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狂気

「お前がエルか。クゥの紹介だから会いに来たが、お前を俺の船に乗せるかはお前を見極めた後だ。」


クゥの紹介で現れた男。彼の名前はユーグラといって、ストック近海を活動場所としている海賊だ。112人の船員を抱える船団の船長で、疑い深い性格だという。


当然、エルという偽名を騙るアリアのことも疑っている。


「お前に何ができるか。まずはそれを教えて貰うか。」


「腕っぷしには自信があります。」


「強さか。確かにそれは海賊に必要な能力だ。」


ユーグラは少し考えた後、「では」と話を切り出した。


「証明してみせろ。お前の強さを。」


「何をすれば?」


「クゥ。地下室を貸してもらうぞ。こいつに試練を与える。」


「構わないよ。」


酒場の地下に移動すると、そこには地下闘技場があった。いかにも裏社会の人間といった風貌な人達が集まって、違法な賭け試合を行っているようだ。


「まさか酒場の地下にこんなところが。」


エルは口では驚いたように言いつつ、ここのオーナーであろうクゥを鋭く睨みつける。彼は素知らぬ顔をしているが言い逃れはできない。後でど突いてやろうとアリアは心の中で呟く。


「エル。一勝でいい。あのリングで戦ってみせろ。」


「わかりました。」


クゥが試合を調整してくれたおかげか、程なくして出番が来た。待っている間にわかったことだが、この闘技場は10年以上も前から存在していて、5年前にクゥがオーナーを引き継いだそうだ。


まぁアリアに知られた以上、この闘技場がこれ以上続くことはない訳だが。


「初公式戦!無名の格闘家エル!バーサス!」


観客たちは彼女の姿を見た途端、罵声を浴びせる。本来の彼女の位置に立つはずだった選手がどうやら人気だったようで、彼が出ないことを不満に思っているようだ。


しかし、一部のエルを知っている者は、何も言わずに彼女に賭けていた。何故なら――


「公式戦10勝2敗!筋肉戦車ダグ!」


彼女の対戦相手は先日彼女手ずから瞬殺したあの男だったから。


「あの時の。」


エルはダグの顔を見るやニヤリと笑みを浮かべる。その表情を見てダグの顔が一瞬で青ざめる。常人の尺度で彼は十分に強い。それ故に一度手を合わせれば、その実力差を測ることができる。つまり、あの日彼は感じてしまったのだ。常人とそれを超越した者との差を。


「禁止事項は武器の使用のみ。それ以外は何をしても構わない。準備は良いな!」


「良いよ。」


「あ、ああ。」


「では...始めッ!」


先に動いたのは意外にもダグだった。というより、エルが一歩も動かなかった。


「はは。死んだはアイツ。ダグの攻撃を真正面から受けて生きてた奴なんていねぇ!」


そんな嘲笑がエルの耳にも入る。それ故か、エルはやはり一歩も動かず、ダグの拳を腹部に諸に食らう。その細い体がそれに耐えられるはずがない。誰もがそう思った。クゥやユーグラもだ。しかし、またもエルは一歩も動かなかった。


「この程度か。やはり小物だな。」


直後、苦し悶えたのはダグだった。その拳を見るとぐちゃぐちゃに砕けていた。エルが魔法を使った訳ではない。ただ単に、ダグの拳よりもエルの腹筋の方が硬かっただけのこと。


「弱い者いじめは趣味ではないんだが。すまないな。」


心にもない謝罪を述べて、エルはダグの脇腹を蹴り飛ばす。その激痛にダグは一瞬で気を失った。


「勝者!エ――」


「待て!」


レフェリーの勝者コールを止めたのはユーグラだった。


「生温い!殺せ!海賊になりたいんだったらな。」


「勝敗が決まった後での殺しは――」


「黙れ!この闘技場にいくら献金したと思っている。」


どうやら彼は予想外だったようだ。エルとダグの実力がここまで離れているという事が。


この闘技場屈指の実力者が相手だったら生死を分ける戦いになるだろうと思っていたのだろう。そして、そんな試合に勝つ。つまり相手を殺せば海賊として認めるつもりだったようだ。


しかしその予想が外れたからか随分な形相でエルを睨みつける。


予想だにしない状況にクゥも動揺するが、渦中のエルの表情には動揺の色は見えず、まるで慣れているかのようにあっさりとダグの首をへし折った。地下に響いたグシャッという骨が折れる音。会場にいる全ての観客が彼女に恐怖を覚えた。


「よくやった。お前を認めよう。来い。」


嬉しそうに笑みを浮かべるユーグラ。そんな彼に歪んでいると思いつつも、絶命したダグを気にする様子もなく、エルはユーグラについて地下闘技場を去っていった。


それとは対称的に、クゥは急いでダグに駆け寄り彼の生死を確認した。


――死んでいる…!


