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パラップの道具屋で

 ちょうど食べ終わる頃合いで、リズがやってきた。

 食事代の支払いでもめた末、チェルシーの分だけ払ってもらうことになり――ミックはいつも実家ではただ飯なのだ――、外に出た。

 そこでミックは追いかけてきた母にとめられる。

「待ちなさい、ミック! あんたそのまま寮に戻るの?」

「パラップさんの魔道具屋に寄るつもりだけど」

「ちょうど良かった。だったら、湯沸かし器を持って行ってくれない? 調子悪くて、ちょっと見てもらいたいのよ」

「了解」

 答えてから振り返ると、チェルシーがリズに訴えているところだった。

「魔道具屋、私も行ってみたいわ」


 パラップの道具屋はピーコック飯店の一本裏通りにある。重い湯沸かし器を抱えて、ミックはチェルシーと並んで歩いていた。リズは一歩後ろだ。

「パラップさんとこは生活魔道具が中心の店なんすよ。新品を売るより、中古の売り買いや修理の方が多いっすかね。この辺の店や家はだいたいパラップさんの世話になってます」

 魔道具屋に行ったことがないと言うチェルシーに、ミックは、

「チェルシーさんの家は魔術師事務所を持ってるんすよね。魔道具もそこで買うんすか?」

「イブニング家の事務所は、魔道具は扱っていないの。必要なときは魔道具屋を呼ぶわね」

「ああ、なるほど。そりゃあそうっすね」

 出かけるにしても高級な店だろう。

 下町の雑多な道具屋にチェルシーが嫌がらないか不安だ。

 大した時間もかからず目的の店につき、一見客お断りとでかでかと書かれた看板のある扉を開く。

「パラップさんの許可がない客だと扉が開かないんすよ」

「まあ!」

 笑って説明するとチェルシーは目を丸くしている。ミックはパラップと生まれたころからの付き合いだから追い返されることはない。

 狭い店内はさまざまな魔道具が並んでいる。大きなものは足元に、小さなものは棚に展示され、吊り下げ式の照明や扇風機が天井を埋めている。新しくはないけれど、丁寧に手入れされ、埃ひとつかぶっていない。

 チェルシーが物珍しげに店内を見渡すと、ミックは片っ端から魔道具の説明をしてあげたくなる。チェルシーを楽しませたいのと、パラップを自慢したいのと、半々だ。

 ミックが口を開く前にカウンターの奥から、のっそりと男が現れた。

「パラップさん、久しぶりっす」

「…………」

 藍色のローブの大男は、ミックを見て軽くうなずいただけだった。日に焼けた厳つい顔は眼光鋭く、山賊のような風貌で、街を歩けば知らない者は避けて通る。その上、無口で人嫌い。魔道具の話題以外で彼と会話するのは難しい。

