入学試験
「さて、行こうか。」
「うん。」
ランダ魔法学校。帝国中から優秀な子供が集う、誰もが憧れる超名門校だ。
毎年千人を超える受験者のうち、合格を勝ち取れるのはわずか百人。その狭き門を抜けた者は、将来の栄光を約束されたも同然だった。
だが、シズクとララにとっては決して険しい門ではない。彼らは生まれながらにして、他の子供たちとは根本から異なる才を持っていたからだ。
師であるヴァイオレットが課した試練は主席と次席での合格だ。
ララはわずかに不安を抱えていたが、シズクにとってそれは当然の結果でしかなかった。胸中にはすでに揺るぎない自信が宿っている。
試験会場に入っても、その自信が揺らぐことはない。むしろ、他の受験生を目にしたことで、確信はさらに強固なものとなった。
――やはり…。
言うまでもない。ここにいる誰もが同年代の常識を超える実力を持っていた。だが、その中でシズクとララは突出していた。頭一つ抜けている、という表現すら生ぬるい。比べること自体がおこがましいほどの差が、そこにはあった。
その圧倒的な差は、偶然会場を覗きに来ていた在校生や、試験に関係のない教員にすら一目で理解させるものだった。
「――それでは、試験開始!」
と、これだけ魔法の実力を期待させておきながら、午前中は筆記試験である。
内容は二科目。魔法陣に関する知識を問う「魔法学基礎」が五十点、魔法の歴史に関する知識を問う「魔法学史」が五十点。合計百点のテストである。受験者は十三歳の子供たちだが、その難易度は大人でも十点取れるかどうかという代物だった。
合格ラインは例年六十点前後であり、九十点を超える者が一人でもいれば豊作と評される。そんな超難関試験だが、終了後に掲示された結果は会場を大きく揺るがせた。
九十点以上が三名。そのうち二人は満点。
当然、その二人こそシズクとララだった。周りの受験生が騒ぐ中、二人は当然と言わんばかりに結果を確認すると、さっさと立ち去ってしまった。
向かったのは食堂。実は、入学試験中は受験生もこの学食を利用できる。美味しいと評判の学食を一度は食べようと、多くの受験生がここで昼食をとっていた。シズクとララが足早に会場を後にしたのも、この学食が目当てである。遅くなると混むと思い急いでこちらに向かった様だ。なんとも子供らしい理由である。
そうして腹ごしらえをしながら、二人は午後の実技試験に向けて話をしていた。
「ここまでは予定通りだ。問題は実技試験。基礎魔法は明確な基準があるが、応用魔法は完全に試験官の主観だ。」
実技試験は「基礎魔法」と「応用魔法」の二つで構成され、それらを総合的に評価して百点満点の点数が付けられる。
基礎魔法は厳密な基準に従って採点され、その基準をどれだけ満たしているかを評価される。シズクとララは師であるヴァイオレットから「少なくとも九十点以上は取れる」と太鼓判を押されており、この試験には絶対的な自信を持っていた。
一方、応用魔法には明確な基準がなく、独創性や完成度が重視される。要は、試験官の心をどれだけ掴めるかが鍵となる試験だ。ただし、評価されやすい魔法は事前に知られており、中でも「風を出す魔法」を応用した「宙に浮く魔法」は毎年高い評価を得ていた。シズクとララもそれを理解しており、この三年間で徹底的に修練を積んできたのである。
「練習通りにやれば、僕達が一位と二位になるのは確実だ。後はどっちが一位になるかだけだな。」
「うん。絶対に負けないよ。シズク。」
「こっちの台詞だ。」
互いに笑みを交わす二人。幼馴染としての親しさ以上に、この三年間で培われたライバル心がそこにはあった。互いを意識し合い、競い合い、より高みを目指す。そんな関係が、いま彼らを支えていた。
そして迎えた実技試験。
最初に呼ばれたのはシズクだった。
会場へ足を踏み入れると、横一列に並んだ五人の試験官が彼を待ち構えている。広い会議室のような空間には、他に誰もいない。緊張を強いる静けさの中、シズクは真っ直ぐに前を見据えて歩みを進めた。
「それでは基礎魔法を。」
合図とともに、シズクは水を出す魔法を展開した。
淡い光を帯びた魔法陣から透明な水が生まれ、彼の頭上へと打ち上げられる。次の瞬間、細かな雫となって降り注ぎ、シズクの周囲に小雨を落とした。
魔素の流れ、魔法陣の安定度、発動速度。どれをとっても隙がない。試験官たちは無言のまま見つめ、その眼差しは驚きと関心を混ぜ合わせたものに変わっていく。
手応えを確信し、シズクは小さく拳を握りしめた。そして迷いなく応用魔法へ。
「次に応用魔法を。」
再び魔法陣を描き、今度は風を出す魔法を発動。彼の身体がふわりと宙へと浮き上がる。ここまではよく知られた宙に浮く魔法であり、試験官たちは淡々と観察を続けていた。
だが次の瞬間、シズクの身体が縦横無尽に飛び回った。まるで鳥のように、あるいは矢のように。急激に進路を変え、時に鋭く、時に滑らかに空中を駆け抜ける。
