待ち焦がれた
どうしようもないと、心に言い聞かせてミズハは母を見つめた。
周囲の様子を見て、安全だと納得すると、母はミズハに向かって頷いた。
それを合図にミズハは母に背中を押されて飛び出す。
振り返ることもせず前だけを見つめて走り続ける。
そして、少ししてから後方から爆発音が聞こえた。
激しく衝突する音があちこちから鳴り響いた。
(お母さん……。)
この音はきっと、母と竜人達が戦っている音だろう。
その音を聞くたびに母が生きている証拠なのかと、安堵しながらも、反対に危険な状態ではないかと不安にかられる。
だがここでミズハが引き返しても、足を引っ張るだけだった。
自分には何にも出来ない。それが真実だったのだ。
その現実だけが、自分自身の無力感を膨らませていった。
「ハァッ。ハァッーー、ハァー。」
無我夢中で走り続けて、ようやく頂上の崖にたどり着いた。ミズハは息を激しく切らせながらも、歩き続けた。
なぜここを集合場所にしたのかは、簡単な話だった。
ここに来るまでの道は、ジャングル化した木々達によって道がかき消され、隠れることができるからだ。
森を知り尽くしていないと辿り着けない場所になっている。島民の中でも知っている人は少ないだろうと思える所だ。
崖の端まで行き、外の景色を見つめる。
雨のせいで波は荒れ、深い青の色が広がっていた。
この荒れようでは、本当に島からの脱出は出来ないだろうと思い知る。
だからこそ、母は最後の隠れ場にこの山を選んだのだ。
「ここで、待つしかない。」
ミズハに出来るのは、ただ無事に帰還した母を待つだけだった。
(怖い。もし……来なかったら)
そんな不安が心をよぎる。
ミズハは凍える体を抱きしめながら、空に祈った。
「お願いします。どうかお母さんを連れてきてください。」
ガタガタと震える手で願った。
どれだけ時間があったかも分からない。時計もない、空も黒いままだった。
この高さだからか、波の音以外聞こえない。
静かな時間が続いた気がする。
ついに寒さで、視界が揺れ始める。
止めようと思っても止められない。
「ね、むい。」
ミズハが睡魔と葛藤している時だった。
後ろから足音が聞こえ、葉の音を鳴らす音が聞こえた。
音を察知したミズハは、振り返った。
「な、なんで。」
ミズハから一瞬で眠気がさり、目を見開いた。
そこには,母ではなく四人の竜人兵が立っていた。
「いたぞ、例のガキだ。」
ミズハは、座り込んだ腰に力を入れて後ろに下がる。
だが竜人達はニヤニヤと笑って近づいて来る。
「こんな所に隠れていたとはな。」
「手こずらせやがって」
「ヒッ!!」
刀を構えた竜人はミズハに近づいて来る。
ミズハは焦るようにドンドン後ろに下がっていく。
その姿を見て竜人達は嘲笑う。
「なんだ。まだ逃げるのか?」
「無理無理、お前は逃げられないよ。……だって匂いからして違うんだからな。」
まるで何も知らないミズハを困惑させるような言い方だった。
「に、匂い?なんのこと。」
「何言ってんだよ。お前混血種だろ。」
混血種?なんだそれはと、頭が真っ白になる。
黙ったままのミズハに竜人はトドメを刺した。
「まさか知らなかったのかよ!こりゃあビックリだわ!!今時そんな奴いるのかよ。ハッハッハッお腹いてぇ〜」
一人の竜人は笑いこけながら、お腹に手を当てた。
馬鹿にするように、見下すように。
そして、一瞬でその瞳は豹変する。
「その瞳が物語ってるだろうが」
その冷め切った冷ややかな瞳がミズハの心を突き刺した。本当に嫌いな者を見る目だった。
まさか薬の効果が切れたのかと、ミズハは目元を触るが今それを確認する術がなかった。
だが、恐らくそうなのだと自覚する。
「まぁーまぁー、早くこの恥晒し者を殺しましょう。」
女の竜人が急かすように言葉を発した。
まるで、どうでもいいと言うような扱いだった。
つくづくこいつらは、血も涙もない生き物だと思い知る。
今度こそ殺される、そう思ってミズハは逃げようとするが、後ろはすでに崖だった。
(もう逃げられない!!)
どうすれば、どうすればいい。お母さんと心の中で叫びながら、息を荒げる。
怖い、死にたくない。恐怖と絶望が頭の中を支配する。
あたふたとしている間に敵は直ぐ目の前までやってきて、刀を抜く。
そして笑いながら振り下ろして来る。
もう死んでしまう。そう思ったとき、目を瞑ってその時に怯えた。
「ぐっーー」
歯を噛み締めて、終わりを待つがそれはやって来なかったら。
そして合図するかのように、代わりに雨が降り始めた。
震えながらも目を開けてみると、ミズハは声を失った。
「グハァッ……なぜ、だ。」
目の前に広がっていたのは、バタリと音を立て、真っ赤な血を吹き出して倒れる四人の竜人達だった。
「えっ…どう、なってる、の。」
ミズハはあたふたしながら、前を見た。その先にいたのは、白い刀を持った美しさ竜人だった。
白い服を綺麗に着こなし、それに映えるように透き通った水色の髪が印象的だった。
仮面をつけていないその人は美しいの一言に尽きる女の竜人だった。
今この光景をミズハは理解出来ないでいた。
なぜならそれはそのはず、竜人が竜人を殺したからだ。
その理由を理解することは出来ない。
だが、その竜人は無表情にただそこに立っているだけだった。
「あ、あの。」
ミズハは思い切って、敵である竜人に声をかけた。
だがその竜人は、表情を変えることはない。声を出すことも無かった。
ただ冷たい瞳で、持っていた刀をもう一度掲げて、血を払うように振った。
その血は、ミズハの手前に飛び散り、弾けたそれが、ポチャリと頬についた。
「えっ……」
最初はその行動を理解出来なかったが、次第にそれは明確な物になっていく。
そして、思い知った。その血の中にはミズハが待ち焦がれた人の匂いが混じっていたと言うことを