13
広い。
広い空間。
人。人が集う。
光が柔らかく差し込む。天井は遥か遠く。
壁は聳え立つ。
集う。人は集う。
長方形の形を取る空間。
巨大な観音開き式の強固な扉からまっすぐと赤いカーペットが延びる。
先には階段が作られ、上座を作り成している。
大きな椅子。鎮座。背もたれは大きく。
だが、不自然。鋭角な形を成す。椅子の背もたれ。
人。
人は動く。
剣を抜く。
何処へ駆ける。
何処へ。
上座に君臨するソレに。
怒気。
叫び声。
金属の擦れる音。
奏でる。
飛び散る。
赤いカーペットを広く。
広く新しく。
飛ぶ。
肉片。
赤みが掛かる肉。
塊が悠然と。
抜ける。
命が燃える。
消える。
内部の臓腑が零れ落ちる。
抱える。
自ら臓腑を戻そうと手を伸ばす。
無意識に。
無造作に。
飛ぶ。
頭が飛ぶ。
悲鳴。
怒号。
人。
人は立ち向かう。
ソレ。
ソレに。
ソレに。
殺される。
殺害。
殺戮。
捕食。
食べる。
骨を砕く。
啜り飲み込む。
絶頂。
笑い。
喜びが周りを食う。
火が舞う。
水が流れる。
風が戦ぐ。
踊る。
踊る。
歓喜。
舞う。
ソレ。
ソレは踊る。
舞う。
笑いながら。
楽しそうに。
心のそこから。
この時を謳歌する。
旨い。
叫ぶ。
旨い。
叫ぶ。
轟く。
もっと。
さぁ、来い。
叫ぶ。
怒号。
「アァァァァ!!!」
強固。
強固だった扉。
斜めに線。
轟音。
吹き飛ぶ。
塊。
見えた。
影は小さい。
纏うものは強大。
ソレは万遍の笑み。
「臭う。臭うなぁ。その剣。この臭い。アァ。楽しい。楽しいよ。」
ソレに対峙する。
少年。
子供。
男の子。
禍々しい。
剣。
そう。
身長と同じ。
滲む。
空気を纏う。
少年の。
タクマの周りには空気が澱む。
禍々しい
怒気。
興奮。
殺意。
魔力。
混ざる。
ドロドロと。
渦巻く。
さぁ、やろう。
お前は食う側か。
目が細くなる。
品定め。
コイツは血を色濃く継いでいるか。
自分を殺すのか。
食われるのか。
ソレは考える。
ソレは喋る。
「アァ、いいな。大きい。大きいよ。ガキじゃない。血は濃い。安心しな。」
優しく。
あやすように。
「何処で。」
ソレは不思議がる。
「何処?何処?」
オドケル。頭を傾げる。
「何処でその身体を得た。」
低い。
お腹に伝わる。
確かな振動。
「アァ。何?喜んでくれたの?嬉しいな。」
笑み。
心底。
楽しんでいる。
「殺したのか?」
何か。
漏れる。
器から零れ落ちる。
堪え切れなくなって。
「アァ?殺した?何を?」
機嫌を損ねた。
タクマに変化が見えないから。
「…ソイツだよ。」
無表情。
真顔。
温い。
筋肉がその表情を作っている。
故に。
無表情。
青白い。
顔。
血の気が引いている。
「カラダ?ん~。頭悪いの?」
興味をなくす。
それと同時に僅かな食欲。
「…。」
散らばった肉に視線を泳がす。
タクマの辺りに落ちている腕が気になる。
そうして、再度タクマを見やる。
「ん?どうしたの?お腹痛いの?」
興味は無いが、敵に隙を見せてはいなかった。
「言えよ。」
滲み出される。
言葉。
震える。
声が。
吐き出される息が霧散し震える。
「ア?」
ボヤケル。
何かある。
返答の意図を判りかねる返しではない。
タクマへの興味と不審。
「知っている事。全部言えよ。」
目が合う。
タクマとソレ。
無表情。
まったくもって。
化け物のソレと対峙していながら。
辺りに肉が。
臓腑が。
血液が。
汚物が散々となっていようと。
無表情。
「?ブッ!ハハハハハハハハハハハハッ!!!!!」
興奮。
楽しくなりそう。
予感を感じ取ったソレ。
食事のための殺しよりも殺すための殺しが一番だった。
今。
今。
目の前にいるのが殺すための殺し。
楽しめる。
そう絶対。
確信にも似たものを得た。
故の歓喜。
「ヒッ。ハァ。腹が攣る所だったよ。」
この間、タクマは微動だにせず。
相手の返答を待つ。
しかし、纏う空気はにじむ。
身体の至る所から。
「ヒヒッ!! 良いよ。殺さずに俺を無力化できるのなら。どうぞご自由に。ね。」
絶対的な自信がソレにはあった。
たとえ、今のソレ自身の100%を引き出せなくとも。
それは、この空間の結末を見れば一目瞭然であった。
「……。」
「サァ。何して遊ぶ?」
無言。
俯く。
