蒼依サイド2
それからというもの。
「すみません」
「はい、なんでしょ――って、あ」
「『あ』て。お客さんに向かってそれはないでしょ」
作業中に声をかけられ蒼依が振り返ると、そこには長年の恋煩いの原因の人が立っているではないか。蒼依は内心「ひぃ」と悲鳴を上げながらも、平静を装って対応する。
「ごめ、いえ、失礼いたしました」
「そこまで他人行儀に言わなくても」
「いやだって」
お客様だし、と言えば「相変わらず生真面目だなぁ」と圭吾が苦笑する。
「そこは昔と変わってないかな、たぶん」
「たぶんってどういうこと?」
「だって話すこと自体久し振り過ぎて、もう別の人って感じがするから」
「それはそうじゃない? だって何年会ってなかったと思う? 高校も違ったし、成人式の時も、私ちょうど風邪引いて行きそびれちゃったから参加してないもん。だから、中学卒業以来、顔すら合わせてないんじゃないかな」
「だから余計に別人感がするのか」
「別人感って」
「だって、中学以来っていったらもう二十年前だよ」
「……実際年月言われると恐ろしいんだけど」
それだけ年をとったのかと言外に言えば、圭吾も「確かに」と頷いた。
(というか、そんなに会ってなかったのに良く声かけてきたな)
まぁ蒼依本人だということは判明していたし、同級生なのだから特に気にするようなことでもないのだろう。が、しかし。
(私だったら、覚えてないかもって思って話しかけられない)
いくら同級生でも、二十年も会っていなければ躊躇してしまう。そんなことを考えつつ、蒼依は「あ」と声を上げる。
「それで? 何か聞きたいことがあるんじゃ?」
蒼依が問いかけると、圭吾も「そうだった」と用件を切り出した。
「この商品の在庫なんだけど、まだあるかな?」
言って圭吾は一つの事務用品を蒼依に見せてくる。蒼依はすぐさま頭を仕事モードに切り替え「ちょっと確認してくる」と早歩きでその場を後にした。
「これだけならあるけど、足りる?」
倉庫から在庫を持ってきて圭吾に見せると「うん、十分」と頷いた。
「会社の備品の買い物? 君の家って建設会社だったよね、確か」
「いずれはその跡を継がなきゃだから、今みっちりしごかれてる」
「頑張って。あ、ついでに、結婚もおめでとう。年下の奥さんだとか」
蒼依が言うと、圭吾は驚いたように目を丸めた。
「知ってたの?」
「地元の情報網は甘く見ない方が良いよ、すぐに知れ渡っちゃう。なんでもスピード婚だったとか」
「そんなことまで知ってるの?」
「これは君のお母さんに聞いたの」
この間、と付け加えれば「そう言えばそんなこと言ってたな」と何かを思い出している風だった。
「いや、ずっと仕事ばっかでなかなか出会いがなくてさ。でも、さすがにそろそろ考えないとだめかなって思ってた時に紹介されて、悪い子じゃなかったし、ならもう結婚前提でって話したら、すんなり受け入れてくれて」
「そうなんだ。何歳下?」
「六歳」
「ということは、まだ二十代の子なのね。さぞ可愛いんでしょーねー。愛嬌もあるってお母さん言ってたよ」
「うん。思いの外しっかり者でさ」
良い子だよ、と話す圭吾に蒼依は「うわ」と大げさに声を上げてみせた。
「のろけはいいから」
笑いながら邪険にあしらう。すると圭吾も「言い出したのはそっちでしょ」と笑顔で言い返してくる。
「それじゃあ、また」
頑張って、とレジに向かう背中に蒼依も「うん、またね」と手を振って見送る。その姿が視界から消えると、ほぅっと長い息を吐いた。
(ちゃ、ちゃんと普通に話せてたかな)
努めて普段通りの振る舞いを意識していたのだが、その実、とてつもなく緊張していた。その証拠に未だに心臓はどくどくと早鐘を打っている。しかし不意に。
(でも、そっか。今まで相手、いなかったのか)
先程の圭吾との会話を思い出し、徐々にその高鳴りが静まっていった。
圭吾は昔から真面目な性格だった。跡継ぎということもあり、仕事に専念していたのだろう。
(……その時に再会できていれば、私にもチャンスがあったのかな)
そう考えて、蒼依はふっとやるせなく息を吐いてから首を振る。
(なんて、言えるわけないよね)
こんな引っ込み思案で消極的な性格じゃ、声をかけることすらできたかどうか。
(はぁ、なんかすっごいもやもやする)
好きだった――いや、今でも忘れられていない人が知らない誰かと幸せそうに人生を歩んでいる。その誰かが羨ましい。
(って、だめだだめだ。言い出せなかった自分が悪いんだし)
今となってはこの想いも忘れないといけないもの。――なのだが。
(……頭では、そう理解してるんだけどな)
どうしても心が追いついてこない。胸の奥底に得体の知れない重苦しい何かがぐるぐると渦巻いている。
忘れたいのに忘れられない。その思いがひたすら葛藤し続けている。
「……はぁぁ」
本当にどうしようもない。
そう自分を卑下しながら、人知れず蒼依は深く息を吐いたのだった。




