罪滅ぼし
ある日の朝、シズクの家のベルが鳴る。
「はーい!」
対応したのはアメだった。
「あら!お久しぶりです。あの時はありがとうございました!」
玄関からアメの声が聞こえる。どうやら顔見知りなようだ。
「どうぞこちらに。」
アメに連れられ現れたのは赤い髪の女性。
「あっ。アリアさん」
その顔にララは見覚えがあるようだ。
「シズク。紹介するわ。この方はアリアさん。避難場所で貴方を治療してくれた人よ。」
「これは…失礼いたしました。その節はありがとうございました。」
「いえ、気にしないで良いのよ。君を治療したのは罪滅ぼしみたいなものだから。」
彼女の言葉をシズクは理解できなかったが、何か理由があったのは間違いない様だ。
「それで、今日はどういったご用件で。」
「ああ。シズク君に少し話したいことがありまして。」
「僕にですか?」
「ええ。時間は大丈夫。」
シズク達は丁度、朝食を食べ終えていた。その後の予定も特になく、シズクは「大丈夫です。」と答えて、彼女に連れられ自宅を発った。
「それで話というのは?」
少し歩いたところで、シズクは単刀直入に問いかけた。
「君が攻撃魔法を使ったのは間違いないかい?」
「...はい。それが攻撃魔法と知らなかったとはいえ、使ったのは事実です。」
以外にもシズクは冷静だった。自分を瀕死に追い込んだ男、グローブが捕まったと聞いて、その事実が魔法協会に伝わるのは時間の問題だと理解していたからだ。
「そう。私は...魔法協会の人間として、知ってしまった以上、それを見逃すことはできない。でも安心してほしい。事の経緯は私から伝えるつもりだ。10年前にも同様の事例があったがその際はお咎めなしとなった、きっと君もそうなるはずだ。」
「わかりました。僕はどうすれば?」
「一先ず、私と一緒に帝都にある帝国軍本部に向かおう。あそこには当時の事件を担当した魔法使いがいる。彼に任せれば問題ないはずだ。出発は明日、家族には事件の事情聴取で私と一緒に帝都に行くと伝えればいい。」
「わかりました。何から何までありがとうございます。」
「気にするな。これも罪滅ぼしだから。」
また彼女は罪滅ぼしと口にした。何故彼女はそれほどまで自分に負い目を感じているのだろう。そう疑問に思ったシズクは迷わず、どうして罪滅ぼしというのか問いかけた。
「私はあの日、自身が守るべきを物を忘れて、思うがままに行動した。その結果があの様だ。」
グローブがどこに潜んでいるかわからない以上、本来、アリアはストックから離れてはならなかった。もし仮に、彼女が潜入捜査などせず、ストックの出張所で泰然と待ち構えていれば、彼女の実力を考えれば事件の被害は三分の一にまで抑えることができたであろう。
彼女があの選択を取ったのは、グローブの動向を掴む目的も勿論あるが、一番、敵組織に紛れ込んで内部から組織を破壊するため。そうすれば、より多くの犯罪者を殺害できるから。
「無実の大勢の人が死に、10歳の子供に重荷を背負わせてしまった。君が戦ったあの男、彼はこの事件の首謀者だ。君は知らなかっただろうが、君が彼を足止めした数分により大勢の人が助かった。それだけあの男は危険だった。だから、君への配慮は全てそのお礼であり、私なりの罪滅ぼしだ。」
リルと共に過ごすうちに、彼女に感化されてアリアの心は、ただ犯罪者を私刑することに執着するのではなく、犯罪者を捕え、より多くの人を助けることに変わりつつあった。しかし、あの日のアリアは正しく、かつての「魔法協会きっての狂犬」だった。
しかしシズクの怪我を見て、ふと我に返った時、アリアを襲ったのは自身への深い失望だった。リルと離れてたったの半年しか経っていないのに、自分はまたあの恥ずべき時代に逆戻りしているのだと。
