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「好きなんでしょ?」「え?」「魔術が」~新人魔術師の身分差婚~  作者: 神田柊子


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チェルシーとランドルフ、カフェ・グランドズで

 ランドルフは叔父に黙って連絡してきたようだった。モンタギューにも秘密にしてほしいと手紙に書いてあった。

 待ち合わせのカフェ・グランドズに彼は先に来ており、チェルシーが席につくと、注文した紅茶が運ばれてくる前に彼は話を始める。

「君と結婚しろって父上がうるさいんだ」

 前置きも何もなかった。

「魔術院の研究員になって悲願達成ってことで僕のことは放っておいてくれればいいのにさ。本当に面倒」

 権力志向な叔父と反対に、ランドルフは魔術のことしか頭になく、子どものころ本家に遊びに来てもずっと書庫に籠っていた。

 どちらかと言うと叔父と同じ思考のモンタギューとは、ランドルフは話が合わないようだ。

 彼は魔術師の素質がないチェルシーをあからさまに馬鹿にしたりはしないけれど、相手にもしない。魔術に関わらないチェルシーには興味がない。そんな態度のランドルフと楽しく話をした思い出は、チェルシーにはなかった。

「君もそうだろ? 父上が縁談持って行ったって言ってたけど」

「ええ、兄から聞いたわ」

 紅茶を持ってきた店員が、深刻な話に静かに離れていく。

「じゃあ、結婚しよう」

「はあ?」

 思わず紅茶を吹き出しそうになり、チェルシーはハンカチで口元を押さえた。

「じゃあって何なのよ」

「結婚したら父上は黙るだろ」

「余計にうるさくなるだけでしょう?」

 わかっていなそうなランドルフにチェルシーは説明する。

「叔父様は、あなたをわたくしの婿にして、兄を追い出してあなたを次期当主にしたいのよ」

「えー、それじゃあ結婚しただけじゃダメじゃないか」

「そうよ」

 ランドルフは、改めてチェルシーを見ると、

「じゃあ、結婚してモンタギューを追い出そう」

「はあ?」

 今度は紅茶を飲んでいなかったから無事だった。

 チェルシーは眉を顰める。

「あなたイブニング子爵家の当主になりたかったの?」

「いや、全く」

 ランドルフは首を振る。

「とにかく父上を黙らせたいんだよ。休みのたびに実家に呼び出されるし、そのうち寮にも押しかけてくるんじゃないかと困っているんだ。……モンタギューが王立魔術院に勤めてたら父上は静かになったのにさ」

「それ、お兄様には絶対に言わないで。努力しても届かなかったんだから」

「わかってるよ」

 ランドルフは口を尖らせる。

「当主はどうでもいいけれど、本家の書庫は憧れるな」

 書庫と聞いて、ミックに子爵家の魔術陣を教える約束をしたのを思い出す。すでにいくつかピックアップしていたけれど、もう一度探してみるものいいかもしれない。珍しいものの方が彼も喜んでくれるだろう。

 そう考えるとチェルシーの口元は自然にほころぶ。

「あれは確かに財産よね」

「君、魔術書読めるの?」

 きょとんと問われて、チェルシーは眉を吊り上げる。

「読めるわよ。別に暗号でも何でもないじゃない」

 宮廷魔術師時代の書物だって多少言い回しが古いくらいで、令嬢教育で課題になる古典文学と変わらない。

 魔術文字だって勉強すれば理解できるし、魔術陣だって描ける。

 ただ魔術を発動できないだけだ。

 呪文を唱えても反応することはない。

「へー、知らなかった」

 どうでもよさそうにランドルフは答える。ここまで来ても彼はチェルシーに大した興味がないのだろう。

「わたくしはあなたと結婚するつもりはないわ」

「それじゃ困るよ」

「あなたもあなたでお相手を探せばいいじゃない。王立魔術院には女性魔術師だっているでしょう? それなら叔父様も納得するんじゃないかしら」

「あー、そうか。……うーん、誰かいたかな」

 あまりにも軽い反応にチェルシーは彼の未来の結婚相手に同情する。

 それとも魔術師が相手なら興味の程度も変わるのだろうか。あるいは恋をしたら。

 ――ミックへの思いを恋だと認めたら、自分も変わるだろうか。

 ランドルフを目の前にしながら、ことあるごとにミックを思い出していることにチェルシーは自覚がない。

 ランドルフが魔術院の同僚を思い浮かべている間に、チェルシーのカップは空になった。

「用事がそれだけなら、わたくしはもう行くわ」

 今日は一人で出かけてきた。どこかで辻馬車を拾うつもりだ。

「ああ、送るよ」

「ええ、ありがとう」

 立ち上がり振り返ると、「あ!」と声がした。顔を向けるとミックがいた。

 偶然にしても、よく会う。

 ランドルフも彼に気づいたようで、

「魔術院の同期とエイプリル伯爵だ。ちょっと挨拶していいか」

「ええ、もちろん」

 うなずいて、ランドルフの後ろを歩きながら、チェルシーは緊張した。

 なんとか伝わったようで、見合いの話も出さずに初対面ということにしてくれた。

 ランドルフがきちんとした挨拶をしていたことに驚いた。

 チェルシーは店外に出てから、ランドルフを待たせて、もう一度礼を言いに戻った。

 エイプリル伯爵は手紙の文面から伝わってきた通りの紳士だった。

 彼に嫁いだなら十分幸せになれただろう。兄は間違いなくチェルシーのためになる縁談を用意してくれたのだ。

 それでもやっぱりチェルシーの心の中にはミックがいる。

 ミックが約束を覚えていてくれたことにうれしくなり、頬を緩めて再び店外に出た。ピーコック飯店にはリズから連絡してもらったけれど、今度は自分が彼に連絡するつもりだ。



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