ヘンリーとマリエッタの婚約披露会で
良く晴れた休日。
どういうわけかミックはガーデンパーティに参加していた。連れはブラッドだけれど、魔術院の仕事ではなかった。
魔術院の上司ヘンリー・ダンタウン男爵とマリエッタ・ディーシープ男爵令嬢の婚約披露パーティだ。
令嬢とは何の面識もない。
招待状を受け取ったのはブラッドの研究室だった。
「え? いや貴族の集まりでしょう? 俺が参加していいんすか」
結婚披露パーティならわかるが婚約でもやるものなのか。そこからして感覚が違う。
ヘンリーは「いいから参加してくれ」と笑った。
「チェルシー・イブニング子爵令嬢がマリエッタの親友らしいんだ。お前、彼女と知り合いなんだろう。イブニング子爵令嬢ももちろん招待されてるから」
「ええ…‥」
ミックは余計に戸惑う。
ヘンリーはそれには取り合わずに、
「エイプリルは俺に箔をつけるためにぜひとも参加してくれ」
と、ブラッドの肩を叩いたのだ。
――そんなこんなで、当日だ。
もはやこれ以外の服はないとばかりに、ミックは今日も魔術院の制服のローブだった。
一人にされても困るので、従者よろしくブラッドと一緒に乗り込んだ。
会場は王都郊外の貸し会場だった。庭園で有名なところだ。
ディーシープ男爵は農林水産省の役人で、仕事で知り合ったヘンリーが男爵に気に入られたのが縁談のきっかけだったらしい。
魔術馬鹿のヘンリーを気に入るなんて、ディーシープ男爵もそれなりに変わり者かもしれないと失礼なことをミックは考える。
婚約に至ったということはマリエッタもヘンリーを気に入ったのだろう。多少の年の差を気にしないのは貴族だからか。
ブラッドと挨拶に行くと、二人は仲良さそうにしていた。
「まあ、あなたが」
マリエッタは大げさに驚く。
「ヘンリー様からもチェルシーからもお噂をうかがっておりますわ」
「いやいや、それは……」
意味のない言葉でごまかしてヘンリーを睨むと、「悪いことは言ってない」と返された。
「お前には世話になってるからな」
「それは本当にそうっすね」
婚約披露パーティと野外活動の日程が被っていたことに気づかなかったヘンリーに指摘したのはミックだ。野外活動を同じ班の研究員に割り振って、彼は今日ここにいる。
簡単に言葉を交わして、ミックとブラッドは主役の二人から離れた。
魔術師の招待客はヘンリーの同期が多い。魔術院の研究員は顔を知っている者もいる。そうでないのは高等専門学校魔術科の同期だろう。ブラッド目当てに向こうから挨拶にくる者が多く、ミックはおこぼれに預かる形だ。
「ウォーター劇場の照明は君の特許だろう?」
とある魔術師に指摘されてミックは驚いた。
「え、わかるんですか?」
「当たり前だ。いいところに売り込んだな」
「いや、あれは今、特許侵害の申請してるんすよ」
「おお、そうなのか」
まだ結果は届いていないけれど、ヘンリー以外にも気づく人がいるなら、可能性は高そうだ。
彼もヘンリーのように「高額賠償を祈っているよ」と笑っていた。
ディーシープ男爵の仕事関係者は役人で、もちろん彼らの中に貴族もいるだろうけれど、純粋に貴族らしい貴族はマリエッタの友人くらいのようだ。
数人で固まっている中にチェルシーを見つける。
カフェ・グランドズで会ったときも目立たないワンピースだったから、令嬢らしい装いを見るのはウォーター劇場以来だ。
明るい青緑のドレスが似合っている。何かあちこちキラキラして見えるのは、宝石なのか、ミックの心象風景なのかわからない。
令嬢たちは若い男性たちと話していて、盛り上がっているようで近寄れる雰囲気ではない。
――つまり、ディーシープ男爵の部下の若手役人に人気なのはマリエッタの友人たちの令嬢で、ヘンリーの友人の魔術師たちに人気なのはエイプリル伯爵ブラッドなのだった。
魔術師はどこでも魔術師だった。
チェルシーには帰るまでにちょっとでも挨拶できたら上々だ。
「なんだか遠いなぁ」
独り言のつもりでつぶやくと、隣のブラッドが静かに微笑む。
「それを残念に思うなら、すぐに近づける」
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チェルシーは会場の端にミックがいることに気づいていた。
マリエッタの婚約者がミックの上司だと分かり、彼女はヘンリー経由でミックを招待してくれた。
話ができると楽しみにしていたのに、ミックとブラッドの元にはひっきりなしに魔術師が訪れていて隙がない。
チェルシーは友人たちと、青年たちに囲まれながらちらちらミックの方をうかがっていた。
「魔術師が気になりますか?」
前に立っていた青年に聞かれる。魔術師は皆ローブでわかりやすい。
曖昧にごかまそうとしたのに、チェルシーの隣りの友人が「彼女のおうちは魔術師貴族家なんです」と言ってしまう。
「魔術師貴族? あなたも魔術師なんですか?」
「いいえ、わたくしは違いますわ」
「そうなんですか。それは良かったです」
「良かった?」
チェルシーが眉間にしわを寄せたのに気づかず、彼は続ける。
「王立魔術院の魔術師とは仕事で関わることも多いのですが、社会人としてどうかと思う者ばかりで……結婚相手としても向かないと思いますよ」
「それは、マリエッタのお相手を侮辱していらっしゃるの?」
「失礼だわ」
