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絶望

とある昼下がり男はいつもの様にストックの路地を歩いていた。彼はストックに駐在する帝国軍の軍人なのだが、今日は非番で暇を持て余していた。


そんな時ふと視界に入ったのは、公園で魔法の練習をする少年と少女の姿だった。男に衝撃が走る。それもそのはず、彼らはその年で既に魔法陣を展開することができるのだから。


――あの子だ...!あの少女こそ…我々に必要な最後のピース。


彼の興味を強く引いたのは少女だった。優れた魔法使いだからか、長年の勘が少女の才能を見抜いてしまった。


男が求めていたのは自身の思想を継承した、自身を超える魔法使い。それを作るために無垢な心を持った天才が必要だった。


男は不気味な笑みを浮かべて足早にストック近郊にある巨大な洞窟へと向かった。部下にその才能を確保すると伝える為に。


男の名前はビル。真の名をグローブ。コールを含む名だたる海賊を配下に持つ海賊にして、アリアが追う魔法使いだ。


そして数日後、その日はやって来た。


「行くぞ。あの少女を手に入れ、我々は更なる飛躍を遂げるのだ。」


少女を手に入れる過程で必要なことがニつある。一つは少女を絶望させること。もう一つはあの少女と共にいた少年を殺害すること。


「何故、その少年を殺す必要があるのですか?才能があるなら少女と共に手中に収める方がよいのでは?」


「それが不可能だからだ。あの才能は俺ですら手に余る。手元に置いておけばいつか噛みつかれる。そうでなくとも、あの少女を助けようといつか我々の障害になるはずだ。だから、あれはここで始末しなければならない。アリアが戻ってくる前に全てを終わらせる。」


グローブは腐っても熟練の魔法使い。少年の危険性を直感で見抜いていた。そしてそれは概ね正しい。唯一違うところがあるとすれば――


彼らの障害になるのがいつかではなく、今であるという事くらいだろう。


「さぁ開幕だ。放て!」


直後、グローブの立つ海賊船から砲弾が放たれ、一瞬にしてストックの港が崩壊した。


ドカンッという衝撃音はストック中に響き、それは当然一人で魔法の練習をしていたララの元にも届いていた。


「何!?」


ビックリしてララはしゃがんで自身の身を守る。周囲を見渡してもこれと言って変わった様子はない。なんだったのだろうと立ち上がったその時、次は何かが激しく燃えたような音が響いた。


直後、ララの頭上を強烈な光を放つ何かが通過し、それが近くの建物に直撃し大爆発を起こした。


「キャーッ!」


咄嗟に物陰に隠れたララは事なきを得たが、その爆発に負けこまれた人達は酷い怪我を負っている。その光景はたった10歳の子供を恐怖させるには十分な物だった。さらに追い打ちをかける様に奴が現れた。


「よぉ。嬢ちゃん。」


「誰...ですか?」


見知らぬ男の出現。当然ララは警戒する。しかし、シズクの魔道具は微動だにしない。この状況で尚、魔道具は命の危険ではないと知らせているのだ。


「誰かって。こうすればわかるか?」


男はそういうと火を操作する魔法を発動し、崩れた建物に下敷きにされた人々を助けようとした人達に向けて火球を放った。そして彼らはララの目の前で一瞬で炭になって絶命した。


「あ、貴方がこれの...!なんで、なんでこんな...」


恐怖のあまり、大粒の涙を流してララは膝から崩れ落ちる。その姿に男はニヤリと笑みを浮かべた。


「お前のせいだ。嬢ちゃん。俺らは嬢ちゃんを手に入れる為にこの事件を引き起こした。」


「どう…いう…?」


「俺らは次世代を担う魔法使いが欲しかった。だが、海賊にめぼしい奴がいなかったんだ。そこで目を付けたのが嬢ちゃんだ。嬢ちゃんの才能、魔法への執着、向上心。そのどれもが俺の求める物に合致したんだ。」


「だったら私だけを誘拐すれば...!」


「それじゃあ意味ねぇんだ。嬢ちゃんを俺好みに洗脳するには、嬢ちゃんを絶望させる必要がある。どうだ?絶望には十分かい?」


この人は何を言っているんだ。とララの頭が混乱する。しかし一つはっきりわかることがあるとすれば、自身の今までの頑張りがこの事件を引き起こしたという事実。


「あ?思考を支配する魔法が使えない。なーんだ。まだ絶望が足りないか。そこで待ってな。すぐにお前の両親を殺して戻るからな。」


「ま、待ってください!貴方達の手下になるから!これ以上は!」


「あ?そんなの信用できる訳ねぇだろ。思考の中身が理解できない相手を身内に置くのは馬鹿のやることだぜ。覚えておきな。嬢ちゃん。」


男はそう言い残して去っていった。その足取りは正確にララの家へと向かっていく。本当にララの両親を殺しに行ったのだろう。


――動け動け動け...!


