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カフェ・グランドズで

「ミック、週末暇か? これ、代わってくれないか?」

 珍しく研究室から出てきたヘンリーが大部屋のミックに声をかけてきた。個室の研究室は役職付きの者だけで、平の研究員は研究課単位の大部屋に机を並べている。

 差し出された紙を受け取ると、とある魔術師事務所の新作魔術の披露会の通知だった。

「なんすか、これ。査察ですか?」

「いや。参加してくれたら何もしなくていい。パーティーみたいなもんだ」

「へー、そんなのあるんすね」

「ここは魔術師じゃない人間がオーナーで、商売重視なんだ」

「あー、客向けの披露会?」

「そう。大手の事務所や協会の有力者なんかが主催の無視できない集まりには、魔術院も持ち回りで適当に誰か参加させるんだよ。今回はうちの班とエイプリルのとこだな」

 ヘンリーは背後にあるブラッドの研究室を肩越しに指差した。

「で、俺が行くつもりでいたんだが、家のほうで用事ができちまってさ。悪いが、ミック、代わりに参加してくれ」

「えー、俺っすか」

 と、ミックが周りの席を見回すと、皆視線を逸らした。

「休日出勤扱いだからな? 給料もらってうまいもの食えるんだぞ。一緒に行くのはエイプリルだから、全力でもてなしてもらえるはずだ」

 ミックがうなずかないでいると、ヘンリーは腕を組む。

「あとは……、そうだ。お前、ウォーター劇場の照明魔道具の仕組みは知ってるか?」

「見たことはありますけど、仕組みまではわからなかったですね。……なんか関係あるんすか?」

「披露会には関係ないな」

 ヘンリーはにやりと笑う。

「代わりに行ってくれたら、その仕組みを教えてやるよ。それに、とっておきのおまけもつけてやる」

「おまけ?」

 ミックは聞き返したけれど、ヘンリーは「あとでな」と教えてくれなかった。

 結局、照明魔道具の仕組みを知りたくて、ミックは代理を請け負ったのだった。


 週末。ミックはブラッドと喫茶店にいた。

 披露会の帰りだ。ヘンリーはうまいものが食えると言っていたけれど、立食形式のパーティーは飲み物と軽食程度で微妙にもの足りなかった。ブラッドも同じで、二人で軽く食事することにしたのだ。

 披露会が行われた貸ホールは王都の商業地区にあった。ミックの実家がある下町よりも整然とした街並みで、中流階級以上に向けた店や会社が占めている。

 入った喫茶店カフェ・グランドズも、ミック一人では絶対入らないような店だった。ブラッドが「経費で落とすよ」と言ってくれなかったら、解散して別の店に行くところだ。

 魔術院のローブはここでも効いて、すんなり通される。ブラッドの従者だと思われた可能性もあるが。

「おもしろい魔術でしたねー」

 注文して一息ついてから、ミックは先ほどの披露会を振り返る。

「書類では読んでいたけれど、実用例を示されるとわかりやすいね」

「ヘンリーさんが商売重視の事務所だって言ってたんですが、見せ方の勉強になります」

「期末の発表会に期待してるよ」

 和やかに話しながら、軽食をとる。披露会と同じような上品なサイズのサンドイッチだ。両方合わせて一食分というところか。

 ミックはふと目が行った奥の席に知っている顔を見つけた。

 魔術科の同期で、魔術院にも一緒に就職したランドルフ・パスワイズだ。学生時代も特に親しくはなかったが、彼は古代魔術研究課の所属のため、就職してからも交流はない。魔術師の用事ではないらしく、紳士然とした上等な装いだ。

