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王城の茶会

 数日後、第一王女主催の交流会でチェルシーは王城に出かけた。

 十五歳から二十五歳くらいまでの貴族の娘を対象にした毎年恒例の集まりだ。年に数回開催され、そのうちの一回に招待される。友人作りが趣旨のため、あえて親の派閥や出身学校のつながりを無視したメンバーが揃う、普通の貴族家の主催では絶対できないものだった。

 大広間や舞踏場がある棟に面した庭園が会場だ。噴水を中心に幾何学的に石畳の道が配置され、芝生と花壇が道の間を埋めている。庭園の端は並木になって、涼しげな風が通り抜ける。

 その芝生の一画にテーブルセットがたくさん用意されており、座って茶を楽しめる。庭園を歩いたり、噴水の周囲や木陰のベンチで談笑している人たちもいた。

 いつもなら基礎学校時代の友人の誰か一人はいるのに、今日に限って誰もいない。

 ふと思いついて魔術師貴族の令嬢がいないかと探したけれど、顔を見てわかる人はいなかった。この場に招待される爵位のある本家筋で、チェルシーに年の近い令嬢は数人だ。「皆、魔術師の素質があるのにお前は」と叔父に当てつけられたから、チェルシーはわさわざ彼女たちと知り合おうとは思わなかった。見下されるか同情されるか。魔術師と友人になれる可能性なんて考えてもみなかった。ミックと知り合って、魔術師を避けてきたことを後悔している。

 ミックとは友人だと思う。

 ピーコック飯店に出かけた翌日にさっそく話を聞きに来たマリエッタも、一緒に出かけたリズも、彼をチェルシーの恋愛候補にしたがる。

 でも、それではミックをチェルシーの事情に巻き込んでしまう。迷惑なだけだろう。

 そもそも相手にしてもらえるかもわからない。

「私が見た限りではあちらもお嬢様に気があるように思いましたよ」

 リズがそう言うように、嫌われているとは思わない。恋愛感情を持たれているかどうかはわからないけれど。

 チェルシーが何か言うごとに笑顔が返ってきて落ち着かなかった。

 彼は何がそんなに楽しいのだろう。貴族令嬢が物珍しい? 小動物を見ているような?

 でも、彼の笑顔はチェルシーの心を躍らせた。


 ――ピーコック飯店での食事中、彼が魔術陣を描いたときを思い出す。

 ミックは一息で綺麗な陣を描いた。普段の声より低く響く呪文。キラキラ落ちてくる光。

 魔術を目の前で見たのは久しぶりだった。子どものころは兄が魔術を見せてくれることもあったけれど、今は全くない。

 ミックは楽しそうに魔術を使っていた。

 ――兄はもう魔術は楽しくないのだろうか。

「あなたの呪文は私が知っているのと違ったわ」

「俺は魔術科で習ったのが最初なんで流派がなくって、教科書通りっすね。言うなら現代魔術理論派ですかね。あとはいろいろな流派の魔術を、調べたり教えてもらったりして取り入れてます。さっきのは教科書の基礎っすよ」

「そうなの。いろいろあるのね……」

 チェルシーはイブニング子爵家のことしか知らなかった。他の魔術師貴族と交流があったらまた違っただろうか。

「チェルシーさんが知ってるのって、子爵家の呪文っすか?」

「ええ、家の蔵書で基礎を勉強したの。……勉強したら魔術が使えるかもしれないって思っていたのね」

 予想した通り、彼は「無駄なことを」とは言わなかった。それよりも、ぐっと身を乗り出して、

「それってまさか宮廷魔術師の時代の書物っすか?」

「え、ええ……」

「うぉお! すげぇ、見てみてぇ。そんな貴重な書物が見放題なんて、うらやましい。ちなみに、俺が借りたりは……?」

「それはちょっと……」

「ですよね。じゃあ、陣や呪文だけなら? 門外不出じゃないのがあったら教えてくださいよ」

 テーブル越しに乗り出してきたミックに、チェルシーは身をのけぞらせる。

「調べてみて大丈夫なものがあったら今度教えるわ」

「おおっ、やった! 約束っすよ。それがお礼の品ってことで」

「ええ」

 ミックに思った以上に喜ばれて、チェルシーはうれしくなった。

 貴族令息相手にはなかった次の約束もできた。

 ――それから、話題のきっかけは忘れたけれど、彼の家族の話になった。

「俺、三つ上の兄がいるんすよ。基礎学校を卒業したときに、本場で修行したいって東方に旅立ったのはいいんすけど、祖父が修行した店に到着したって連絡以降はずっと音信不通で」

「まあ……」

「こっちから手紙を送っても返事がないってのが何年も続いたんです」

 ミックは苦笑した。厨房にいる両親を気にしてか、彼は声を潜める。

「それで、俺が高等専門学校の魔術科に入学するってとき、ちょっともめたんすよ」

「え?」

「兄が帰ってくるかわからなかったんで、念のため俺にも店を継ぐ準備をさせたいって。両親は上の学校なんていかずに基礎学校を卒業したら、この店で父の見習いとして働いてほしかったそうなんです」

