師匠との出会い
「さて。シズク君。君に関してだけど、既にこちらの方で根回しし、お咎めなしという事になった。」
アミルカの執務室に移動し、シズクとアリアは諸々の説明を受けた。まず、シズクが攻撃魔法を使用したことに関しては不問とし、そもそもあの日シズクとララがグローブと遭遇したこと自体、なかったものとして扱うことになった。
「随分とそちらに都合のいいように処理したようですね。」
「仕方がないだろう。こちらにも面子という物がある。尤も、帝国軍の人間ではないアリアが事件を解決した時点で我々の面子は丸つぶれなわけだけどね。」
アハハと高らかに笑うアミルカ。その様子からは帝国軍への不満が見て取れる。将軍の座に君臨する彼女でさえ自分の思い通りにならないとは、帝国軍も一枚岩ではない様だ。
「ともかく。この処理の仕方はシズク君にとっても都合がいいはずだ。」
「そうですね。僕にとってもそれが一番都合が良いです。ですが、ララが心に負った深い傷もなかったことになるのが、少しだけ納得がいかないです。」
「ララちゃんか。彼女に関しては完全に我々に非がある。故に万全なサポートを以て彼女に報いるとここで誓おう。手始めに第二軍から若く優秀な軍人を一人、ストックに派遣する。」
ララの悲劇を聞いた時点で、アミルカは彼女に為に全力を尽くすことを誓っていた。また、彼女だけでなくこの事件で親を失った子供達にも報いるために様々な施策を講じていた。
「彼女には事件直後に緊急で作らせた学び舎の管理を行ってもらう。また、最大100人を収容できる寮を併設し、そこに今回の事件で親を失った子供や元より行く当てのない子供に住んでもらう予定になっている。今頃にララちゃんの元にも招待状が届いていることだろう。」
彼女は事件終結後、この状況を見越してアンドリューが街の復興を進める傍らで、帝国軍が抱える建築士達に学び舎と寮を作らせていた。これには、元より問題になっていたストックのスラム街の孤児達と、この事件で行く当てを失った子供達、この両方を同時に解決しようという意図があった。
「それとは別にシズク君とララちゃん。君達2人には魔法を教えるよう彼女には伝えてある。当然、攻撃魔法を教えることはできないけど、一般魔法のできる範囲なら教えることができる。危うい今の君達には、それが最大のサポートになると私は考えている。」
「...はい。ありがとうございます。」
意外にも冷えた体とは対照的に彼女の言葉は暖かかった。特に子供を思う気持ちは本物の様に見えた。
「さて堅苦しい話はこれくらいかな。シズク君。何か質問があれば今の内に。この後、ストックに派遣する子に君達を引き継いでもらう予定だから。」
「いえ。特にはありません。」
「そう。それじゃあ早速だけど。」
彼女が言い終わる前に執務室の扉が叩かれた。
「来たみたいだね。入って良いよ。」
丁寧に開かれた扉から現れたのは、美しい紫紺の長髪を後ろで束ねた女性。20代前半の様に見えるがその胸には少将を示すブローチと二つの勲章がつけられている。
「ヴァイオレット少将。ただいま到着いたしました。」
「ご苦労。早速だが紹介しよう。この少年が例の事件の重要参考人であるシズク君だ。」
「この少年が...?」
ヴァイオレットはジーっとシズクの顔を覗き込む。そして数秒黙り込んだ後、そうは見えませんが。とアミルカの方に顔を向けた。
「確かに。一見しただけじゃわからないか。うん。それじゃあ地下演習場を使って、互いのことを知ってくるといい。魔法はその人の本質を表す。君達の実力ならそれが一番手っ取り早いだろう。」
「そうですね。ではシズク君とアリアさん。ついてきてください。地下演習場に案内します。」
ヴァイオレットに連れられ、一同は執務室を後にする。彼女たちを見送って一人執務室に残ったアミルカは、これから起こるであろう出来事に笑みを浮かべる。
「シズク君。しっかりと目に焼き付けるといい。君が今から目にするのは、この世界の頂点に位置する魔法なのだから。」
水を出す魔法において頂点に君臨する魔法使い。それこそがヴァイオレットである。22歳という若さで帝国軍の少将にまで上り詰め、先の戦争で最高の功績を挙げた軍人だ。
地下演習場にてシズクはその最高峰の魔法を目の当たりにする。
帝国軍の地下演習場は何重にも防御系統の魔法が施されており、並大抵の魔法では傷さえつかない。そんな演習場の中心にヴァイオレットが立つとたちまち、魔素が振動する。彼女が超一流であることはいうまでもなかった。そして彼女はおもむろに掌を前に向けると水を出す魔法を展開した。
水を操る魔法ではなく水を出す魔法を使ったことをシズクは疑問に思わなかった。何故なら、その魔法陣の美しさに目を奪われてしまったから。
直後放たれた水の勢いは水を出す魔法とは思えないほど速く、その純度もまた自然の水だと錯覚するほど。そして、そんな水が着弾した壁には美しい円の穴がぽっかりと空いていた。
「どう?私の魔法は。」
「素晴らしいです。こんな美しい魔法。見たことがありません...!」
キラキラと目を輝かせるシズクを見て、ヴァイオレットは彼が純粋に魔法を愛しているのだと直感した。
「ふふ。そう。それじゃあ君の魔法も見せてよ。早速だけど今できる範囲で、君に魔法を教えよう。」
「お願いします!」
この最初の師匠との出会いがシズクの魔法使い人生における最大の転換点となる。