足が竦んで動けない。ララの精神は既にギリギリの所まですり減っていた。


「はぁはぁはぁ。」


――私のせいで皆が。お母さんが…お父さんが...!


ガタガタと震える足を抑えて、ララは何とか立ち上がり、今できる限りの最速の足取りで家へと向かう。


――お願い間に合って!


その願い虚しく。彼女の瞳に映ったのは燃え上がる自身の家と、大量の血を流して倒れる両親の姿。


「おっ。気合でここまで来たか。流石は俺が見込んだだけはある。どうだ?これで絶望は十分か?」


ニヤニヤといやらしく笑う男を横目に、ララはゆっくりと両親を抱き抱えてその表情を見る。そこに生気はない。


ララの手が、今もなおドクドクと溢れ出る血に染まる。


「嘘...」


ララの夜空の様に美しい瞳が一瞬にして曇る。その表情に男は確信する。完全に絶望したと。


直後、男は思考を支配する魔法を発動する――その、直前。


男の体が上空へと吹き飛ぶ。


「許さない...絶対に!」


それはララの魔法だった。風を出す魔法。それにより、自身の2倍の背丈の男を吹き飛ばしたのだ。


「ははっ!良いねぇ。流石の才能だ。」


「ッ!」


空中で男は平然と高笑いする。その姿にララは驚愕する。


――浮いてる...!


そう。男は宙に浮いてるのだ。その足元に当然魔法陣がある。


「なんだ?初めて見たのか?これは空中に浮く魔法。お前が今使った、風を出す魔法の進化系である風を操る魔法を応用した魔法だ。あとで教えてやるよ。お前を洗脳した後にな。」


その姿を見て不思議とララはできそう。と思った。


「なんだ。案外簡単…」


「オイオイ。嘘だろ――」


直後、ララは風を出す魔法を足に集中させて宙に浮かび上がると、その勢いで男をぶん殴る。風の威力、ララの体重。それが合わさったアッパーカットは正確に男の顎を貫き、流石の男も脳震盪により一瞬魔法の制御を誤り墜落する。一方ララも浮かび上がったは良い物のそれを維持できず自由落下する。


「あっ...」


――これが最期か…


自信の死を確信した時だった。落下の直前、ピタリとララの体が宙に止まる。


「困るぜ嬢ちゃん。死なれちゃ。」


男の風を操る魔法だった。それがララの体を守ってくれたのだ。


「さぁ。そろそろ遊びは終わりだ。」


当然、男の体も無傷だった。ララの渾身の一撃は何の意味もなさなかったという訳だ。しかし、これで終わりにする訳にはいかない。無意味だとしても、


「クッ!死んでよ…!」


ララの口から出たとは思えない暴言。しかし、それだけ彼女は怒っていた。その怒りに任せて放った風を出す魔法は、通常では風を操る魔法でなければありえない速度で男の体を襲う。


「無意味だよ。今のお前の魔法じゃね。」


その攻撃も男の体に触れる直前で霧散した。男が何かした訳じゃない。ただ単純に今のララの実力では、魔法を男のいる位置にまで飛ばすことさえできないだけ。


そして、仮に届いたとしても。


一歩、歩みを進めた男にその直後に放った魔法が直撃する。しかし、届いたとしてもララの魔法では、男にかすり傷さえ与えられない。


「残念だったな。嬢ちゃん。これで終わりだ。」


男の手が伸びてララの頭を掴んだ。ララは必死にもがくも、その短い手足では男の体を殴ることも蹴ることもできない。


直後――ピピピピピッというけたたましい音が一体に響く。


ララの思考が支配される危機。それを魔道具はララの死だと捉えたのだ。そしてその音を彼は聞き逃さなかった。


「ララからその手を放せ!」


鋭い水の刃が男の腕を切断しようと襲い掛かる。


「ッ!」


咄嗟に男はララから手を引き、その水の刃は男とララの間を素通りする。


「オイオイ!ガキが使っていい魔法じゃねぇぞ!」


少年の姿を見て男は嬉しそうに笑う。何故ならその魔法は正真正銘、攻撃魔法だったのだから。

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