 こちらに背を向けている連れは女性のようだった。楽しい話をしている雰囲気ではない。

 ミックがそちらを見ていることに気づいたブラッドが、

「知り合いかい?」

「古代魔術研究課の同期っす」

 そんな間に、ランドルフたちは立ち上がった。連れが振り返り彼女の顔がわかると、ミックは思わず「あ!」と声を上げてしまった。

 彼女――チェルシーもミックに気づいた。驚いた様子で立ち止まる。

 ランドルフもミックに気づいたから片手を上げると、彼はチェルシーを伴ってこちらにやってきた。

「エイプリル主任、彼女がチェルシー・イブニング子爵令嬢っす」

 ミックは先にブラッドに小声で伝えてから、立ち上がって迎えた。

「やあ、サンドコリス」

「パスワイズ、久しぶり」

 ちらりと見たブラッドがうなずいたから、ミックは彼を紹介する。

「こちらは魔術陣・呪文研究課のエイプリル主任だよ」

「エイプリルだ。よろしく」

「はじめまして、古代魔術研究課のパスワイズと申します。主任のことは存じ上げています」

 それからランドルフはチェルシーを振り返り、

「彼女はチェルシー・イブニングです。僕の家はイブニング子爵家の分家で、従姉妹にあたります」

 ランドルフが魔術師貴族の家系だとは知らなかった。

「チェルシー。こちらは魔術院のエイプリル主任と、同期のサンドコリスだ」

「チェルシーと申します。はじめまして」

 チェルシーはブラッドとミックの二人に向けて自己紹介した。初対面としておきたいのだろう。微笑みを浮かべているが硬い。

「はじめまして」と挨拶するブラッドから間をおかずに、ミックも「はじめまして」と続けた。すると、チェルシーはほっとしたように少し表情を緩めた。

「あなたの兄上とは魔術科で同期でしたよ。よろしく伝えてください」

「兄がお世話になっております」

 ブラッドが当たり障りのない話題を振るとチェルシーは丁寧に礼をした。

 そのあとはミックとランドルフが二言三言会話を交わして、ランドルフとチェルシーは店から出て行った。

「見合いかな?」

 二人が出て行った扉の方を一瞥して、ブラッドがつぶやく。

「兄君に連絡したときに、彼女には従兄弟との縁談も持ち上がっているとちらっと聞いたんだ」

「従兄弟同士で?」

「そうだな。魔術師貴族の家系ではままあることだね」

 一般の貴族家よりも血筋へのこだわりは強いかもしれない、とブラッドは苦笑する。

「あんまり和やかな雰囲気でもなかったですけど、大丈夫ですかね」

 イブニング子爵家は魔術師が重視される家らしい。

 彼女の言動から王立魔術院の研究員は「優良物件」の扱いだと察せられる。

 気が進まない見合いなのかと心配になり、外に目をやったところ、出て行ったばかりのチェルシーが戻ってきた。

「あの、先ほどは失礼いたしました」

 給仕に断り、ミックたちのテーブルまでやってきたチェルシーは、頭を下げる。

「お見合いのこと黙っていただいてありがとうございます」

「顔を上げてください。個人的なことですから、当然です。お気になさらず」

 ブラッドが「席を作りましょう」と勧めたけれど、彼女は首を振った。

「ランドルフに馬車で待ってもらっていますので。彼には兄のことで話があると言ってきたのです」

「なるほど」

 うなずいたブラッドはおもむろに立ち上がる。今度は彼が頭を下げたから、ミックも驚いた。

「劇場の件は申し訳ありませんでした。魔術にしか興味のない無粋者で、兄上の心遣いに気づかずに無碍にしてしまいました」

「いいえ! 気にしておりませんので、お顔を上げてくださいませ。こちらこそ、丁寧なお手紙をいただき、感謝しております」

「それはミックに」

「いやいや、俺は全く何も! 礼はもう何度も聞きましたから!」

 他人事だと傍観していたミックは突然話を向けられて慌てる。ブラッドは微笑むと、

「課でも頼りになる研究員なんですよ」

「ええ、わかりますわ」

 チェルシーもうなずくから、ミックは「いやいや、そんな」と両手を顔の前で振った。

「それでは、わたくしはこれで」

「あ! あの件は」

 ミックが呼び止めるとチェルシーは目を瞬かせた。そしてすぐに微笑む。

「用意が出来たらご連絡いたしますわ」

 会釈してチェルシーは再び出て行った。

 イブニング子爵家の魔術を教えてもらう約束だ。寮の連絡先を教えたので、実家ではなく直接連絡してもらえるだろう。

 上機嫌のミックを見て、ブラッドが不思議そうにした。

「礼を聞いたというのは、劇場のことではないだろう? 親しくなったのかい?」

「ええっと、ちょっと別のところで偶然お会いしたんで」

 ブラッドは、うーん、と顎をさする。

「彼女の兄上に売り込むときは助力するよ」

「えっ、そんなんじゃないっすよ!」

 友人と言える程度だ。

 好ましいとは思っているけれど、世界が違う。

 無邪気に恋していい相手ではない。

 身分差を無視できるほど、のめり込んでもいない。

 チェルシーが身分にあった相手を見つけたなら、ミックは胸は痛むだろうけれど、手を引けると思う。

 ――彼女が子爵令嬢じゃなかったら?

 止めるものがなかったら恋に落ちたかもしれない。

 ミックは否定したけれど、ブラッドは取り合わずに笑った。

「必要になったら頼ってほしい」


 週明け。出勤したミックはヘンリーから書類を差し出された。

「披露会はありがとうな。助かったわ」

「おもしろかったんで、参加して良かったです。で、この書類はなんすか?」

「礼とおまけ。お前が署名するだけになってるから、サインしたら登録管理課に提出しろよ」

 ヘンリーはにやりと笑う。

 ミックが首を傾げながら確認すると、魔術の特許権侵害の訴状だった。権利保持者がミックの名前になっている。二枚目には侵害の内容の詳細、第三者の意見としてヘンリーの署名もある。

「なんすか、これ?」

「ちゃんと読めよ。ウォーター劇場の照明魔道具の件だ。役者の動きで点灯する仕組みになっていると俺は思う。……改変されているだろうけれど、基本になっているのはお前の卒業研究だろ」

「あー! あれが?!」

 時間設定やセリフが鍵かもしれないとは考えたけれど、役者の動きの可能性は考えていなかった。

「えー、でも、動作間違えたら終わりじゃないすか。あり得ます?」

「そうそう。間違えたんだよ、俺が見たときな」

 突然雷雨のような照明になったけれど、ストーリーと合わないから不思議に思ったところ、別の場面で同じ照明の演出が現れた。今度は嵐のシーンでストーリーにも合っている。その二回は役者の立ち位置と動作が同じだったように思えた。それで、ヘンリーは続けて三回観て確かめたそうだ。

「よく何度も観れますね」

 金銭的な意味でミックは言ったけれど、ヘンリーは「劇自体はほとんど観てないからな。魔術の検証実験だと思えば退屈しない」と笑う。

「侵害じゃなかったとしても却下されるだけで、こちらに罰則はないから、出すだけ出しておけ」

「はい! ありがとうございます!」

「おう。使用料が入るといいな」

「そうすっね! そういえば特許取得もヘンリーさんのアドバイスでしたね。ありがとうございます!」

 両手で書類を掲げるミックの肩をヘンリーが叩く。

「じゃ、これもついでに提出よろしくな」

 ばさりと机に乗せられた書類の束。ついでの量ではないが、ミックが口にしたのは別の抗議だ。

「俺が言わなくても書類まとめられるんじゃないっすか! いつもやってくださいよ」

「いや、これも披露会の礼の一環だから。今回だけ特別だ」

 ひらひらと手を振って研究室に入っていくヘンリーを、ミックはため息をつきながら、感謝の笑顔で見送った。



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