プロローグ
『君が欲しい!』
出し抜けに私をベッドに押し倒し、彼は強い語気で言い放った。
純白のシーツに散らばる花ぶさが甘い香りを放ち、私たちふたりをまろやかに包む。
──こんな真下から見ても綺麗な人……銀色の髪がきらりと輝いて、手を伸ばしたら掴める星くずみたい。
『君に拒否権はない』
彼が小さく瞬くと、長いまつ毛の先端が粉雪のように耀う。
『あげたいところだがあげられない!』
『は、はい』
見惚れている場合じゃないわ。
大丈夫、この状態で拒否権発動できるとは思わない。
今宵、彼と私の交差した世界線においてたった一度きりの、記念すべき夜。
俗に言う、「新婚初夜」だ。
私は祖国で政治利用に価値を見出された娘。
嫁ぎ先のここでは、隣国からの花嫁、という名の人質。
この方の機嫌を損ねるような真似はできない。何が起ころうとも、粛々と受け入れるつもり。
この一夜を失敗するわけにいかないのだから。
だけど……ちょっと……
真上からの威圧力がすごい!
がばっ! と上に乗り込んでこられて、ベッドの天蓋が見えない。
視界がひとりの男性で埋まって……これがまた凄まじく美しい。
こんな綺麗な殿方、生まれて初めてお会いした。キラキラ煌めく銀の髪、天の河の流れのようだわ。
緻密に計算してつくられた、彫刻にも引けを取らないお顔立ちに。
凛々しく猛々しい体つき。
まさか神話に出てくる白銀の、狼の化身かしら。
なのに瞳は優しげなお色。透明感あふれるスカイブルーの瞳に私が映って……私も空色の世界に溶けていく。
ぎゅっとシーツを掴んだこの指が、だんだん緩んでしまう。もしかしてこの美しい幻獣に力を吸い取られてる?
もう逃げられない。
いっさい反抗しませんから、せめて、ここで何をどうすればいいのか教えてもらえないかしら。
私、初夜のお作法も習ってこなかったから……。
こんな私でも理解できるように、明確にお伝えくだされば……
『君を王立学院中等部、国際交流科の言語文化専任教師に任命する!』
『は、はい!』
<いっさい反抗しません>の誓いを胸に、即答した。
え? ま、まぁ、文句なしに明確でした。
でしたけど、教師? なんのお話ですか??
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