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掌で踊る  作者: 泰然自若
16/18

14

 


「子供の様子はどうだ。」


「はっ。医師の話によると極度の疲労による意識不明のようですが、今は安定していると。」


「目覚めるのも時間の問題か。兵を増やしておこう。万が一がある。」


「しかし、本当にこんな子供が?」


「見た目で判断し、痛い目を見たことがあるだろう。」


「も、申し訳ございません!!」


「良い。慣れない敬語も要らんよ。」


 私は、そのまま、鋼鉄の隙間から見える白いベッドに横たわっている少年を見やる。

 顔は薄暗くそして、壁側を向いているため良く見えない。

 王直属の護衛騎士が20名。王軍近衛騎士20名。

 騎士の称号を得ている者40名が、何もできずに死んだ。

 考えたくもないが、事実であった。

 全員が。死んだのだから。

 いくら、戦闘用の装備ではなかったといっても…。

 受け入れがたいものがあった。

 そして

 想像を絶する戦いだったのは容易に理解できる場のあり様。

 少年を見つけたあの惨状の中。

 その少年の存在が酷く、場違いだった。

 だが、手に握る剣には鮮血が付着し、あたりは剣戟の傷跡が数多。

 状況次第では十二分に可能性はある。


 武官の我々だけでは頭が回りきらない不安があるな。

 生き残った文官を総動員して事態の収拾に当たらせているが、既に情報は外へ漏れている。

 民達に噂が流れているのだ。それを鑑みるとこの少年は捨て駒か。


 王は死んだ…。早急なる後継者を立てねばならない。現在、殺害されたという噂とは別に

 病に臥せっているという噂を流させた。これで混乱はさせられるし、病で死んだとすれば

 体裁は保てる。


「あの、お休みになられては?」


 顔に出ていたか。兵士に気を使われるとはな。


「すまないな。だが、そうもしていられん状況だろう。」


「…。」


 北の蛮族がコチラにも手を出してくるか。大河を渡り、極東の雄が進撃してくるか。

 幸いな事に我が国の武官連中にはベルシュタインと開戦するという声はない。

 長い間同盟を結んできた国家だ。信頼を築きあって200年。

 共に、戦い。共に栄えたのだ。長い歴史の中で幾度となく謀略の罠が国家を襲ったと聞く。

 それらを持ってしても、今日まで両国の関係は崩れていない。


 希望的観測だ。だが、縋らずにはいられないのだ。この状況。


「総長。」


 聞きなれた部下の声が響いた。

 そうか。


「あぁ、会議であったな。すぐに向かう。」


 今後の体制を会議せねばならない。政は少ない文官の頭を。

 それ以外では我々の武を持って、護らねばならない。

 既に、早文は各都市騎士団ならびに辺境騎士団に送ってある。

 彼らには専守防衛を心がけ、国境周辺の警備を引き締めろと伝えた。

 各都市で間者が動くだろう。それも取り締まりを強化するように伝えてある。


 各管区長以上の者に出向命令も兼ねている。

 ワイバーンでの緊急飛行も許可した。明日の夕刻には一同に会するだろう。


 少年よ。お前が起きた時はお前の死が決まっている時もかもしれないな。






 ???






