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初訓練

公園の木陰に立ち、ヴァイオレットは腕を組んで二人を見渡した。ララの掌からは安定した風が、シズクの指先からは澄んだ水が、寸分違わず一定の流れで放たれている。


「…うん。基礎はもう十分ね。」


ヴァイオレットの口元に笑みが浮かぶ。


「勢いも大きさも、ここまで制御できるなら次の段階に進みましょう。」


「次…?」


ララが小首をかしげる。


ヴァイオレットは軽く右手を掲げ、空に向かって水を放つ。だが今度はただの水の流れではなかった。水は空中で細かく砕けて霧のように広がり、周囲の空気をしっとりと濡らす。その霧を風がさらい、木々を揺らしてざわつかせた。


「魔法は単体で使うだけじゃ限界がある。重要なのは環境や他の魔法との相互作用よ。」


「…つまり、風と水を組み合わせれば霧を作れる、ということですか?」


シズクがすぐに答える。


「正解。霧は視界を遮り、時に敵の動きを鈍らせる。あるいは水を細かく散らして風に乗せれば、乾いた土地を潤すこともできるわ。」


「わぁ…!」


ララの瞳がきらめく。


「ただ強くするんじゃなくて、工夫次第で全然違う役に立ち方をするんですね!」


ヴァイオレットは頷き、続ける。


「発展は2つ。ひとつは今言ったように組み合わせること。もうひとつは持続させることよ。力を一瞬で放出するのは簡単だけれど、長く維持するとなると集中力と魔力の配分が必要になる。戦場ではこれが一番大事になるの。」


ヴァイオレットの言葉に、ララとシズクの表情が一気に引き締まった。


「…それができれば、守り続けられる。」


ぽろりとララの口からこぼれた言葉に、ヴァイオレットが目を細める。


「──その通りよ。」


突然の応答に、ララは慌てて口を押さえた。


「えっ、いまの声に出てました!?」


「出ていたわね。」


ヴァイオレットは柔らかな笑みを浮かべながらも、どこか凛とした声音で答える。


ララは「うわぁ…」と顔を赤らめてうつむく。そんな彼女に、シズクが苦笑しながら補足した。


「ララはたまに心の声が漏れるんです。」


「そういうことだったのね。」


ヴァイオレットは納得したように微笑んだ。その笑みに、ララは恥ずかしそうに頭を掻く。


一瞬、場の空気が和み、夜風の冷たささえ柔らかく感じられた。


しかし、ヴァイオレットはすぐに表情を引き締める。冗談の余韻を残しながらも、声には軍人らしい凛とした響きが宿っていた。


「それじゃあ、訓練に戻りましょう。まずは組み合わせから試してみましょうか。シズクくんの水と、ララちゃんの風。それを一緒に操ってみなさい。」


軽口から一転して、空気が再び張り詰める。シズクとララは顔を見合わせ、小さく頷き合った。


二人が同時に手を掲げる。ララが深く息を吸い、シズクがそれに合わせる。合図はいらない。長年の友達だから、互いの呼吸は自然と揃う。


ララの手のひらから風が生まれ、シズクの掌からは水が溢れる。風と水が絡み合い、瞬く間に渦を巻きはじめた。空気はひやりと湿り、霧のような粒子が陽光を散らす。


成功した。そう思ったのも束の間。渦が不規則に揺らぎ、勢いを失った水が地面に落ちる。続けて風だけが暴れ、霧は散り散りになって消えた。


「…あれ?」


「ちゃんと合わせたのに。」


シズクは目を丸くし、ララは唇を噛み、悔しそうに足元を見つめた。


ヴァイオレットは静かに見守りながら、そっと首を振る。


「呼吸は揃っていた。でも、魔素の流れがまだ、噛み合っていなかったみたいね。」


「魔素の流れ?」


二人は同時に首を傾げた。今まで魔法を使うとき、そんなものを意識したことも、感じ取ったこともなかったからだ。


ヴァイオレットは小さく微笑んで説明を続けた。


「魔素は常に空気中を漂っているわ。そして水や風と同じように、そこには流れがあるの。どんなに濃密な場所でもね。」


その言葉に、シズクはふと帝国軍本部を思い出す。息をするのも重く感じるほど、魔素が満ちていた空間。あの場所にも、見えない流れがあったというのか。


「魔法使いはその流れを知覚して、適切なタイミングで魔素を取り込む必要があるの。そうすれば、もっと効率よく、安定して魔法を発動できる。二人でひとつの魔法を完成させたいなら、流れを読む感覚を合わせて、同じ瞬間に魔素を取り込まなければならないのよ。」


シズクとララは顔を見合わせた。呼吸を合わせるだけでも難しいのに、さらに見えない流れまで読むなんてできるのだろうかと。それは、一人で二属性の魔法を同時に扱うよりは簡単かもしれない。けれど、現状の自分達にはあまりにも高い壁に思えた。


ヴァイオレットはそんな二人の戸惑いを感じ取ったのか、言葉を和らげた。


「さっきは、わざと教えなかったの。まずは失敗を知って欲しかったから。どうすれば失敗するのかを自分で体験しておかないと、次に繋がらないでしょう?」


なるほどとシズクは頷く。ララも失敗の感触がまだ掌に残っているのを意識した。


ヴァイオレットは軽く両手を打ち合わせる。


「さあ、今のことを頭に入れて、もう一度試してみましょう。次はきっと、違う景色が見えるはずよ。」


「…わかりました!」


二人は声を揃えて返事をした。だが勢いとは裏腹に、今まで感じたことのない流れをすぐに掴めるはずもない。何度も試すが、目に見えぬものを読むのは難しい。魔素への感受性が高いシズクでさえ、この短時間で理解することはできなかった。


「…あっ。」


ララが小さく声を上げた。


「どうしたの?」


シズクが振り返ると、ララはどこか遠くを見るように目を細めていた。風の気配を追うかのように。彼女は魔素の流れを感じ取ったのだ。


ヴァイオレットは思わず息を呑む。シズクではなく、ララが先に掴んだ。その事実は誰にとっても意外だった。だが、シズクだけは穏やかに微笑んでいた。彼だけがララの才能を最初から信じていたからだ。


だが、それとこれとは別だ。負けてはいられない。シズクは瞼を閉じ、周囲に漂う魔素を一つずつ丁寧に掴み取っていく。直感だけではなく理性も用いて。そして細部を積み上げ、全体を組み立て、やがて、その流れを巨視的に捉えることに成功した。


「…うん。二人とも掴めたようね。」


ヴァイオレットの言葉に、シズクとララは小さく頷いた。


「それじゃあ、魔法を発動してみて。」


二人は深く息を合わせる。ララの前に風が集まり、草葉を揺らしながら形を成していく。シズクの手元では水が生まれ、光を受けてきらめく一粒の大きな塊となる。


次の瞬間、風が水を抱き、渦を巻くように混じり合った。ただの水流ではない。霧となって広がり、木陰を覆う涼やかな空気を作り出す。葉がさわさわと震え、霧がきらめきながら揺れる。


ヴァイオレットは目を細めて見守った。それは未熟で不安定で、今にもほどけてしまいそうだった。けれど確かに、二人の力が一つになった瞬間だった。

次回は9/13(土)に投稿いたします。

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