圭吾サイド9
「で、結局どうなったんだ? うまくいったのか?」
ジョッキを傾けながら向かいに座っていた友人――誠二が聞いてくる。豚バラ串を口に運んでいた圭吾は、しっかりと飲み込んでから満面の笑みで答えた。
「この顔見れば分かるでしょ。今すごく幸せだよ」
「そうか、うまくいったのか」
なら良かったじゃねーか、と率直に自分の恋の行く末を労われ、圭吾は更に笑みを深くした。
「これも俺のおかげだな」
「本当そう思う。あの時、誠二に言われなかったら今も気付けていないままだったかもしれない」
ありがとう、と圭吾が礼を言うと、誠二は軽く手を振ってから「よせよせ」と素っ気なくあしらってきた。
「別に礼言われるようなことでもねぇよ。俺としては長年の疑問が晴れてすっきりしたし」
「そんなことないってば。本当に誠二のおかげなんだから」
心の底から感謝してる、と誠心誠意圭吾が頭を下げると、そこまで言われるとまんざらでもないようで。
「なら、今日はお前の奢りな」
気恥ずかしさを隠すようにそう要求してくる。その提案を圭吾は「良いよ」と快諾した。
「なんなら帰りも送ってくから、好きなだけ飲んで」
「よっし、言ったな」
なら遠慮なく、と誠二は早速店員を呼んでアルコールを追加する。
それからしばらく飲み食いを堪能し、ある程度満たされたところで「しっかし」と誠二が感嘆の声を漏らした。
「お前らもすげーよな」
「何が?」
「だって、お互い初恋で、お互いその相手をずっと好きだったとか。もう奇跡としか言いようがねぇよ」
その辺のありきたりな純愛映画より純愛なんじゃねぇの、とまで言われ、圭吾も本当にその通りだと頷いた。
「俺も自分の耳を疑ったもん。まんま同じじゃんって」
「似た者同士というか、なんというか。……ちょっとクサい言い方するけどよ、お前にとってその子ってまさに『運命の人』っていう言葉がぴったりだな」
「運命の人……か」
誠二の口から出た単語に圭吾は一瞬口を噤む。しかし次の瞬間。
「うん。その言葉、すごくしっくりくるかな。あの人は俺の運命の人なんだよ、間違いない」
ふっと口角を上げ静かに、けれども心底穏やかに頷いた。
その様子をただじっと眺めていた誠二は、くっとジョッキをあおった後で。
「ぜひそのお相手の顔を拝んでみたいね」
今度一緒に飯でも食おうぜ、と友人の幸せを祝ってやろうと思ってそう言ってみた。のだが。
「……」
「なんだよ、そのあからさまに嫌そうな顔は」
幸せそうな表情から一変。口をへの字に曲げたうえに眉間を寄せ、見るからに「嫌だ」と主張してくる。そんな圭吾に誠二は呆れたように嘆息し。
「別に紹介するくらい良いだろ。立役者だぞ」
「……そうだけどさぁ。……変な目で見られると困る」
だからやだ、とまるでヤキモチを妬く子供のように圭吾が頬を膨らませた。思わず誠二は咽せる。
「見るわけねぇだろ。嫁も子供もいるのに」
「それでも信用できない。あおさん、押しに弱いところがあるから、万が一言い寄られでもしたらあらがえないかもしれない」
「誰が人の女に言い寄るかっ」
バカ言うな、と反論するが、それでも圭吾の表情は不服そうなままだ。
まさに子供だ。小学生だ。もう三十過ぎの良い大人のくせに。
そんな圭吾を見かねて誠二も「いいさ」と開き直り。
「お前が会わせてくれないんだったら自分で勝手に会いにいくし。『あお』さんっていうのね。名字は? どこのホームセンターで働いてるって?」
「……死んでも教えない」
「そこまでかよ」
「うん。あの人にだけは例え浮気されても絶対別れないし放さない。全部許して受け入れる」
「…………」
「? 何か言いたそうな顔だけど?」
「……いや、今度こそお幸せにって思っただけ」
前言撤回。
真顔でサイコパスなことを言い切った圭吾に、誠二は一瞬恐ろしさすら感じた。そしてその感情を、ジョッキの中身と共に腹の中に無理矢理押し込んだのだった。