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ミンティア通りでの再会

 翌日、出勤してすぐ、ミックはブラッドの研究室を訪れた。

 事の顛末を話すと、ブラッドは「申し訳ない」と謝る。

「見合いだなんて全く思わなかった。面倒かけたね」

「いえいえ、魔道具も見れたんで、俺のことは気にしないでください。それで、お見合いはどうするんすか?」

「断るつもりだよ」

「えっ! いいんすか。お綺麗な方でしたけど」

 なんとなくほっとした気持ちを持て余し、ミックはしゃべり続ける。

「やっぱり、お相手は魔術師じゃないとダメだったり?」

「いや、そんなことはないが……、確かに何か言ってくる者もなくはないかもしれない。それよりも、私がまだ結婚するつもりがないだけだな」

「それこそ急かされないんすか?」

「いざとなったら後継は分家から養子を取ればいい」

 ブラッドは首を振って、苦笑した。

 そのくらい魔術師の多い家系なのか。

「断るとき、令嬢が魔術師じゃないのが理由だと思われないように配慮してもらえませんか?」

 余計なことと思いながらも、ミックは言わずにいられなかった。

 ブラッドは不思議そうに瞬きをして、

「ん? ああ、それはもちろん」

「かなり気にしてたみたいで……」

 ブラッドはうなずいて、快く請け負ってくれた。


 さらに、数日後の昼時。

 今日は前月にあった野外活動の代休だ。ミックは久しぶりに実家に顔を出すことにした。

 学生時代も就職してからも寮暮らしだが、実家は同じ王都のため、遠方出身者よりは頻繁に帰っていると思う。逆に近いせいで泊まりがけで帰省することはほとんどなかった。

 ミックの実家は下町にある食堂「ピーコック飯店」だ。東方の国で修行してきた祖父が開いた店で、今では街に定着している。珍しい東方料理のおかげで、近所の常連客以外も訪れ、それなりの人気店だと自負していた。

 手伝わされないように昼の忙しい時間を避けて帰ったミックだったが、途中のミンティア通りで寄り道をしていた。

「今日は十日市だったな」

 十日市とは、毎月十日にミンティア通りで馬車を通行止めにして開催される市だ。ミンティア通りはピーコック飯店のすぐ近くだからその日は店が混む。実家にいたころは当たり前のように覚えていたことも、今ではすっかり忘れている。

 ミンティア通りは馬車がすれ違えるほどの車道とその両側に歩道を有している、この下町界隈では一番の大通りだ。

 馬車の通行を止めた車道の片側に屋台が並んでいて、その前をたくさんの人が行き交っている。楽しげに物色する人や真剣に品定めする人、大きなカートに木箱を載せて押し歩く人もいる。王都は海に面しており港があるため、異国の服装の人もいた。屋台からは客寄せの声がかかり、活気がある。

 元々通りに店舗を構えている店は閉まっており、代わりに車道で屋台を出す店もある。歩道にはベンチや店から持ち出したような雑多な椅子が置かれていた。

 爽やかな初夏の気候はぶらぶら散歩するのに最適だ。実家には連絡していないから急ぐ必要もない。ミックは屋台で串焼き肉を買う。

 歩道のベンチに座ろうと屋台を回り込んだところ、横手から人が走ってきた。

「おっと! 危ねぇ」

 身体を捻って避けると、「ひったくりよ! 捕まえて!」と声がしてまた人が走ってくる。

 今度は避け切れずに、ミックは相手とぶつかってしまう。

「きゃっ!」

「あっ、すんません!」

 倒れかけた相手の腕を掴んで支えると、予想外に知った顔だった。

「え、イブニング子っと……」

 先日ウォーター劇場で会った子爵令嬢チェルシーだ。爵位を口にしかけたミックは、ここが下町なのを思い出して慌てて口を閉じる。

「あなた!」

 チェルシーも気づいたようで目を丸くしている。

 一瞬時間の止まった二人の間に、前方から「捕まえたぞ!」と声が聞こえた。

 振り返ると最初に走ってきた犯人が男二人に取り押さえられていた。

「あなたの荷物ですか?」

「え……、ええ」

 まだ戸惑ったままのチェルシーに目を向けて、ミックは大きな声を上げた。

「ああ! うわ、すんません。肉のたれが!」

「え?」

 下町歩き用なのか簡素で地味なワンピースにべったりと串焼き肉のたれがついてしまっていた。

「あとで落としますから!」

「いいえ、気にしないでくださいませ」

「いえ、落としますんで」

「おーい、お嬢さん! これ、あんたのであってるかい?」

 そう声をかけられては押し問答しているわけにもいかず、ミックは一旦引き下がる。チェルシーは犯人からバッグを取り上げてくれた男に駆け寄った。遅ればせながら警備団員も二人やってきて犯人を縛り上げている。

「お嬢様ぁ!」

「リズ!」

「勝手にいなくならないでください!」

 息も絶え絶えに走ってきたのは、チェルシーと同じようなワンピースを来た若い女だ。劇場にチェルシーを迎えに来たメイドだろう。

 さすがに一人で下町に来たわけではないのだなとミックはほっとする。

「念のため事情を聞きたいから、警備団の事務所まで来てくれないか」

 警備団員がチェルシーに話しかけると、リズが前に出た。

「お嬢様はお忍びで……記録に残るのは困ります」

「そうは言っても、ルールなんで」

「バッグも戻ってきたし犯人も捕まったんですから、いいじゃありませんか」

「余罪もありそうだし、今後の防犯のためにも協力いただきたい」

 警備団員とリズの攻防の後ろでチェルシーは毅然としていた。

「リズ、私は大丈夫よ。ご協力しましょう」

「お嬢様!」

「あー、ちょっといいっすか」

 ミックは片手をあげて割り込むと、警備団員に挨拶した。

「バズ! 久しぶりだな」

「あ? ミックか。……なんだ、こちらのお嬢さんは知り合いか?」

「そうそう。うちの親戚ってことでどうだろう?」

「うーん、そうだなぁ。何かあったらピーコック飯店に連絡するってことなら」

「了解。じゃあそういうことで」

 地元出身の警備団員は、同じくこの辺生まれのミックと顔見知りだった。

 もう一人の方に歩いてくバズを見送って、ミックはチェルシーとリズを振り返る。

「俺の親戚ってことで納得してもらったんで、お嬢様のお名前は出さなくても大丈夫っす」

「まあ」

「治安維持のためにも事情聴取には付き合ってやってもらえませんかね」

 公共のためと言われると貴族は断れないだろう。卑怯な言い方かもしれなかったけれど、チェルシーはもとよりリズも納得したようだった。

「それじゃあ、行きましょう」

「あなたも行きますの?」

「俺の親戚なんですから、当たり前っすよ」

「じゃあ、お嬢様はやめてくださる?」

「家名はまずいんすよね。……チェルシー様?」

「様はおかしいわ」

「それじゃ、チェルシー?」

 ミックはにっこりと笑ったけれど、チェルシーは驚いた顔で固まっている。

 さすがに気安すぎたかな、とミックは改めた。

「チェルシーさんならどうすか?」

「いいんじゃないかしら!」

 そう言ってふいっと視線をそらしたチェルシーの横顔がほんのりと赤い。

 ミックはそれで満足感を得られた自分に内心首を傾げるのだった。


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