「魔術師なのに? 高等専門学校に入学できるだけでも名誉なのに」

「そんなもんすよ。あなたの家では魔術師が大事かもしれないすけど、俺んちでは料理人のほうがよほど喜ばれます」

「そんな……」

「金や宝石みたいな絶対の価値なんて、魔術師にはないんすよ」

 自嘲するような笑い方は初めて見た。

 言われたことにも彼の表情にも、チェルシーは息を飲む。

「俺は子どものころから魔術師になりたかった――ていうか魔道具を作りたかったんで、勘当も覚悟で臨んだんすけど、ひょっこり兄から連絡が来てあっさり解決しました。あのときにあと五年で修行が終わるってことだったんで、もう来年かそこらには帰ってくるんじゃないすかね」

 無意識なのか、彼はまたテーブルに魔術陣を描いた。

「王立魔術院の研究員になって、両親も祝ってはくれましたけど、本心ではちょっと残念に思ってるかもしれないっすね」

 しんみりした空気を吹き飛ばすように、彼は呪文を唱えた。魔術陣から飛び出した光の粒はくるくると回って落ちてきた。


 ミックとのやりとりを思い出しながら、隅の席で一人紅茶を飲んでいたところ、隣に人が立ち影が差した。

「ご一緒しても?」

 話しかけられてチェルシーは慌てて顔を上げる。相手の顔を見て、一瞬ぽかんとしてしまった。

 第一王女の近衛騎士のクリスティ・ドアーズ伯爵令嬢だった。先日の夜会でも目にした有名人。

 今日は第一王女主催の茶会だけれど、仕事ではなく客としての参加なのか、華やかなドレス姿だった。それなのに、ぴんと伸びた背筋が清廉な印象を与える。

「え、ええ、もちろんどうぞ」

 チェルシーが答えるやいなや、給仕が椅子を引き、紅茶を並べた。

 一方的にチェルシーが知っているだけで、クリスティがチェルシーを知っているとは思えない。一人ぼっちの令嬢を気遣ってくれたのだろうか。

 予想外の同席者にチェルシーは戸惑いながら、

「初めてまして。わたくしはイブニング子爵家のチェルシーと申します。お会いできて光栄です」

「こちらこそ。私はドアーズ伯爵家のクリスティだ」

「ええ、もちろん存じ上げておりますわ」

 思わずチェルシーが両手を組んで訴えると、クリスティは苦笑した。

「今まで交流のなかった方と話してみたいと思ってね。迷惑ではないかな?」

「そんな、とんでもございませんわ」

 勢いよく首を振ったものの、クリスティと共通の話題なんて全く思いつかない。当たり障りなくドレスや茶菓子の話がいいかしら、とチェルシーは考えたけれど、先にクリスティが話を振ってきた。

「不躾で申し訳ないが、チェルシー嬢は婚約者がいるかな?」

「え? 婚約者ですか?」

 初対面でいきなり出す話題ではなく、チェルシーは目を瞬かせる。

「いや、私が少し悩んでいて、いろんな人から話を聞きたかったんだ」

「まあ」

「親しくしている男性がいるのだけど、なかなか煮え切らなくてね」

「ええ? クリスティ様に求婚しない方なんていらっしゃるのですか? ああ、気後れして言い出せないのなら、理解できますわ」

「そう?」

「ええ、きっとそうですわ」

「私から求婚してもいいと思う?」

「もちろんですわ! 断るなんてもったいないこと、誰もいたしませんわよ!」

 チェルシーの勢いにクリスティは「考えてみよう」と笑う。

「あなたは? 婚約者はいるの?」

「いいえ。おりませんわ」

 そこでチェルシーはとっておきの話題を思い出す。

「先日、兄の仕切りでお見合いをしましたの。お相手を劇場に誘ったから行ってこいと突然言われて……。わたくしはお見合いするつもりなんてなかったのですが、行くしかありませんでしょう?」

「行ったの?」

「行きましたわ。――どうなったと思います?」

「うーん? 恋に落ちた?」

 クリスティの言葉にどきりとした。

 事情を知っているリズやマリエッタが言うのとは違って、占いや予言のように落ちてきた。

 ――恋? わたくしが彼を好きかどうか?

 チェルシーは動揺を隠して首を振る。もったいぶって間を空けてから、

「お相手はいらっしゃいませんでしたの」

「それはそれは」

「兄がお見合いだって伝えなかったせいで、お相手の方はチケットを譲ってしまわれたんです」

「え? それでは、その譲られた方がいらしたの?」

 クリスティはそこで初めて驚いた声をあげた。

「ええ。お相手の職場の方でしたわ」

「それで?」

「少しお話して、劇を見て……」

 別の場所で再会して、魔術を見せてもらって、魔道具の試作品をもらった。

 笑顔を向けられて、うれしく思った。

 魔術の話が出来て楽しい。

 彼はチェルシーのことを魔術師になれないかわいそうな人とは思っていない。

「恋に落ちた?」

 視線を下げたチェルシーに、クリスティがそっと、同じことをもう一度尋ねた。

「わかりません」

「楽しかった?」

「ええ、そうですわね」

 ぼんやりと答えてからはっとする。

 クリスティは艶然と笑った。

「私はあなたの恋を応援するよ」

「いいえ、恋なんて。違います」

 チェルシーが否定すると、クリスティは笑みを深めた。

「私も決めたよ」

「決めた、とは?」

「求婚だよ」

 今の話のどこに決意を促すものがあったのか、チェルシーには全くわからない。

 クリスティはチェルシーに説明せずに、「ありがとう」と席を立つと意気揚々と行ってしまった。



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