チェルシーだけでなく友人皆が憤慨すると、青年はしどろもどろに謝りながら仲間ともども去って行った。
「自分たちを売り込みたいのもわかるけれど、いくらなんでもねぇ」
「場所を考えなさいよって思いますわね」
話し相手の男性陣がいなくなって、友人たちの興味は自然に魔術師たちに向いた。
彼らは令嬢たちには挨拶にこない。魔術師が集まっているのはミックとブラッドだった。
ブラッドが魔術師貴族の名門エイプリル伯爵だからだろう。隣のミックも同じくらい話しかけられていて、談笑しているように見える。
「ねえ、チェルシー。あの魔術師の方はどなた? さっきから皆があの方にご挨拶にいかれるでしょう?」
「そうそう。わたくしも気になってましたの」
友人たちに聞かれて、チェルシーは「魔術師貴族家の名門のエイプリル伯爵よ」と答えた。
「お若いのに伯爵なのね」
「優しそうな方で素敵よね」
チェルシーは、兄の同期だとかお見合いをしただとか余計な情報は出さないでおいた。
ブラッドが注目されたら隣のミックも目立ってしまう。
そんな些細な努力はむなしく、当然のようにミックも話題に上る。
「伯爵の部下の方かしら? お隣の方も悪くないわよね」
「ご挨拶に行ってみる?」
「あ、待って。彼は……」
友人を止めかけたチェルシーの後ろから、マリエッタがヘンリーと一緒に現れた。
「彼はダメよ」
「どうして?」
「あの方、ミックさんはチェルシーと仲良しなのよ」
「まあ、そうなの?」
「教えてくれたら良かったのに」
含みのあるマリエッタの「仲良し」宣言に、友人たちは察してくれた。
「でもあの方は平民じゃない?」
友人でも、チェルシーと何かと張り合いたがる人が水を差す。
それをフォローしてくれたのはヘンリーだった。
「彼は私の部下で優秀ですよ。昨年度の魔術科の卒業生の次席で、特許もすでに持っています。平民で魔術院勤務なら、魔術師貴族家から養子縁組の打診も届くんじゃないでしょうか。今のところはエイプリル伯爵家に遠慮しているのかな」
言われた方は「まあ、そうですの」などと不機嫌を隠して感心して見せ、他の友人たちは素直に驚いていた。
チェルシーも驚く。
次席や特許の話は知らない。
養子は兄も出していたから、想像できる。
優秀な魔術師のミック。魔術師になれなかった自分。
なんだか今までとは違う意味で距離を感じたチェルシーだった。
「さて、余興を一つ」
ヘンリーがよく通る声を上げた。
給仕が両手を広げたくらいのサイズのカードを配る。
折り目があり、片側には魔術陣が描かれ、もう一方は薄紙が貼られていた。
ミックからもらった試作品の魔道具にそっくりだった。あれは両面とも魔術陣がむき出しだったけれど、改良したのだろうか。
「私の部下のミック・サンドコリスが開発した魔道具です。まだ試作段階ですが、今日のめでたい席にぴったりだからと用意してくれました」
ブラッドに促されて一歩前に出たミックが一礼して照れたように笑った。
遠く見ていたら、ミックがこちらを見て目が合う。
彼はいつものようににっこりと笑って、チェルシーに片手を振った。チェルシーは慌てて会釈する。火照った顔が上げられない。
「この魔道具は携帯花火の魔道具です。紙を折り目に沿ってパタンと閉じると、上に光が上がります。火ではないので熱くはありませんが、まぶしいので注意してください。起動させるのが怖いと思った方は給仕に戻してください。見学していただくだけでも楽しめると思いますよ」
ヘンリーの説明は続く。
「さて、起動させましょう。まずは、この薄い紙を剥がしてください。まだカードはそのままで」
招待客がざわざわと行動する。
魔術師たちはおもしろそうに、そうでない者は少し不安げに次の指示を待つ。
「両手にカードを乗せて、手を前に。カウントダウンに合わせて、皆でパタンと閉じましょう」
ヘンリーがするように皆も両手を前に出す。
チェルシーも同じようにした。
ミックからもらった試作品は五枚あった。そのうちの二枚をチェルシーは起動させた。
夜、一人で。
兄の結婚話を聞いた日。カフェ・グランドズでミックと会った日。
ミックに会いたくなった夜に、ベッドの上で花火を上げた。
薄暗い部屋は一瞬明るくなり、光の粒が舞い散った。
――幸せなような、余計に寂しくなったような不思議な気持ちだった。
今は、離れているけれど、すぐ近くにミックがいる。
「スリー、ツー、ワン!」
パンっと手を叩く音のあと、会場中から光の玉が上がった。
上空で弾けて、細かな光の粒になって降ってくる。
わあっと歓声が沸き起こる。
色とりどりの光がキラキラと辺りを舞った。
チェルシーは無意識にミックを見た。彼もチェルシーを見ていて、楽しそうに笑う。つられてチェルシーも笑みを返した。
人目がなかったら駆け寄って抱きついたかもしれない。
今、ここで同じ光景を一緒に見れたことに感謝する。
これから先、チェルシーは何度もこの景色を思い出すだろう。それをいつもミックが聞いてくれたらどんなにいいかわからない。
感動も冷めやらないうちに、続けて同じような花火の魔術の規模の大きいものがいくつも上がった。
魔術師が自前の魔術陣で起動させたようだった。
さながら花火魔術合戦の勢いでキラキラが降ってくる。歓声が悲鳴になるのも遠くなさそうだ。
率先したのが主役のヘンリーだったから、笑ってしまう。
ミックも、あのエイプリル伯爵も花火を上げていた。