 なんとも、面倒な事になったな。

 周囲を取り巻く環境が日々変化していく。

 俺の滞在している国と隣国が戦争を始めてまだ一月も経っていない。

 それに加えて、厄介事が転がり込んできた。

 ローランド王国へ出した使者が殺害されたのだ。

 さらには、王を殺し、周囲にいた文官までも殺害した。

 これによって、この国はローランド王国からも戦争を仕掛けられる危険性が出てきた。


 これがこの国だけの問題ならば、俺も結構楽観視していたかもしれない。

 まぁ、そうはいかなかったのだが。


「参ったな。」


 思わず口から洩れてしまう。

 犯人と思われる人相書が送られてきて俺が確認したが本人だろう。

 今、タク坊は王や諸々殺害容疑で投獄されている。

 現場にいた唯一の生き残りだという。

 何故、現場に居たかは俺と同じような境遇なのだろうか。

 兎に角、情報が少なすぎるために、事態の把握が難しい状況だ。


 現在、この国の首脳陣は会議中。

 北の要塞に出向いている武官文官を除く人が話し合いの最中。

 因みに北での戦争はこちらの優位で動いている。籠城と野戦を巧く用いた戦を行っているようだ。

 補給線の確保には辺境騎士団と周辺貴族の騎士団員や兵士を使っている為に安定して供給できている。

 何せ、話に聞くところによると辺境騎士団は最精鋭部隊と言う事らしい。


 まぁ、簡単にいえば国境警備を主務としているのだから、開戦時真っ先に最前線で戦う機会が多いだろうし

 今回のような急激な侵攻にも対応する必要もある。それ相応の経験と技術を持っている集団でないと厳しいだろう。

 そんな事で、これ以上進軍を許す事はないようだ。

 そのために、王城首脳陣はこちらの問題に腰を据えても良いらしい。


「やはり、状況確認のために私が出向く必要があるかと思いますが。」


「いや、しかし。」


「それが一番良いかと私も思いますが?」


「逆に逆撫でしてしまう可能性もあり得るのでは?」


「しかし、早急に動かなければ、女神の加護受けた者が処刑等と。」


「そもそも、女神の加護を受けているのなら死ぬ事はないのではないか?」


「楽観的な考えを持つのはいかんぞ。」


 まぁ俺が発言したことスルーぎみになっているのが癪だ。

 俺自体、この会議に参加するより、とっととローランド王国へ行って事情説明してきたほうがいい。

 と思うのだが。この国の連中は俺を手放したくはないらしいな。

 いや、心当たりはある。なまじ、化け物を退けてしまったし、女神の加護を受けている事も知っているし。

 国としては体の良い広告塔扱いか。確かに、良い思いは色々と出来たよ。

 生活は優雅だったし、訓練も近衛騎士などにも付けてもらったし、勉学も一流の学者や魔術士様から学んだからな。

 それなりに強くなっただろう。迷惑は貴族連中が俺を取り込もうと動いた事か。

 流石に、女性を邪険に扱うのには心が痛む。皆美人さんばかりだから。俺も男の子だからな。

 キャッキャウフフしたかった。


 さて、会議が一向に進まないので俺は席を立つ。

 引き止められたが、気分が優れないと仮病退室。

 よし、ローランド王国に行きますか。

 タク坊助けないとね。その前に、首都から向こうの首都まで馬車で相当掛かるんだよね。

 二週間弱だっけか。その前に確実なタク坊の死があるな。


 いかん。颯爽と助け出そうとか考えていたが行く前に死ぬぞ。


「ヤマセさん。」


「姫様」


「フィアナ。です。」


「失礼。フィアナ様。」


「…もう。」


 姫様に好かれるようになったのは何故だろう。

 身の覚えが無いが美人に好意をよせて貰えるのは嬉しい事だ。

 まぁ、あの抜け目の無い王の差し金だと未だに疑ってしまう俺も居るが。


「行くのですね。」


「はい。ですが、問題もありまして。」


「ふふ。そういうと思いました。」


「と、言うと。まさか既に一手講じてあると?」


「はい。アンスさんにワイバーンにてローランドに翔けてもらいました。」


 ワイバーン。俺も見た時には心躍ったな。かっこいいし空飛べるし。

 ただ、あれは魔法使って風なんとかしないと寒い。

 それにしても、アンス…。意外に芸達者じゃないか。若輩者だとばかり。

 訓練でも根をあげていた奴なのに。


「しかし、アンスにどうしろと?」


「兎に角、騒いで時間を稼げ。と」


 エグい。この姫様、予想以上にエグい性格しているぞ。


「なら、急がないといけませんな。」


「はい。既にワイバーンも用意してあります。」


