12
贖うのなら。そうしたい。
どうすれば。
どうすれば。
望む先は絶望しか残されてはいない。
誰か、私を殺してくれ。
誰か。私の気付いてくれ。
誰か。
馬車は揺れる。
私の心情など知らずに。
唯一。私を知ったのは化け物だった。
馬車が止まり、禍々しい魔力の渦が辺りを覆い現れた化け物。
アレだけが私を知った。
だが、どうだ。
アレも所詮は化け物。
何かを言い姿を消した。
絶望だ。もはや私はこの闇から逃れる事はできない。
ゆっくりと。
一歩ずつ処刑台の高みに続く階段を上り詰めるだけ。
覚悟も何もない。
私一人で死ぬだけならこの世界を怨むだけだ。
自己満足に喚き散らして世界を呪いながら死ぬ。
だが、今の私にはそれすらも生ぬるい。
私の死が。
私の国家の死へと繋がるのだ。
愚かな囁きに惑わされ先を見る事を違えた。
女神様もお許しにはならないだろう。
城門を二度潜る。一般居住地区から貴族地区へと入り王城へと。
微笑むのが判る。
私の身体は何を思って微笑む。
いや、わかる。判るさ。
使者だ。私の国に現れた勇者の役割。
その、その一端を担うほどの大役を
王自ら…。私は…、私は言い使われたのだ…。
あぁ。
王よ。申し訳ありません。
姫様。私は、どうしようもない罪を背負う事も許されずに国家という
人々の揺り籠たる社会に負わせる存在になりました。
もはや私にはどうする事もできません。
もはや、真実を伝える事も。
視界に入るモノ全てが物語る。
整然と立ち並ぶ皆々の出迎えは王城に着き、お膝元へと参上仕った証。
意志に関係なく。
私の身体は動く。憎たらしいほど私の普段と同じく。
淡い期待はあったのだ。
少年。
少年よ。
女神の祝福を得し者よ。
魔を感じ取るのだ。
少年よ。
お前は何のために、ここへ来たかは判らない。
しかし、あの化け物との対峙。
持っている素質。
お前はきっと魔を断つ存在。
気付いておくれ。
少年よ。
目の前にはローランドの誇る騎士達が連なる。
その上に君臨する騎士団長の一人が私を案内する部下を紹介している。
私は他の者は、別室へ控えさせてほしいという旨を伝えた。
憎たらしい。
誰がどの口でそれを喋らせるのだ。
魔のモノよ。
聞け。
もはや、貴様のやろうとしている事は察している。
何故だ。
理由を教えろ。
私の身体を与えてあるのだぞ。
私には、私には知る権利があってしかるべきではないだろうか。
応えろ。
応えろ…。
聞こえてもおらぬのか。
私の身体だぞ。
私がここまで育ってきた器。
ただの器だというのか。
何故。
何故、思い通りに…。
神は何故このような…
女神様。
何故、このような罰を我が国家にお与えになるのですか。
何故。
何故。
何故。
何故。
何故。
静かに進む。
近衛の兵士に連れられて。
階段を上がる。廊下を進む。
日の光が眩しく廊下へと差し込む。
美しい内装。豪華絢爛ではあるが、ただ煌びやかなものを施しているわけではない。
このような所で…。
私は、これから、なんと言う事を。
従者と少年を待たせる部屋の前に着く。
二言交わし、扉は閉じられる。
アァ…。
もうすぐ。
もうすぐ。
気配が、判る。
薄れる。
アァ。
ダメだ。
やめてくれ。
ヤメロ
ヤメロ。
ダメダ。
アァ。
イイ臭いだ。
アァ。
イイ。
ダメ。
ドウナル。
ヤメロ。
「ん? どうかされましたか?」
アァ。
アンタ。
「■■■■■。」
「え?」
ウマイ
アァ。
ウマイヨ。
「…な…あっ…!」
オマエ、ダメダ。
ダメ。
ナニヲ、ナニヲ、ナニヲ。
ア
