7-蝕
「はぁ!」
上段に振り上げながら、襲い掛かってきた敵を相手に俺は空いている胴に刃を滑らせる。
確かな手ごたえと共に、液体をぶちまける。
なるほど…。
「人の皮を被った奴ら。というこか。」
周囲を見渡す。
アンスは視界に入っている。
バルテルは後ろか。
味方の位置を感じながら、俺の周りを取り囲む残り四人の人のようなものに気を配る。
面倒な事になったな…。
俺がこの国の姫様に召喚されて半日が過ぎた。
その間、目まぐるしく状況が変化していっているのだ。
俺は咄嗟の判断で、迫り来る軍勢の前に躍り出た。
これにより、早急な事態の解明ができたのは僥倖だった。
今回、起こった事は、隣国による煽動と姫様を含む重要人物の殺害であった。
それによる、国内の混乱に乗じて、攻め込もうという魂胆だったのだろう。
その扇動暗殺諸々行為に繋がる活動が、かなり大規模だったようだ。
そのため、王自身が腹心であった者達を使い、半年前から準備してきていたようだ。
その中でも不安材料であったのが、召喚の儀とよばれるもので。
こればかりは王城を離れてしまうし、女神の祝福と呼ばれる現象がなければ行なってはいけない。
という、仕来りがあるようで。何時行なうかもわからない。
まぁ、俺からすれば召喚なんてする必要性もあるか判らんがね。
何でも、500年ぶりらしいよ。
ねぇ、500年前ってあれよ。
はぁ…。
兎に角、姫が、王と王宮の近衛騎士団という最も信頼できる者たちの手を離れてしまう。
これには苦心していたが、最終的には、召喚した者に助けてもらうという他力本願に…。
真剣に考えているようで、実にいい加減だよね。
今回の件に関しては、何故王側の行動が相手側に漏れなかったのか不思議でならないが。
兎に角、そういった情報を聞けた事は良かった。
その後、俺は召喚された者として王城へ招かれた。
そこで、王と謁見して色々と積もる話を俺がぶちまけようと思っていた。
だが、予期せぬ事が起こった。
「く!」
炎を纏った刃が迫る。
受けてもいいが、熱いのは勘弁。
左に避けると共に、斬りかかって来る刃を受けながら脇差を抜き去り、相手の脇から差し込む!
相手は、人間の皮を被った化物だ。
しかも、兵士。鎧を着ている。
つなぎ目を狙うことで致命傷を与える。
今回の黒幕は魔族だったようだ。
魔族は計画が崩れた時のために少しずつ兵となる成り済まし工作を行っていたようだ。
さらに、俺が召喚されたような魔法を使い仲間を城内に引き入れ戦闘が起こっている状況。
王城は、戦場と化している。
今、俺は王城の二階にある廊下で戦っている。
王との謁見をするためだったのだが、突然襲い掛かられた形になる。
それなりの数が侵入してきている事だろう。
潜伏していた敵は俗にいうゲリラ戦法に近いだろう。
味方の鎧を着てるのだから判別までに隙を与えかねない。
最後の一体を切り伏せながら考える。
なんとか、状況を打破せねばならないのだが…
「大丈夫か!」
「な、なんとか。 でも、バルテルさんが…。」
アンスは生きているようだが、バルテルがダメだ。
虫の息。
「バルテル…。」
失血量が多すぎる。
手首を斬られるとともに、首筋にも傷がある。
バルテルは何かいうと口を開閉するが、うめき声しか出てこない。
「アンス、動けるか。行くぞ。」
「…はい。」
正直、俺がここまで淡白で居られるのは、女神様のお陰だった。
姫様が襲われた時に、俺はもう人を斬っていた。
違和感も何もない。
殺す事が普通だった。
何故?
考えるまでもない。
殺されなければ、殺される。
この考えが自分の中を駆け巡っていたし。
身体が、殺す事への拒否反応を示さなかった。
これは、女神様の与えてくれた能力。
悲しくもあるようで、実はかなり良い能力だと思った。
技術や知識だけではない。
こんなことに対する免疫もつけてくれていたのだ。
今、こうして、顔見知りが死んでも、悲しみが沸いて来ても目的があるから動ける。
まだ、するべきことがある。
泣きたくても、今、泣ける時じゃない。
事が済めば幾らでも。
そう、いくらでも悲しむ時間はある。
だから、今は行動できる。
今は、動く。
「王の下へ行く。」
今は、王が心配だ。
近衛にも魔族が紛れ込んでいる可能性がある。
駆けながら、アンスに道案内を頼み、謁見の間を見つけた。
一際荘厳さを醸し出す巨大な扉の前では兵士同士が切り結んでいる。
「助けに来た!」
俺は声上げながら味方の兵士に斬りかかろうとしている敵の首を飛ばす。
幸いな事にここに居る敵は皆本性の化け物面をしているようだ。
「召喚された者だ。押し通るぞ!」
そう叫ぶと他の兵士が応えてくれた。
どうやら、中も戦闘になっているようだ。
扉を開けるとそこには切り結んでいる兵士達が。
即座に割って入ることはしない。
むしろ王の元へいく。
王の安否が今後の行く末に重要すぎる存在だからだ
視認する。
姫様もいるな。
「ヤマセさん!」
「状況は理解できているな?」
「はい。恐らく、相当の数が入れ替わっているかと。」
「お前がヤマセか。」
この王様すごいんですけど。
抜刀して明らか、戦った形跡あるよね。