タクマは地面を見る。
使者の着ていた衣服と残りカスが見えた。
眼球が血の上に転がっている。
血涙の如く。
「アノサ。聞いてるんだから応えな。どうする?」
状況は判らなかった。
何故、ここに魔族が来て、虐殺を行ったのか。
タクマはそんな事を考えていた。
「………。」
気づいたのは別室で待機している時。
巧く話しが乗ってくれれば。謁見が叶っていた。
だから、従者の人と別室で待機していた。
感じ取ったのはタクマ自身の何か。
どうして。
こうなったんだろう。
再考。
静寂。
その重い気配の元凶と対峙しているのも関わらず。
タクマはそういった別の事を考えていた。
この状況に置かれながら。
だが、タクマにとっては重要だった。
「ん~。コイツなんて旨いし強かったよ?頭の汁が一番だよね。量少なかったけど」
ソレは手に取る右肩から右胸。
肉がだらしなく垂れている。
液が滴る。
それを舐めながら。
齧りながら。
ほお張りながら。
タクマを見る。
反応。
反応をくれ。
ソレは期待した。
タクマの反応を。
どういった行動をするか。
言葉を発するのか。
面白くなった。
状況は良い。
だが、タクマ自身に不満があったのだ。
ソレは心底楽しみたかった。
コイツだけは不満だ。
ソレはタクマという人間の性格に不満を持った。
状況を理解しろ。
そんな事さえ、思ってしまっていた。
取り乱す事は考えていない。
怒り。
怒って、形振り構わず襲い掛かって来るのか。
それとも、冷静に仲間を呼んだりするのか。
そして、それが無理だと悟り絶望に顔を歪ませてくれるのか。
ソレは様々な考えを巡らせる。
だが、やはり確率が一番高いのは最初に考えたものだという結論に至る。
「……れ。」
呟く。
だが、ソレは気にしない。
怒りに震えてブツブツと何かを言っているのかもしれない。
ソレは期待をしていた。
「まぁ、戦士じゃないと旨くないのは変わらないね。アァ、思い出すと涎がね。」
タクマにはどうでも良い事だった。
酷く。
どうでもいい。
兎に角、目の前の存在が邪魔だった。
耳障り。
目障り。
存在が邪魔。
「…まれ。」
タクマは考える。
既に後悔が渦巻いていた。
気持ち悪い。
ムカつく。
黒狼。
あの時の言葉。
あれは忠告。
愚かしい。
本当に。
タクマの心は沈む。
黒い黒い心の奥底に。
渦巻く感情。
澱む水。
それが次第に流れを作る。
生き物のように動き出す。
「ア?」
濁流となる。
あぁ。
なんて自分は愚かな存在なのだろうか。
自己嫌悪。
何も変わらない。
自分の愚かさ。
その自己嫌悪を目の前の存在は
耳障りな。
目障りな存在が自虐を阻む。
「黙れ。」
溢れ出る。
迸る。ドス黒い何か。
「!?」
ソレは驚愕する。
流れ出る魔力の量。
そして何より。
「フゥ…。アァ……。」
禍々しい。
ソレは内心舌打ちをしてしまう。
心のどこかでこのような状況を望んでいたのに。
血族。
コイツの血族は神のような不死性のカスを受け継いでいる。
ガキの姿でも成人している可能性も無くは無い。
むしろそれを願っていた。はずだった。
「てめぇ。ガキじゃねぇな。」
無意識に出た言葉にソレ自身が驚いた。
だが、それも一瞬。
巡る感情は歓喜。
楽しめる。
アルディア。
アルベルト。
魔を狩る。
死神だって泣いて逃げ出す。
狩人。
その血族。
楽しめないはずがない。
そう思っていた。
いや
ソレの予想は当たっていた。
予想外も含みながら。
「ハッ。外見で判断するんじゃねぇよ。雑魚が。」
笑み。
タクマは笑った。
切っ先を地面につけていた。
それが僅かにあがる。
だが、未だに片手。
それだけでも普通の人から見れば驚愕に値するだろう。
「ヘ?ハ、ハハハハ!いいね。気が合いそうな予感だよ。」
「だから。」
「アァ?」
その剣をゆっくりと持ち上げる。
切っ先を左肩まで振り上げ。
消える。
切っ先が。
「ガァァァァァァ!!!」
次の瞬間。
ソレの右腕は。
美しい弧を描きながら。
舞った。
剣は何事もなかったかのように先ほど同じく
地面より少し浮いた状態のまま、タクマの右手に握られている。
ソレの顔が歪む。
予想以上。
叫びは痛みよりも驚きの方が強かった。
タクマを見据える。
「黙れと言ってんだろうが。」
そこには先ほどいた少年は消え去り、一人の男がソレを睨み付けていた。