分かれ目
目の前にあるのは高い山、竜人達の隙をついて、上手く撒いたミズハ達は今、その不気味な山の前に立ち尽くしていた。
黒い空に、荒れた川、薙ぎ倒された木、その全ての要因が重なって森の奥は怪しい色をしていた。
まだこの山には火の手は回っていないようだ。
だかそれも時間の問題だろう。
「本当に、ここに入るの?」
ミズハは躊躇しながら母を見上げると、その声に応えることなく、母は森の中に歩いて行く。
そのまま抱えられたミズハはふと足元を見る。
嵐を終えた後のように、枝や葉が地面に落ちている。
それを踏みながら草を選り分けて進んで行く。
その姿を見てミズハはジタバタと体を動かした。
「お母さん、辛いでしょ。ミズハ歩くよ!」
すると母はまた口に指を立てた。
「シッ!奴等は耳がいいわ。気をつけなさい。」
緊張感のある表情にミズハは息を呑んだ。
そうだ、まだ逃げ切れたわけではないと自覚する。
恐怖心がまた襲いかかってくるようだった。
結局、脅すように言った母はミズハから手を離すことはなかった。
そして頂上を目指すように、急な斜面の森を歩き続けて、ついに災厄の事態は起きた。
先程からミズハ達を取り巻く気配が四方八方からしていた。
とても微かだが感じとれた。
「お母さん、なんか嫌な気配がするよ。」
その言葉に母は立ち止まった。
「そうね。奴等は今もなお、私達を探しているはずよ。」
母はその言葉の後に音を聞くように目をつぶった。
そして、パッと目を開くと何かを避けるように、勢いよく転がり込む。
「ぐっ!!」
ミズハは突然の出来事に声を出す。鋭い何かが通ったのだ。
驚きはしたが、幸いにも母が庇ってくれていたので、怪我はしていない。
だが母の服は泥に染まり、手や顔には所々に怪我ができていた。
「お母さん!!」
「大丈夫よ」
母は冷静に応えながら、ミズハの頭を手で押さえる。
そして、攻撃を受けた方を見つめていた。
また魔術かと思いきや、そうではなく人が立っていた。
「よく、交わした物だ。褒めてやろう。」
言うまでもなく、竜人だった。薙を持った竜人は余裕そうに笑っていた。母は立ち上がり応える。
「横からの攻撃と言うことは、すでに追いつかれていたのね。」
母の発言に、竜人は更に笑った。
「上からの報告通り、不思議な奴だ。まるで人間とは思えない。」
確かに、今までの母の行動は人間の域を超えていた。
ミズハも疑問に思っていたことだった。
「それは、どうも。」
母は別に興味なさそうに、サッパリ応えた。どうやら何も言うことはないらしい。
泥の地面に足を滑らせ、戦闘態勢に移ろうとするが、母は踏みとどまった。
「諦めろ、お前達に逃げ場はない。」
竜人に言われた時に気づく,気配は一人だけではないことに。
霧が風に流されて,周りの景色が晴れていく。
そこに見えたのは,ミズハ達を取り囲む竜人兵の集団だった。
さすがの母も,この光景には眉間に皺を寄せた。
「お母さん!取り囲まれてるよ!!」
ミズハは母に身を寄せた。
袋のネズミだったのだ。
「やっと見つけたか。報告を受けた時は、手こずっている様だったが、案外あっけなく捕まえたな。」
円を使った仮面達が真っ直ぐにこちらを見ていた。
その姿は余裕と優越感で溢れていた。
やっと捕まえた。やっと始末できる。そんな感情で溢れていた。
「こいつらで最後だ。早く終わらせてしまおう。」
最後、その言葉にミズハは耳を反応させた。
最後とは、つまり他の島民は殺されたと言うことなのだろうか。モヤモヤとした疑問が心をよぎった。
いや、それはない。そんな簡単に全員が殺されるはずがないとミズハは首を横にふった。
そうも言っている内に一人の竜人が前に踏み込んできた。
「安心しろ。貴様らは一斉に切り刻んでやる。」
その竜人が持っていた刀を引き抜き、まるで最後だとばかりに他全員も武器を構える。
一瞬の沈黙が綺麗に作られ、囲んでいた竜人達は一斉に消える。そして瞬時に移動してきたかのように、攻撃してこようとする。
母は立ち向かうかと思えば、ミズハを抱えて、地面を転がり森の奥に逃げ込む。
「逃すな!!」
竜人達は一瞬、行方を見失い行動が遅れる。
それでも竜人達は追いかけてくる。
母は再びミズハを抱えて走り出す。
だが、竜人達は直ぐに追いつき、四方八方から斬りかかってくる。
「死ね!!」
「……ギァ!!」
前から来た攻撃を交わし、母はその竜人の顔を掴んで地面に叩きつける。
次に横から後ろへと、みな母に集中攻撃をしてくる。
このままでは,いずれ終わると自覚した母は、水魔術で水を作り出し、濃度が濃くなるのを待ってから、一気に水をあらゆる方向に飛ばした。
その雫達は見事に竜人達の目に命中させる。威力と速さがあったため、痛みは通常の倍になるだろ。
それによって竜人達は動きを止め、目を押さえる。
「ゔっ!くそ水が目に!!」
「前が、見えぬ。」
武器を振るうことをやめて、目を押さえる竜人達はヨロヨロとふらつく。
隙をついて母はその場から脱出して、茂みに隠れる。
「居ない。クソ、見つけ出せ!」
「よくも!よくも!!ここまで馬鹿にしてくれたな!」
竜人達は怒りを露わにしながら、荒々しく動き回り、くまなく探すために一人ずつ姿が消えていく。
「消えたわね。」
居なくなったことを確認した母は、両手でミズハの頬を包んだ。
「ミズハ。お母さんがここは引きつけるから、ミズハは逃げなさい。」
その言葉に目を見開き、顔を振る。
「嫌だ!嫌だよ!一緒に逃げようよ、今ならーー」
「それは無理よ。奴等は今血眼になって私達を探しているわ。今の状態も長くは続かない。」
仮にそうだとしても、もうどうすれば良いかミズハは分からなかった。
「無理だよ!ミズハ一人で逃げ切れるわけない!」
「お母さんが助けるから大丈夫よ。その隙に山の頂上の崖を目指すの。そこでまた再会しましょう。」
「そんなこと、出来ないよ。」
涙を流しながら、母を見つめる。恐怖しかないのだ。想像しても、とても上手くいくとは思えなかったのだ。
だが、母は手に力を込める。
「お願い!これも生きるためよ。ここが分かれ目なの。」
母の強い声とその瞳にミズハは圧倒された。
もうやるしか無いのだと、現実を叩きつけられた瞬間だった。