圭吾サイド7
(つい言っちゃったけど、あれくらいじゃさすがに自分のことだとは思わないよね)
自宅へと帰る車内で、圭吾は帰りしなに蒼依と交わした会話を思い出す。
まさか好意を寄せている相手本人から次の人を探せと言われるとは思わなかった。だからつい本音が口をついて出てしまったのだが、寸での所で思いとどまり、まだ自分だけが気になっているということしか言わなかった。
その気になっている相手というが自分だなんて思ってもみないだろう。
今日も普通に友達として接した。変に意識されて気まずくなりたくなかったから。だがおかげで自分の気持ちをはっきりと認識することができた。
(誰かと出かけてこんなに心が弾んだのは久々な気がする)
目を輝かせながら自分に話しかけてくる蒼依の姿を見ていると、今まで付き合ってきたどの女性にも芽生えなかった愛おしさが沸き上がってきた。それをはっきりと自覚し、気恥ずかしくもあり、しかし嬉しくもあった。
(本当に好きなんだな)
蒼依のことが。
二十年という歳月を経てもなお、自分の中に残っていたひたむきな恋心を再確認し、圭吾は妙なこそばゆさを覚える。が、その一方で。
(……あおさんは、俺のことどう思ってるのかな)
当然その懸念が浮上する。
今日の様子では、服装などに気を使ってくれたりして少しは自分のことを意識してくれていたように思う。ただ、デートとして捉えてくれているか、はたまた単に男友達と出かけただけと捉えているか。そこは判別できない。
(やっぱり、はっきり言えば良かったかな)
気になっている人とは蒼依のことなのだと。実は小学校の頃から好きだったのだと。
折角想い人当人から話題にしてくれたのに。
(……惜しいことしちゃったかも)
千載一遇のチャンスを逃してしまったかもしれないと、圭吾は少しばかり後悔する。だが。
(でももし、友達以上にはみれないなんて言われたら……)
そんな不安が頭を過ぎり、いや、と思いとどまる。
(今はまだやめておこう)
まだ早い気がする。もう少し、蒼依の気持ちを見極めてからでも遅くはないはずだ。
相談することを口実にして、自然な流れでまたご飯に誘うことができる。その時に、蒼依のことだということをそれとなく匂わせて反応を見てみよう。
(それでほんの少しでも、希望がもてるような素振りを見れたなら)
その時は、今度こそちゃんと自分の想いを伝えればいい。叶うならば、これからの人生を共に歩んでいきたいと。蒼依となら、上手くやっていけると思うから。
そう確信めいた予感に期待を膨らませながら、圭吾はこれから先の未来に思いを馳せた。――のも束の間。
(あれ以来連絡ひとつしてこないんだけど)
デートから数日が経ち、一週間、十日、果ては半月と経った。出かけて以降、蒼依からは全く音沙汰がない。世間話や、仕事の愚痴の一つすらもだ。
(なんでだろう、迷惑だとでも思ってるのかな)
他人のことを気にする性格だから、用もないのに連絡なんてと遠慮しているのだろうか。
そんなことしなくていいと再三伝えたのに。
(それかもしくは、何とも思われてないってことか)
ただの同級生としかみられていないのか。
(分からない)
一回も蒼依の名前が表示されないスマホの画面を見つめたまま、圭吾はただただやるせない息を吐く。
どちらの理由も大いに考えられ、もし後者だとすれば、自分だけが好きなのだと思い知らされた気分だ。そう思うと年甲斐もなく切なくなった。そして無性に蒼依の顔が見たくなった。
そんなわけで翌日の夕方。圭吾は仕事が終わるや否や、一旦家へと帰ると身支度を済ませてから蒼依の働くホームセンターへと向かった。
蒼依の持ち場は園芸用品のようで、そのおかげで土いじりに目覚めたとデートの時に聞いた。
自動ドアを抜け、一直線に園芸用品のコーナーへと向かう。すると蒼依の姿はすぐに見つかった。積み上がった段ボール箱と展示スペースを前に何度も首を捻っていた。今日も今日とて真面目に作業中のようだ。
(生真面目にもほどがある)
自分のことなどこれっぽっちも頭にないかのような背中に、圭吾は少しばかりの寂しさと嫉妬にも似た腹立ちを覚えつつゆっくりと歩み寄っていった。