 ミックがヘンリーやその他大勢の変わり者の魔術師を相手して平気なのは、パラップで免疫があるからだ。

 ミックは湯沸かし器をさっさと預ける。

 パラップがチェルシーとリズに目を向けたから、ミックは「二人は見学です」と説明した。

「……ああ……」

 唸るような返事がパラップの通常だ。不機嫌でも何でもない。

 彼が説明しないことはわかっているから、ミックはチェルシーとリズを振り返る。

「うちの店が紹介した客なら、顧客登録が必要なんです。ほら、扉の魔道具の」

 チェルシーはミックにうなずいてから、パラップに挨拶する。

「あの、お邪魔します。見学させてください」

「…………ああ……」

「パラップさんはいつもこうなんで、怒ってるわけじゃないっすからね」

 チェルシーはぎこちなくもう一度会釈した。一方のパラップは、早速ミックが持ち込んだ湯沸かし器に取り掛かり出す。

 そこでミックは自分もパラップに用があったのを思い出した。

「あ、そうだ。俺、パラップさんにこれ見てもらいたくって」

 ミックは斜めがけにしていたカバンから自作の魔道具もどきを取り出す。

「紙で作ったサンプルなんすけど……」

 二つ折りにした厚紙の内側に魔術陣を描いてある。紙の左右に一つずつ。描かれた魔術陣は異なる。

 片面が手のひらほどの大きさの厚紙を両手の上に開いてのせ、

「これを閉じると、起動します」

 拍手するように両手を合わせ、厚紙を閉じて魔法陣を重ねると光が放たれた。

 赤い光の玉は天井の手前くらいでパーンとはじけて、細かい粒が散る。

「まあ、花火だわ! 綺麗ね」

 横で見ていたチェルシーが手を叩く。彼女が喜んでくれるだけで満足が得られてしまう自分にミックは苦笑する。

「……危ない……」

 パラップが短く指摘した。

 ヘンリーの鳥避け魔術陣に感化されて考えた携帯花火だ。

 魔術は魔術陣を呪文で起動させる。魔道具は呪文以外のものを鍵に起動させて、魔術師でなくても使えるようにしている。この魔術は、二つの陣がぶつかった瞬間に起動するように組んでいた。

「うーん、危ないかー。天井から打ち上げる高さを逆算してぶつからないようにはしてるし、火じゃないから燃えはしないですけど……そっすよね」

「……起動が簡単すぎる……」

「あー、はい」

 それは自覚している弱点だ。今もうっかりカバンの中で起動しないようにノートに挟んで持ってきたのだ。

「……いつ使う?」

「花火だから、祝い事?」

「大きくするのか?」

「携帯花火なんすよ。一度だけの使い捨てのものを考えてます。俺が立体が苦手ってのもあるんすけど、実際の商品もこんな厚紙にしたくて」

「携帯花火か……」

 パラップは腕を組む。そこでチェルシーが発言した。

「護身用は? あとは何かの合図にも使えないかしら」

「……合図?」

 チェルシーの思いつきにパラップが反応する。彼が今初めて彼女を認識したような顔をするから、ミックは頬が緩む。魔道具好きの魔術師に客以上の相手だと認められた者は多くない。自分のことのように自慢げに思ってしまうミックだった。

 それをわかっていないチェルシーは、少し考えてから例をあげる。

「騎士団で犯人を追い詰めたときとか」

「ああ、子どもに持たせて迷子になったら打ち上げるとかもいいっすね」

「そうよ。誘拐されたときとか、闇取引現場に遭遇したときとか」

「どこの探偵小説なんすか、その状況は」

 チェルシーの提示するシチュエーションにミックは笑う。チェルシーは「いいじゃない」と口を尖らせ頬を染める。

「……起動方法を再考……どんな目的でも、もう少し起動に手間があった方がいい……」

 パラップがまとめた。

「そっすね。また持ってきます」

「……ここじゃないだろう。お前は王立魔術院の研究員だ……俺なんかよりもっと上の」

「師弟契約はないっすけど、俺の師匠はパラップさんっすから。もちろん魔術院にも提出しますよ。でもその前に見てもらいたいのはパラップさんなんすよ」

 ミックが見上げると、パラップはその視界を遮るようにミックの頭をぐしゃっとかき回した。

「へへっ……。じゃあ、これ、パラップさんにあげますね」

「いらん」

 試作品の残りを取り出そうとしたら、即座に拒否された。

「じゃあ、チェルシーさん!」

「え……」

「……お前……そんな試作を押し付けて……」

 パラップの苦言は、チェルシーの弾んだ声で打ち消された。

「もらってもいいの?」

 え、と振り返るパラップをよそに、ミックはチェルシーに試作品が挟まったノートを差し出した。

「どうぞどうぞ。良かったらこのノートごと」

「ありがとう」

「厚紙の色の光が出るんすよ」

「まあ、楽しみだわ!」

 チェルシーは今までで一番の笑顔で、ノートを受け取ってくれた。

 ミックも自然と顔がほころんだ。




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