アァァァアァァ
ココ。
アァ。
楽しそうだ。
「!?一体、どういう事だ!貴様!」
「この者を捕らえろ!!」
「王の下へ行かせるな!!」
アトデ。
後でね。
「アァ。楽しいな!」
「な、なんだ!!」
「ば、化け物が…!!」
「お逃げください!!」
遅い。遅い。
「お、お前は何者だ…」
「ヤァ。王様。イイ臭いだ。さようなら。」
「貴様!!」
楽しいな。
少ないけど、質がいい。
アァ。やっぱりイイ。
こんなクソみたいな臭いが。
堪らない。
滾る。滾るよ。
それに。
感じる。そう感じるよ。
「化け物を生きて返すな!!応援を呼べ!!騎士は前にでよ!!」
「はぁぁ!」
「あぁぁ!」
「ウン。元気があってイイ。」
楽しいな。
前菜だよ。
アンタらはね。
「エサだよ。エサ。ほれ、鳴きな?」
「ガァァァ!!」
首を捻る。
液が。液が頭の液がウマイ。
ウン。
アァ。楽しみだな。
待ったよ。
面白いな。
血の臭いだ。
アイツと同じ。
そう、同じ。
家族。
血族。
アァ。
楽しみだな。
???
タクマが事に気付いたのは使者が部屋を後にしてからすぐの事だった。
最初は違和感。
言い知れぬ身体に掛かる負担。
それを探るように視線を漂わせて気付く。
自分の持っている白玉が僅かに輝いている事に。
従者が訝しげにタクマを見るが構わなかった。
扉を開ける。衛兵に何事かと咎められるが気にはしない。空気が流れてきた。
湿った空気であった。何かを乗せて流れてくる。
空気、いや瘴気とでも呼べばいいのだろうか。
形容しがたいものが視覚で知覚で認識できない何かをタクマの全身は感じ取った。
それは経験。そして、直感。タクマは走り出す。
後から衛兵が追いかけてくるが衛兵に異変が起こる。
突如、苦しみ出しその場に倒れこんだのだ。
しかし、タクマはそれを無視する。
いや、そうなることを知っていながら放置したのだ。
化け物がいる。空気がそれを敏感に感じ取らせているのだ。
漂ってくる空気に血の臭いが交わる。
身体が重い。熱い。内部に溶け込む何かに身体が滾る。
一際大きい扉の前に佇む。
タクマは背負っていた剣を抜く。
抜いた瞬間からその形状は大きく変化した。
両刃の剣自体に違いはない。
まずは大きさが違うタクマの身長を超すほどの大剣へと変わり
その色彩も鈍い白銀を鋭い眼光の如く光らせる。
剣身の部分には文字が刻みこまれ、赤黒く染まっている。
身体の異常を知りながらその異常に身を委ねるタクマ。
身体が反応している事に希望を感じとった。父親の血。とでもいうのだろうか。
呪い。と呼べるような封印を身体に施されたタクマ。
それを解除するには父親のアルベルトの力が不可欠。
そして、今回の身体の疼き。関係を怪しむのは当然だろう。
「ふぅ…。あぁ……。」
声が漏れる。苦痛に顔を歪ませる。
だが、迷いはない。そして、この扉の先に待ち受けている現実にも臆しはしない。
「アァァァァ!!」
それでも、咆哮せねばならないほど身体が言う事を聞かなかった。
右下から斜めに切り上げた。
扉に筋が通る。
タクマはそれを思い切り蹴り飛ばす。
惨状。その一言に尽きる。
辺りには人であった肉片が飛び散り、内臓と血が床を染め上げている。
息をしている者は何処にもいなかった。
いや、唯一。目の前に佇む。化け物だけは確実に生きていた。
動揺。それとは別の代物か。
空気が変わった。タクマの周囲に漂う空気。
目の前にいた異形にタクマの内面はざわついた。
感じた。
化け物に、面影を。
タクマの中で何かが壊れ始めていた。
中途半端