かっこいいんですけど。
「お父様!もう、あのような事はやめてください!」
何があった。
兎に角、両者ともに生存は確認した。
後はここに居る魔族の排除か。
それも必要なさそうだ。
すでに、近衛騎士の数が有利になるほど魔族は減っている。
俺が加勢する必要性もないようだ。
「アンス。俺はこれから王城を回り、遊撃による各人への援護をしたい。着いて来てくれるか?」
「判りました!」
うん。
アンスは好青年だ。
王様にも今のことについて承諾を得るとすぐさま、行動に移る。
しかしまぁ、俺もなんでこんな事に首突っ込むのかね。
う…。
この感覚は…。
あの時と同じだ。
虫の這って集まってくるような感覚。
全身が総毛立つ。
「下がっていてほしい。」
誰かに言ったつもりもなかった。
ただ、その言葉が口から漏れただけだ。
魔族は近衛騎士達によって駆逐されていた。
流石に強い。
だが
「な、なんだ!」
一人の騎士が異変に気付く。
床に散乱していた魔族の屍骸が闇に溶け、一所に集まる。
「まさか……。闇の騎士…だと!」
なんぞ、それ。
兎に角、具現化した風体は人型ではある。
それにしても体格は規格外だ。
3mはあろうかと言う身長。
人の頭に筋肉や皮膚がついていない。そう頭蓋骨がそのままある。
口からは異常に発達した犬歯が顎あたりまで伸びている。
『フゥ……フゥ……』
息が、黒い。
毒のような吐息。
皮膚らしきものがない代わりに、金属のようなものが身体の所々を覆っている。
篭手、胸当て。人間でいうその防具を装備する位置にだ。
それ以外は、筋肉がそのまま見えているような風体。
ゆっくりと、右腕を近くにいる騎士に向ける。
「…がっはっ!!」
手のひらから鉛色の棒のようなモノが伸び、騎士の鎧を打ち抜いた。
吐血。
鎧が紙くずのように砕け散る。
そして
「がぁ、あ゛ぁぁぁ!」
貫かれた騎士が急激に朽ちていく。
枯死…。まさしくそうだろう。
人間が植物が枯れたように干からびて、消えうせた。
消えたのだ。
人が、朽ちた草木のように萎びた後に。
消えた…。いや吸い取られた?
恐怖。
それしかない。
身体の震えが止まらない。
動いたら、死ぬ。
何かが俺にそんな警鐘を鳴らし続ける。
しかし…しかし。だ。
それとは逆の、感情も……渦巻いていた。
冷静。
そう……今。自分が相手に対して恐れていることを悟ると同時に
別の何かを俺の中で感じた。
俺じゃない何か。
一歩。
前に。
「フゥ……。ハァ……。」
敵がこちらを見る。
動こうともしない。
いや、動いていた。
手の甲辺りから、先ほどのような、鉛色の突起物が現れ、伸びる。
鋭利。
息を呑む。
その鋭利さ。
光沢もない。一見したらそれは棒以外の何もでもないだろう。
だが
判る。
これは刃物。
俺の中の何かがそう言っている。
あれは鉤爪。それ以上の切れ味を持ち、肉を裂く。
「ふぅ…。」
荒い息を正す。
『女、神の、奴隷、か。』
途切れ途切れながら言葉を喋った。
ゆっくりと型を作る。
右足を軽くだしながら、鯉口を切る。
『フッ……。怖いか?』
意識が…飛びそうだ。
「ふっ……は、ははっ!」
いつの間にか、震えは消えていた。
ただ、俺は笑っていた。
『フフッ。ハハハッ。』
「はっ!」
抜刀から斬りかかる。
敵はそのまま動いていない。
行動も何も無い。行ける。
敵の右腰から左肩まで逆袈裟で斬り切った。
だが、感触はなかった。
そこにあったのは闇。
『イイ。スジ、だ。』
殺気すらない。
あるのは風の音。
咄嗟に半身引く。
鼻の先から血が飛び散る。
強い。
強すぎる。
間合いを取り、正眼に構える。
敵は相変わらず、構えもない。
与えられた経験が言う。
もっとも、恐ろしいのは型のない攻め。
コイツがまさしくそうだ。
しかも、斬った感触がなく、切り口には闇があるだけだった。
どうすれば、奴を殺せる。
どうすれば。
そう思った瞬間
敵が動いた。
速い!
右手の凶器を振り下ろす。
それを右手に飛ぶことで避け、着地とともに相手の懐に入る。
一気に詰める。
相手はでかい。こちらが懐に飛び込めば…!
自分でも驚くほど身体が流れる。
刃は肉体に吸い込まれ、腰の辺りを横一閃にして斬った。
はずであった。
だが、今回も闇がそこにあるだけだ。
危ない。
急いで、間合いを取ろうとする。
しかし、敵もそれを許すはずもない。
咄嗟に脇差を抜きながら受ける。
と共に、身体を飛ばし、ダメージを消す。
「ぐぅ…!」
消せるわけもなく…。
痛い。
拙い。
コイツは反則的な強さだ。
こちらの攻撃が当たらない。
しかし、相手の攻撃は通る。
何これ、怖すぎるんだけど…。
落ち着け。
対策を考えよう。
こちらの攻撃が通る事は通る。
相手の攻撃を避ける事もできている。
問題は、どうやって相手を殺すか。だ。
そんなことを考えていたら、敵は攻撃手段を増やしてきた。
肘から鉛色の刃物を。
そして胸元にも刃物を伸ばしてくる。
ようするに攻撃する場所が限られてくるということか。
刀を構え直す。
手立てはある。はず。
なんで、もっとスムーズに進む話にできなかったのか。