 手際が良い。世俗の生き方を知っているし、中々おてんばな人だったのだろうか。

 何にせよ、良い事だ。速く行こう。兎に角、説明だけでも聞いてもらえないと。

 その後、処刑されるかどうかは判らないが、そうなった場合はこの国に戻らなければ良いだけだからな。

 暴れて助ける。


「あの。」


「なんですか?」


「ここにいてはくれませんか?」


「私が一緒に出向いた方が良いと思いますよ?」


 それは、確かにそうだ。隣国の王女にして巫女という役割を担う存在。

 女神信仰は世界的に広く布教している。各国に巫女も存在する。

 無下には出来ないだろうし、彼女がいれば信憑性も増す。


 俺が召喚されたのだって、巫女の仕事の一環だったようだ。

 元々、人間が出てくる事自体稀だったようだが。

 各国でもそういった儀礼的な召喚は行われたという。

 何せ、500年ぶりに女神のなんたらが来たというからにはこぞって召喚やったんだろうな。

 巫女や王族くらいしか儀式自体の存在を知らないというが。

 姫様が襲われた事を考えると、まぁ知っている人もそれなりに居るのだろうな。

 まぁ、もしかしたら俺みたいな不幸者仲間も居るかもしれんな。


 そんな考えをしつつも、姫様を城へ残しておこうとする。

 魔法を使うといっても、魔法学で攻撃魔法ほど魔力消費の無駄な使用法はないと覚えている。

 杖持って、呪文唱えて火の玉飛ばしたり。そんな事が出来る奴は大魔術士などと呼ばれるそうだ。

 外交上の手札の一枚ならわざわざ今、切る必要性もないとは思う。

 それならそれで、俺が先行して追々くればいいのだ。


 だが

 どうしてこう、この人は頑固なのか。

 結局、何時も折れるのは俺のほうだ。

 押しの強い女性に弱いのかもしれない。

 17歳だというがどうも…。苦手だ。嫌いというわけでもないのだ。

 難しい所だな。


「はぁ。」


「大丈夫です。きっとご無事ですよ。」


 色々な意味で出たため息だった。


 ワイバーンに乗る。

 古代種と分類される、属性を持った竜とは違い、ワイバーンは翼の生えたただの蜥蜴だ。

 火を吐く事もなければ、魔法も使わないし、人間の言語も喋らない。

 優れているのは飛行能力と目だという。

 実際、巨躯だ。獲物を探して飛び回るのも苦労するだろうし

 ソレ相応の大きな獲物を狩る必要もあるだろう。


 ワイバーンの背に乗り込む。

 調教師が居るからこのワイバーンは俺達が乗っても嫌がる事をしない。

 因みに竜騎士は自分の竜以外を扱う事ができない。

 調教師だけがワイバーンに有効な笛を持っているので飼育ができるのだという。

 犬笛と同じようなものだ。吹いて見てもらったが俺では聞く事ができない。

 ワイバーンの弱点でもある聴覚を支配する事によって言う事を聞かせているようだ。

 

 今回、空を飛ぶので皆厚着をしている。

 強行軍の予定なので、相当速度を出すという。

 難儀な事だが、急がねば意味がないので仕方のない事だ。

 寒いだろうが、そんなに上昇するわけでもないので凍るような寒さにはならないだろうが

 風によって体が冷える事は遠慮したいので厚着だ。俺は寒がりなのでかなり着込んだ。


 調教師から、口に咥える道具を渡される。

 飛行中はこれを咥えていれば、呼吸が楽に出来るそうだ。

 原理の説明をするかと言われたが、別段興味が湧かなかったので、後で良いと言って空へ飛び立つ。


 俺達を乗せたワイバーンは空を翔ける。

 不安ばかりが俺の胸の中に溢れてくる。

 タク坊自身の事もそうだが。それ以上に自分の事に不安を感じる。

 このままで良いのか。今になって異世界へ来たという実感のようなものが湧いて来た。

 化け物と殺し合いをして、自分の弱さを知り、知る限りの援助をしてもらい今の俺がいる。

 僅か一月も経っていない期間であったとしても。

 

 逆に。充実していたとさえ感じられてしまったのが恐ろしい。

 不安定な自分が居る事を知っている。俺は俺だから。それが良く判る。

 そう、だ。


 はぁ。考えても始まらない。

 帰る為に。いや、違うな。俺のやるべきことをやるために。

 流れていただけだった。だが、今は俺の意志もある。

 事が済んでから。そうだな。そうしよう。


 落ち着いて、今後の人生を考えられるまで俺は歩もう。

 この異世界で、生きていくのだから。

 まずは。タク坊を死なせないようにせんとな。

 

 何にせよ。難儀だな。




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