2-2
2024年7月27日 投稿
山を下り、舗装された道へ戻ってきたころには空はすっかり夕焼け色に染まっており、もう夜がすぐそこまで来ている時間帯になっていた。上弦の月が空高くに浮かんでいるのがよくわかる、晴れた良い一日だった。舗装された道まで戻れば、住宅街はもうすぐそこである。
「悠里んちは門限あるの」
「ん、特にないよ。でも暗くなる前には家にいるようにって言われてる」
「じゃあギリギリセーフってとこか」
「たぶんまだ誰も家にいないからばれないよ」
「ふぅん」
悠里の返事に対して、ふと滉哉は少し何かを考えるような雰囲気を纏ったようだったが、悠里が違和感を感じた瞬間にはもう何も考えていなさそうだった。二人でしゃべりながら歩くと、もう家のすぐそこまで帰ってきていた。
「じゃあ、また」
「おう、じゃあな」
まあ明後日には中学で会うだろうし、と二人はあっさりと別れの挨拶をしてそれぞれの家の玄関へと歩を進めた。悠里がまさに玄関へ着いたなというところで、斜め後ろ、滉哉の家の方から「「おにい、おかえり!」」という大きな声が聞こえ、驚いたのもありつい振り返ってしまった。人様のおうち事情をこっそりと伺うみたいで気が引けたが、玄関先で弟妹に迎えられる滉哉の姿を見て、なるほどどおりで面倒見がよいわけだと納得した。悠里はひとりっ子だったので、その光景が物珍しくもあり、少し羨ましくもあった。弟と妹は滉哉にまとわりつくように、口々に何かを一生懸命にしゃべり、滉哉はそんな二人を「はいはい…」と優しくたしなめながら「中でゆっくり聞いてやるから」と二人を家のなかへと促し、最後に自分も続いた。
いつの間にかじっとその光景を見て立ち止まっていたことに気づき、悠里も慌てて玄関の扉を開けて、ただいま、と静かな家に向かって言いながら家へ入った。今日は火曜日、両親ともに帰宅が遅くなることが多い曜日だった。
シン……とした家に、先ほどの滉哉と弟妹の風景がふと思い出され、いつものことだと思いながらも悠里はさみしさを感じた。
「早く明後日になって学校が始まればいいのに……」
テレビをつけ、リビングのソファに座って少しの間ぼーっとした。もう入学のための準備もすべて終わっているし、明日も暇だな何しようかな、と考えたが何も良い考えは浮かばなかった。とりあえず夜ご飯、と思いお味噌汁と酢の物を作る。ご飯は炊飯器に残っていたので、それをよそい、一人「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。両親はまだ帰ってこない。
ご飯を食べ終わって皿洗いも済ませると途端に時間を持て余す。
「さっさとお風呂入っちゃお」
お風呂から出ると、母が帰ってきていた。
「あ、お母さん、おかえり」
「ただいま。もうご飯もお風呂も終わったのね」
「うん、お鍋にお味噌汁があるし、冷蔵庫にお酢の物あるよ」
「本当?いつもありがとね」
「ううん。今日、お父さんは?」
「今日はまだかかるみたい。遅くなるみたいだから先に寝なさいね」
「わかった」
母が手早く夕飯を食べるのを横目に、歯磨きを済ませる。
「じゃあもう寝るね。おやすみ」
「おやすみ」
まだ21時にもなっていなかったが、小さいながらも山に登ったことで思ったよりも疲労がたまったようで、心地良い疲労感を感じていた悠里はさっさとベッドに入ることにした。
とはいえ眠気はまだそれほどだったようで、ベッドに入ってもしばらく眠れそうにはなかった。そうしてぼんやりと天井を眺めていると、今日初めて出会った男の子とそこそこ会話をしただけでなく山にも登ったんだなと不思議な気持ちになった。そして最後に見た、滉哉と弟妹の姿が思い出され、やっぱりいいなぁ、羨ましいなぁと思った。
「やめやめ、考えてもどうしようもないし寝よう」
悠里はぎゅっと目をつぶった。
やはり体は疲れていたようで、目を閉じるとそれほど長くかからずに眠りについた。