大いに期待される生徒たちが集められ、最先端の教育を受ける権利が与えられる。これは単なる特別扱いではなく、その教育に耐えうる実力があると認められただけであり、最終的にどれだけ成長できるかは本人の努力次第である。
当然、彼らの席は常に狙われており、一年間に四度行われる定期試験で席次が変動すれば、所属するクラスも入れ替わることになる。
そんな特待クラスに在籍するシズクとララ。緊張感を抱きつつ席に座ると、勢いよく教室の扉が開く。現れたのはピンク色の可愛らしい服に身を包んだ少女だった。
そして開口一番、彼女はハチャメチャな言葉を放った。
「この超絶美少女は誰かって?そんなの決まってるじゃない!君たちの担任、トリスフェルミアだよ。気軽にトリスちゃんって呼んでね☆」
ウィンクを決める彼女に、教室中の生徒たちは呆気にとられる。少しの沈黙の後、皆心の中で同じことを思った。
――これが担任か…。
「なんだい、みんな。浮かない顔して、私のこの可愛すぎる顔を見て元気出すと良いぞ♡」
凍り付いた空気の中でも、彼女は平常運転だ。その屈強な精神には、思わず感嘆の息を漏らしたくなる。そんな彼女と最初に対面したのはシズクだった。
「えっと、トリスフェ――」
「トリスちゃん!」
シズクが名前を呼ぼうとした瞬間、彼女はすかさず愛称を押し付ける。
「トリス先せ――」
「トリスちゃん!」
懲りずにシズクが“先生”と呼ぼうとするも、再び機先を制された。
「先せ――」
「トリスちゃん!」
遂にシズクも諦め、観念したように小さくつぶやく。
「…トリスちゃん。」
「おっ、シズク君か。いい心がけだ☆」
「貴女のことはよくわかったので、まずは学校の概要の説明をお願いします。」
案外聞き分けが良いのか、彼女は笑顔で頷くと、そのまま教壇に立って説明を始めた。
「よし、この学校のことを説明するよ!まず、この学校は基礎課程と実戦課程に分かれている。基礎課程三年、実戦課程三年、合わせて六年間学ぶことで、みんなは魔法使いの卵から正式な魔法使いになれるってわけさ。」
基礎課程では主に攻撃魔法の習得と、自分の得意魔法の選択が軸になっていて、魔法使いとしての基礎を身につけることになる。
一方、実戦課程では実際に軍に配属され、実戦経験を通じて魔法を磨く。授業だけじゃない、本物の戦場での学びが待っているという訳だ。
「もちろん、学んでるだけで魔法使いになれるわけじゃないよ!毎年、年度末には進級試験があって、これに合格しなきゃ次の学年には進めない。落ちたら退学!厳しいよね~。まぁ、このクラスに入れた君達には、ほとんど関係ない話なんだけどさ。」
進級試験は毎年五月末に行われ、この結果で進退が決まる。逆に言えば、ほかのテストの成績がどうでも、この試験さえ合格すれば次の学年に進める。魔法学校ならではの制度だ。
「あと、毎年三月には学年対抗戦ってのがある。これは各学年の特待クラスが集まって技を競う行事で、簡単に言えば、先輩と手合わせできるチャンスってわけさ。これを成長の糧にするか、挫折の一歩目にするかは君達次第。がんばれよ!」
学年対抗戦は特待クラスだけが参加可能で、学年を超えて魔法の腕を競い合うことで互いに刺激を与えあう機会になっている。
「とまぁ概要はこんなもんかな。次はカリキュラムの話。正直、こんな堅苦しい話はどうでもいいんだけど、説明の義務があるらしいから、ちゃちゃっと済ませるよ~。」
基礎課程では魔法だけでなく、一般教養の授業もあるらしい。トリスはそれをつまらなそうに説明した。まるで面倒な宿題を読んでいるかのような口調で、黒板に貼られたカリキュラムのポスターには目もくれず軽く流すだけだ。
「はいはい、数字や文字の話は置いといて。本題はこっちね!さあ、魔法の授業について説明するよ~!」
その軽い切り替えに、教室の空気は一気に引き締まった。軽妙なトリスとは正反対に、生徒たちは真剣な表情で話に耳を傾ける。
「まずは魔法の座学だけど、全部で四つあるよ。魔法学基礎、魔法学応用、魔素制御学、魔法陣理論。ぜーんぶエリエリ!…じゃなかった、エリオドール先生が担当するよ!」
「エリエリ?」と生徒たちは心の中でつぶやきつつも、静かに続きに耳を傾ける。
「次は魔法の実技ね。こっちも四つあるよ。一般魔法、応用魔法、攻撃魔法、魔法演習。全部、トリスちゃんが担当するよ~!嬉しい?ねぇ、嬉しい?」
彼女の鬱陶しさはひとまず置いておくとして、由緒あるランダ魔法学校で実技を任されているという事実は、彼女が超一流の魔法使いであることを示す証拠だった。言動も行動も見た目も、まったくそれを感じさせない訳だが。
「とりあえず、そんな感じ!これからよろしくね、みんな☆」
その瞬間、教室中に小さなざわめきが広がる。誰もが彼女の言動に呆れ、笑い、少しだけ目を見張った。けれど確かに、このトリスという先生の存在が、これからの数か月間、彼らの魔法生活の中心になるのだと誰もが感じていた。
次回は10/4(土)に投稿いたします。




