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成長

「あと十秒…三、二、一、終了!」


ヴァイオレットの声が響くと同時に、ララとシズクは肩で息をしながら地面に倒れ込んだ。


すぐにヴァイオレットが氷水で冷やしたボトルを差し出す。二人は震える手でそれを受け取り、喉を鳴らして水を流し込んだ。


「よく頑張ったわ。二人とも、もう五分は維持できるようになったじゃない。」


師弟の関係が始まってから、まだひと月ほど。並の魔法使いが三十分は持続できる中で、ララとシズクはわずか五分、それでも十歳の子供としては十分すぎる成果だった。


「うん。これくらいなら次の段階に移れるかな。」


「次?」


首をかしげる二人にヴァイオレットは満足そうに微笑むと、次の段階を示すべく口を開いた。


「二人は水と風を合わせて霧を作る練習をしてきたわね。次は、それに魔法の維持を組み合わせる訓練をするわ。」


ヴァイオレットは右手を掲げ、水を空へ放つ。瞬く間に細かな霧が広がった。が、今回は風に流れない。霧は空気に縫いつけられたように、その場にとどまり続けていた。


「…散らない」


ララが息をのむ。シズクも目を凝らした。揺らぎながらも、霧は決して広がらない。まるで時間が止まったかのようだった。


「これが維持の応用よ。」


ヴァイオレットは静かに言う。


「今までの君たちは魔法を出して終わりだった。だから霧はすぐに散った。でも互いに魔法を維持し続ければ、こうして形を保てる。」


二人は声もなく見入った。これまでの訓練の意味を、今まさに突きつけられている。


「維持できれば、こういうことも可能よ。」


ヴァイオレットはそのまま霧を一分保ち、ふっと魔法を解いた。瞬間、霧が一気に広がり、辺りを真白に覆う。視界はたちまち霞み、輪郭すら曖昧になった。


ララは目を見開いた。


「…敵の視界を奪える。」


シズクが頷き、真剣な声で続ける。


「不意打ちや退避にも使える。霧を合図に別の魔法を隠せば、戦場では大きな武器になる。」


ヴァイオレットは微笑んだ。


「よし、二人で霧を作ってみなさい。今言ったように維持することを意識して。」


「わかりました。」


二人は同時に頷く。そして合図もなく魔法を発動させた。


ふわり、と霧が生まれる。ここまでいつも通り。違うのは、その霧が空気に縫いとめられたように留まり続けたこと。


「…できた!」


ララの瞳が輝く。シズクも小さく拳を握った。


だが時間が経つにつれ、霧はかすかに揺らぎ始める。まるで見えない綻びが広がるように、均衡が崩れていく。十数秒が経過した頃だった。ぱっと糸が切れたように霧が散り、風に流されて消えてしまった。


「あ...。あと少しだったのに。」


ララが悔しげに唇を噛む。シズクも不満を隠せない。


ヴァイオレットは静かに首を振った。


「惜しかったわ。でも原因ははっきりしている。」


二人は顔を上げる。


「発動のときは魔素の流れが揃っていた。けれど維持の最中で少しずつ速度がずれていったの。たとえ一秒の誤差でも、積み重なれば大きな乱れになる。結果、霧は保てなかった。」


説明を聞き、ララは小さく頷いた。


「つまり、流れを揃え続けないと意味がないってことですね。」


シズクもすぐに言葉を継ぐ。


「一瞬合っていればいいんじゃなくて、持続の間、常に同じ速さを保たなきゃならない。なるほど。中々に難しいですね。」


二人は顔を見合わせ、同時に息を吐いた。その表情には納得の色が浮かんでいる。


その理解を試すように、二人は再び魔法を発動させた。今度は感覚を研ぎ澄まし、魔素を流す速さに全神経を注ぐ。


水と風が交わり、白い霧が生まれる。十秒、二十秒、霧は崩れず留まり続けた。三十秒を過ぎても揺らがず、やがて一分に届く寸前で、力が切れたように散っていった。


「ん~!惜しい!」


ララが額の汗をぬぐいながら悔しさをにじませる。シズクも肩で息をしつつ、霧の消えた空間を眺めていた。


ヴァイオレットは腕を組み、ゆっくりと頷いた。


「良くなったわ。さっきよりずっと長く保てていた。」


二人の表情にわずかな期待が浮かぶ。だがヴァイオレットはすぐに続けた。


「けれど、まだ十分とは言えない。最低でも二人で二分半、一人でやる魔法の半分の時間は保てなきゃならないわ。」


「二分半…。」


ララは思わずつぶやき、シズクは小さく首をかしげた。だが二人とも諦めの色はなく、次の挑戦への決意がその瞳に宿っていた。


「…やってみよう。」

シズクが拳を握り、ララも頷く。二人は息を整え、再び魔法陣を描こうとした。だが、その動きをヴァイオレットが制した。


「待ちなさい。今日の訓練はここまで。」


二人は思わず顔を上げる。


「でも――」


ララが言いかけるより早く、ヴァイオレットは首を振った。


「焦っても意味はないわ。もう君達の体力は限界が近い。無理をすれば身につくどころか、体は壊すだけよ。」


シズクは唇を結び、ララも残念そうに俯く。それでも二人の目の奥には、消えない炎が残っていた。


ヴァイオレットはそんな二人を見て、小さく笑みを浮かべる。


「明日また挑戦すればいい。二分半なんて、きっとすぐに届くわ。」


ヴァイオレットの言葉に、二人はしぶしぶ魔法陣を解いた。悔しさはある。けれどその瞳には、次の挑戦を待ち望む光が確かに宿っていた。明日こそは、と。

次回は9/17(水)に投稿いたします。

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