表社会を生きる彼女が躊躇いもなく人を殺した。その狂気にクゥは恐怖する。もしかしたら自分はとんでもないものと協力してしまったのではないのかと。



場所は変わってストック漁港。幾つかの立派な船が並んでいるが、ユーグラが乗り込んだのは古びた小舟だった。


少し待つとどこからともなく男達が現れ、彼らも小舟に乗り込むとオールを漕ぎ始めた。


「これで俺の船まで移動する。船に着いたら、その実力に相応しい地位を与えよう。船員からの反発はあるだろうが、それぐらい乗り越えられるだろう?期待しているぞ。エル。」


「ご期待に沿えるよう、努力いたしましょう。よろしくお願いします。船長。」


躊躇わずにダグを殺したことが余程好印象だったのか、ユーグラはエルに相応の地位を与えると約束した。これはアリアにとってこの上なく都合が良かった。


「そういえば聞いていなかったな。お前は何故、海賊になりたいんだ?」


「復讐したい相手がいるんです。それが海賊だったので、私も海賊になってそいつを殺してやろうと。」


「ほう。海賊の世界じゃよくある話だな。そいつの名前はわかってるのか?」


「グローブという男です。」


あえてグローブの名前を挙げてみると、ユーグラは意外にも冷静に受け入れた。


「ほう。随分なビッグネームだな。まぁ、色んな奴に恨まれてそうな奴だからな。」


「知ってるんですか?」


「ああ。数か月前からストック近海で活動している海賊だ。コールやギャジーを傘下に入れ、勢力を拡大している。俺も傘下に入るよう誘われたが、俺が誰かの下に入るなんて考えられないからな。当然の様に断ったさ。」


今から5か月前。ユーグラはコールの船を乗っ取ったグローブと相対した。グローブは自身の傘下に入るようユーグラを脅迫したが、彼は毅然とした態度で提案を断ったそうだ。


何度か報復はされたが、流石は時代を代表する海賊というべきか、魔法を覚えた海賊を相手にもサーベル一本で立ち向かい撃退して見せたという。


「流石ですね。」


「大したことはない。カットラスとピストルは海賊の誇りだ。それを捨てて魔法を覚えた奴に負けるはずがないだろう。」


彼の発言からは海賊の矜持を感じる。クゥがアリアにユーグラを紹介したのは彼が生粋の海賊だからだろう。グローブに屈さないほどの。


それからも何故か機嫌のいいユーグラは自身の武勇伝をエルに語った。それを聞く限りでは、彼は悪人ではある物のグローブの様な純粋悪ではないとわかった。少なくとも彼は、仲間と認めた者を見捨てるようなことはしないし、女子供を無暗に殺すこともしない。


「見えてきたな。」


程なくすると海賊船が見えてきた。火を上げる今に沈没しそうな海賊船が。


「あ!?何が起こっている!」


動揺するユーグラを横目にエルはバレない様に魔法を使って、船上を観察する。そこにグローブの姿はなかったが、二つの勢力がぶつかっていることが分かった。


少し近づくと並外れた視力を持つユーグラも何が起こっているか理解したようだ。


「コールの野郎!俺のいない船を襲いやがった。海賊だから卑怯とは言えねぇが...俺の仲間を傷つけたんだ。絶対に許さねぇ。」


怒り心頭のユーグラは飛び移れる距離まで小船が近づいた途端、海賊船に飛び移った。そんな彼についていこうと、エルも同様に飛び移る。既に船上は血の海で、事前に確認していたユーグラの船員は、そのほとんどがその血の海に倒れ込んでいた。


