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2024年8月4日 投稿
暇だなとリビングのソファに寝転がってみたところで、ふと、あ、昨日の山に行こうかなという気持ちになった。考えれば考えるほど名案に思えたので、すぐに支度を整えた。この間と同じように何かお供えしたいなと思い、今日は父のお気に入りの煎餅を2枚、棚から拝借して持っていくことにした。
家の戸締りも確認し、さて、行きましょうかと家を出て歩き出す。今日は昨日に比べて薄曇りの日で、スタスタと歩いても汗もかかず快適だった。あっという間に山の入口へとたどり着く。昨日は滉哉のペースに飲まれてあまり周りを見ることもできず後ろをついて行ったので、今日はあちこちを見ながらゆっくりと登っていく。
昨日は気付かなかったが、ほとんど人が訪れていなさそうな山道なのに、階段が壊れている場所もなく、雑草で覆われて歩きづらくなっている部分もなく、両サイドの木々のお陰で太陽が遮られて適度な日陰の道になっていた。
「涼しくっていいな、ここ。夏になっても暑くならないんだったら、年中来れるかも」
緑に囲まれた空間を進む。
一人だとしんどかったりするかもと覚悟して登ってきたが、気が付くとあっという間にお社のある場所に辿り着いていた。
「こんにちは。今日も遊びに来ました。今日はお煎餅です、どうぞ」
悠里はなんとなくお社に声をかけながらお供え物のお煎餅を置き、その隣に昨日お水を入れた葉っぱがそのままあったので、またお水を入れる。
「今度、コップも持ってきますね」
そう言って石の椅子に腰掛けてぼーっとしつつ水分補給をし、おやつを食べる。今日はもうここで午前中の時間を過ごすつもりだったので、本を一冊持ってきていた。最近お気に入りの小説の続巻が出たのだが、引越しの直前に買ったまま手を付けられずに先日まで段ボールにあったものだ。今日の朝、支度をしているときにふと思い出して段ボールから取り出し、カバンに入れて持ってきたのだ。大抵の本1冊は長くても大体1時間ちょっとあれば読み終えられるので、読み終わったところで家に帰ればお昼には家に帰れるという計画だ。我ながら完璧…と思いながら本を開く。一度文章に引き込まれるともう周りの事など全く気にならなくなる。
1時間も経たないかなというころ、悠里は小説を読み終わった。あー楽しかった!と満足でいっぱいになりながら本を閉じて顔を上げると、ふと隣に人がいることに気づいた。びっくりしてそちらを見ると、滉哉だった。
「うゎっ、ビックリした」
「え。気づくのおそっ!」
「本読んでたら気づかないよ…いつからいたの?」
「いや気づけよ!……危ないやつだな。10分か15分くらい前からいたよ…(気づいてたけど声かけなかったから無視してんのかと思ったわ)」
「暇なの?」
「うんまあそんなとこ」
「ふうん。私そろそろ帰ろうと思ってるから、じゃあまたね」
悠里は予定通り、本を読み終わったので帰り支度を始めた。帰り支度といっても本をカバンに仕舞い、歩く前の水分補給をするくらいなので一瞬で終わる。
カバンを背負い、滉哉の方を見ると、何とも言えない顔をしてこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「いや、お前がもう帰るのならおれも帰ろうかなって」
「ふうん。じゃあ帰ろ。お昼ご飯用意しなきゃだし」
今日は昨日と違い、先にスタスタと歩き出した悠里を先頭に山道を下っていく。
何かをしばらく考えながら静かに後ろを付いて来ていた滉哉だったが、半分ほど下ったかなというところで漸く悠里に声をかけた。
「よかったら昼ごはんうちで食べるか?」
「…………ぅえ?!」
予想もしていなかった一言に、悠里は一瞬反応に遅れた。これまでだれか友達の家に遊びに行ったことはなく、ましてや家族や親戚以外の家で食事を一緒にするなって予想だにしていない事だった。まだ知り合って2日目だし、そこまで仲良いともいえない関係だと悠里は思っていたので、その誘いに乗るのが正しいのか、断っても良いのか全く分からなかった。困り果てて黙ってしまっていると、
「うち、兄弟多いから、いつも余分にご飯もおかずもあるし、お前ひとり増えても問題ないよ」
「ご両親は困らない?」
滉哉の両親が困るかどうかを気にしながらも、内心では、初めてお邪魔する家でお昼ご飯まで頂くってどうなの?図々しくない?やっぱ断るべきだよね…といかに回避するかを考えていた。滉哉はそんな悠里の内心など知りようがないので、
「大丈夫大丈夫!弟や妹も突然友達連れてくることあるし!」
「そうなの…」
え、どうしよう…と思っている間に滉哉の中ではもう悠里は行くことになったようで、
「じゃ、決まり。昼はうちで!」
あっという間に、今日の悠里のお昼ご飯は滉哉の家でとることに決まってしまった。
「ほんとに突然お邪魔して大丈夫なの?」
「大丈夫だって。気にしすぎ。そこまで気になるなら、一回悠里は自分ちに帰って、その間におれが母さんに悠里を呼んでも問題ないか聞く。で、おっけーもらったら呼びに行くから」
「わかった。それなら良い」
(いや、全然よくない。なんでこんなことに……)
気が付けば悠里はお昼を滉哉の家にお邪魔することになっていた。
おかしいな、昨日からどうも滉哉のペースで物事が進みがちだ。
私ってこんなに人に流されやすくて優柔不断なタイプだったっけ、、、