今、軽く話を聞いただけのシズクにはきっと理解できない話だが、アリアの表情や声に籠る深い後悔の念を感じ取り、シズクはその罪滅ぼしという言葉を否定せず、
「僕を助けることが罪滅ぼしになるというのなら、どうぞ存分にしてください。ですが、それと感謝を述べなくていいというのは別の問題です。どんな事情があれ、僕にとっては命の恩人です。感謝は受け入れてください!」
そんな傲慢ともいえるシズクの言葉。そんな言葉にアリアは思わず笑みを零した。
「ふふ。わかったわ。では改めて。どういたしまして。貴方が無事でよかったわ。」
先程までの憂いを帯びた表情とは違って、アリアの表情は明るい。どうやら先程の発言が少しだけ、彼女の心を軽くしたようだ。
「では、また明日。明日の10時頃に君の家に迎えに行くわ。10日程度かかる予定だから、それまでに着替えとか必需品とか、必要な物は準備をしておくように。」
「わかりました。」
気付けばシズクの家の前に戻っていた。シズクはもう少し寄っていかないかと誘ったが、予定があるからとアリアは誘いを断って、さっさと帰っていた。
シズクは忙しい方だなと思いつつ、そんな方にこれだけ配慮して貰っていることの特別さを改めて理解したのだった。
「さて。ずっと私達を付けていた奴。さっさと出てきなさい。」
シズクに影響が及ばない範囲まで離れて、アリアはシズクとの会話中にずっと感じていた気配に向けて問いかける。
「あれ?気づいてた?流石はアリア君。」
その声を聞いた瞬間、アリアの心臓が高鳴った。その声は最も聞きなれた、今一番会いたかった人の声だったから。
「リル...!」
アリアの目から涙が零れる。彼女は自覚していなかったが、この半年間、グローブを相手にずっと張り詰めた気持ちで過ごしていた。更には、ずっと支え合ってきた人と離れ離れになって、アリアの精神は想像以上にボロボロになっていた。
「ちょっと。そんな、泣かないでよ。私が悪者みたいじゃないか。ごめんね。アリア、辛い思いさせて。さぁ大好きなリルさんの胸だぞ!存分に飛び込むといい!」
その言葉に、アリアはゆっくりと歩みを進めてリルの正面に向き合う。そして両手を広げって彼女の――
直後、パシッという乾いた音が路地裏に響いた。
「な、何をするんだ!」
動揺するリルの頬は大きく腫れている。アリアに引っ叩かれたのだ。
「何をするってこっちの台詞ですよ!何の説明もなしにここに飛ばして、グローブっていう危険な魔法使いが潜んでるって教えてくれれば良かったじゃないですか!」
「仕方なかったの!ランダ支部に何人のスパイが潜んでるかわからなかったから、君にも説明ができなかったんだ。敵を欺くにはまず味方からという奴だよ。」
「そんなのわかってますよ!でも、私を大切に思っているならもう少しやりようがあったんじゃないですか!私がいない間に、貴女が追い出されたと聞いて、どれだけ心配したか...!わかりますか!」
アリアの表情を見て、リルはハッとする。自分がどれだけ彼女を傷つけたかという事を。
「...ごめん。でも私にはアリアしか。アリアしか信頼できる人がいなかったから。だから私は、君に全てを託したんだ。」
「どういうことですか?」
「少し移動しよう。ここでは誰が聞いているかわからない。話はそれからだ。」
この後リルから語られた話は、それだけ切り取れば様々な組織や地域の思惑が入り乱れた、よくある権力争いの話で、リルはそれに巻き込まれた上で、ランダ支部の被害を最小限に抑えた。自身が潔く支部長の座から退くという形で。
これからの数年間で、彼女達は再び立ち上がり、最終的にリルはランダ支部の支部長の座に、アリアは支部長補佐の座に返り咲く。しかし、そんな彼女達でも、まさかその過程でシズクやララまで巻き込む大事件が巻き起こるなんてことは想像もできなかっただろう。