本来、こうした動きには風を操る魔法、すなわち攻撃魔法の応用が不可欠だ。だがシズクは風を出す魔法だけを用い、飛びながら魔法陣を変化させ、進行方向に応じて逆向きに風を放つことで推進力を得ていた。
試験終了の合図が鳴ると同時に、シズクは鮮やかに着地した。そして深く一礼し、会場を後にする。その背中が扉の向こうに消えると同時に、室内に静かなざわめきが広がった。
「素晴らしい…!」
「基礎も応用も、あの年齢でここまでとは。」
若い試験官が感嘆の声を上げ、別の試験官も力強く頷く。だが経験豊富な一人は冷静に指摘を加えた。
「確かに驚嘆すべき技量だ。ただ、応用魔法での魔法陣にはまだ粗さがあったな。」
「それは当然でしょう。移動しながら連続で魔法陣を調整するなど、我々ですら難しいことですよ。」
「もちろん理解しているとも。だが、あの才覚ならばさらに高みを目指せるはずだ。」
意見が飛び交う中、年長の試験官が軽く手を叩き、場を収める。
「では、採点を行おう。」
そうしてシズクの試験は幕を閉じた。そしてしばらくして、ララも試験の時間を迎えた。
彼女は扉を開け、まっすぐに試験官たちの前に立つ。その瞳には緊張も迷いもなく、ただ「やりきる」という覚悟が宿っていた。
「それでは基礎魔法を。」
合図とともに、ララは風を出す魔法を発動した。
魔法陣が光を放ち、ふわりと優しい風が会場を包み込む。試験官たちの衣服や髪がそよぎ、まるで自然の風が吹き抜けたかのようだった。
派手さはない。だが魔素の流れは極めて滑らかで、魔法陣には一切の乱れが見られない。完成度の高さが一瞬で伝わる魔法だった。
続いて応用魔法へ。
ララが展開したのは宙に浮く魔法。
合図と同時に身体がすっと浮かび上がり、そのまま安定した姿勢で宙にとどまる。
シズクの様な驚かされる派手な動きはない。ただし魔法陣は完璧に保たれ、魔素の流れも途切れない。時間いっぱい、およそ一分間、ララは揺らぐことなく宙に留まり続けた。
やがて試験終了の合図が鳴ると、彼女は静かに着地し、深く一礼して会場を後にする。再び扉が閉まり、静寂が訪れる。試験官たちは互いの顔を見合わせ、感想を交わした。
「実に安定していたな。基礎魔法にしても応用魔法にしても、完成度が高い。」
「派手さはないが、粗さもまったくない。実直な性格がそのまま表れているようだ。」
「ただ、特筆すべきなのはあの持続力だろう。一分以上あの魔法を使って顔色一つ変えていなかった。」
普通、受験で披露される様な宙に浮く魔法はせいぜい五秒程度で、浮くというにはあまりにも未熟なものだった。しかし彼女は一分以上も浮き続け、正しく宙に浮く魔法という名に相応しい魔法を使って見せた。しかもあの様子なら、さらに長く浮くことも可能に思えた。
「ただし、インパクトという点では先ほどのシズクに一歩譲るだろうな。魔法の難しさという点でも、シズクの工夫は評価せざるを得ない。」
「だが、総合的な完成度は同じ水準にある。非常に優秀だ。」
年長の試験官が手を叩き、再び場をまとめる。
「では、採点を行おう。」
そうしてララの試験も幕を閉じた。
「では、採点を行おう。」
こうしてララの試験も終わった。
試験を終えたシズクとララは、全ての試験が終了するまで待機所の椅子に腰を下ろす。
「どうだった?手応えは。」
「大丈夫だと思う。練習通りにできたから。」
普通なら本番で練習以上のことをしようと焦る年頃だろう。しかし二人は終始、練習通りで十分と考えていた。練習でできないことを本番で挑戦しても無意味だと知っているのだ。ヴァイオレットもよく言っていた。
「魔法使いは同じ魔法を何度も使う。その再現性を高めるために毎日練習する。常に百パーセントの魔法を出せるようにね。」
百二十パーセントも二百パーセントもいらない。驚くような魔法ではなく、いつでも完璧に使える魔法こそが重要だ。二人はそうして練習を重ねてきた。
そしてその練習が実を結ぶ瞬間が訪れようとしていた。
シズクは九十六点。ララは九十三点。
例年ならば最高点とされる八十点台をも凌ぎ、二人の名は鮮やかに掲示板を飾っていた。
当然の結果だと分かっていても、シズクの胸には熱い思いが去来した。
「やったね」
袖を引き、笑いかけるララに、シズクは心からの喜びを込めて答えた。
「うん…!」
そんな二人を眺めて、年長の試験官がぽつりと呟く。
「あの二人は知り合いなのかね?」
「ええ。聞くところによると同じ街の出身で、しかも幼馴染だそうです。」
ほう、と試験官は頷き、かつての記憶を思い起こした。
「…十年前のスイとシアを思い出すな。」
「ああ。確かに、あの二人も出身こそ違いましたが親友でしたからね。」
思い返されるのは、かつての伝説。そして今、この二人もまた、新たな伝説の始まりを静かに刻もうとしていた。
次回は10/1(水)に投稿いたします。