「船長!すいません。俺らが不甲斐ないばっかりに。」


まだ息のある船員達がユーグラを見た途端、しきりに謝り始める。しかしユーグラは彼らに謝るなといった。


「謝んなお前ら。悪いのはお前らじゃなくてアイツらなんだから。俺が全員殺すまで、死ぬんじゃねぇぞ。お前ら。」


ユーグラに闘志が漲る。こちらの戦える戦力はもうほとんどおらず、あちらの戦力はまだ無尽蔵にいるというのに。


「戦うつもりですか?」


「当たり前だ。まだ生きている奴がいるんだ。そいつらを助けるには、アイツらを殲滅しないとだろ?当然お前も戦うだろ?腕っぷしには自信があるんじゃねぇのか?」


「そうですね。残念ですが、既に目的は達成しましたので、貴方はもう用済みです。」


「は?」


グチャッという音共にユーグラの心臓が貫かれる。突然の出来事にユーグラ本人は何も理解できないまま絶命した。


「なんで?仲間じゃ...」


倒れる船員達を横目にエルはユーグラの腰に下がるサーベルを引き抜くと、それでユーグラの頭を切り取り、髪を掴んで持ち上げて敵将の元まで歩き始めた。


「ユーグラの頭をあげるので、私を仲間に入れてください。コールさん。」


「お前そいつの部下だったんじゃねぇのか?」


「え?そうですけど、元より彼を利用するつもりでした。私はグローブさんの部下になりたいんです。貴方についていけば彼に会えるんでしょう?」


「はっはっは。物好きな奴もいたもんだ。グローブの部下になりてぇとは。面白れぇ。良いだろう。グローブに合わせてやる。」


「ありがとうございます。」


何故、彼女が魔法協会きっての狂犬と呼ばれるのか。それは犯罪者を徹底的に追い詰め、必ず殺害するから。軽犯罪者だろうが重犯罪者だろうが、彼女にとってはさほど変わらない。故に手段のためだったら、平気で先程まで仲良く語り合った相手を殺すのだ。その相手が犯罪者であれば。


「お礼にこの船は私が沈めて見せましょう。」


それから数分でユーグラの海賊船は海の藻屑となった。目的のためなら手段を択ばない彼女のスタンスは、正に海賊らしくコールは彼女を高く評価する。同時に、その狂気を危険視し密かに彼女に監視役をつけた。


当然、監視の目などエルにはバレバレだが、彼女にとってその状況は寧ろ都合が良かったので、気付かないふりを続けた。


コールの海賊船に乗ってから数時間。着いた先は巨大な洞窟だった。その中には幾つかの居住区があって、どうやらグローブの傘下の海賊が住み着いているようだった。


「ここにいれば、何日後かにはグローブに会えるはずだ。」


「今日会うことはできないんですか?」


「ああ。今日はあの日だからな。」


「あの日?」


アリアは次の言葉を聞いて、自分の詰めの甘さを自覚する。


「ああ。ストックを襲撃する日だ。」


「!?」


偶然にしては出来過ぎている。アリアの不在と襲撃の日が重なるなんてことは。つまり、これはアリアの不在を狙った襲撃。つまり内通者は――


「お前だったのか。ザック。」


アリアが全幅の信頼を置いていた調査官ザック。何故彼女が疑う余地がないほど彼を信頼していたのか。それは、彼が出張所の人間ではなく、ランダ支部から派遣されてきた人間だったから。


当然、彼女はこの事件が起こる遥か前から彼を知っていたし、不正を行うような人間ではないことも知っていた。それ故に盲点だった。彼が内通者であることは。


「何を言って――」


その時点でこの潜入捜査は無意味な物へと変わった。監視の目も海賊からの信頼も全てが無意味な物になった。手始めに最も近くにいたコールを火を操る魔法で消し炭にする。当然、監視をしていた2人の海賊がアリアを襲う。しかし、彼らもまた何が起こったのかもわからずに魔法によって灰へと変わっていった。


「時間がないんだ。手短に死んでくれ。」


そう言ってアリアは洞窟の天井に魔法を放ち崩落させ、自身だけは岩を操る魔法で身を守った。魔法を使えても大した練度ではない海賊達は成す術なく下敷きになる絶命、偶然生き残った海賊達もアリア自らの手で消し炭になった。


「急がないと。」


そう呟いてアリアはストックへ向かう。自らに限界を超越した体を強化する魔法をかけてまで全力で。


全ての肉が爆ぜてしまいそうなほどの激痛に耐えながら、何とか30分でストックまで道のり30㎞を走り切った。しかし時既に遅し、ストックの綺麗な街並みは火の海に飲み込まれていた。


その光景に、後悔するよりも早く体が動いていた。その体が既にボロボロであることを忘れて。

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