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魔術戦刻  作者: 桜澤 那水咲
シユリ島襲撃事件
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竜人とは

空に上がった赤の煙を追いかけて歩いていく。

早くしなければ、雨風で消えてしまう。

でも走りたくても、足が悲鳴を上げて思うように動けない。雨が降り続けるおかけで、地面もぬかるみ足をとられてしまう。


ましてや幼い子供だ。体力的にも精神的にも限界だった。それでも、足だけは止めることはなかった。

一歩ずつでいい、一歩ずつ前に進むんだと心に言い聞かせる。


「お母さん、お母さん……」


そうだ、進むんだ。

ミズハは心に強く念じる。

どんなに足が痛くても、どんなに体が重たくても、どんなに地面に足をすくわれても、諦めるな。ただただ言い聞かせる。自分自身の弱さに。

その痛みを乗り越えたら、また母に会えるかもしれないと思ったからだ。


クラクラとする頭で頑張るが、限界は突然きた。

ついに足が動かなくなり、ミズハの体はバタリと倒れた。


「……こんな、所で。まだ歩かないといけ、……ないのに」


だんだんと眠気に誘われ、意識が遠くなり、目を閉じた。体から体温が消えていき、冷たさだけが広がっていった。


「……ずは」


音が聞こえる。でもとても遠い声だ。


「…み…は!」


まただ、また声が聞こえる。だが眠気の方が勝つのだ。


「ミズハ!!」


「はっ!!」


大きな声に引っ張られるかのように、ミズハは意識を取り戻した。

そして、目を開いた先にいた人物を見てミズハは、涙した。


驚いて声も出ないでいるミズハの瞳に映ったのは、会いたくて堪らなかった母だった。


 「おっ、お母さん!!」


ミズハは、瞬間的に抱きつき、母の温もりも求めた。

良かった、生きていたんだと涙を流す。

母の存在を自覚して、一気に安心間が襲ってくる。


「ミズハ、探し回ったのよ。……本当に良かった。会えて良かった。」


母はミズハを優しく包み込むように抱きしめた。

今の二人には生きていた、それだけで十分だった。


「家が燃えてたけど、お母さんは怪我してない?」


「えぇ、大丈夫よ。危機一髪の所で家から出たから。」


母はミズハを立たせると、手を引いて歩き出す。

二人共、体全体は水浸しだった。歩くたびに雫がポトリ、ポトリと落ちていく。


「何処に行くの?」


「赤い煙が上がったであろう、船着場よ。」


どうやら、島民は船着場に集まろうとしてるらしい。


「でも、海も荒れてるのに船なんか出せるの?」


この雨と風、波の荒れ具合から見て、船からの脱出は厳しいはずだ。


「それは承知のことよ。でも脱出しなければ、黒い炎に殺されるだけよ。」


ミズハは後ろを振り返り、森を焼き続ける黒い炎たちを見つめる。この火が消えない限り、いつまでも島にいることはできない、なら無理矢理にでも海に出るしかないと言うわけだ。



「あの火は何なの?普通の火じゃないよね。だって色も違うし、こんなに雨が降ってるのに消えないんだよ。」


黒い炎はどんなに、雨風が強まっても、消える気配はなかった。普通の火でないことは、幼いミズハでも分かった。


「あの火は魔術よ。つまり、自然現象ではなく、人為的に誰かが起こしたと言うことよ。」


その事実を知り、ミズハは目を見開いた。


「それって、人間が犯人ってこと!?」


ストレートに母に聞くと、母は少し俯いた顔をした。

そして、ミズハの顔はみず、前だけを見つめる。


「さぁ、どうかしら。人の形をした化け物かもね。」


そのまま手を引かれながら、二人で船着場を目指して歩いていく。雨で体温を奪われて、すでに体力は限界を迎えているが、生きるのに必死で体が勝手に動いているのだ。

母もそれは同じだった。ミズハと繋いだ手の体温が大丈夫で無いこと教えてくる。


「結構歩いたね。まだつかないのお母さん?」


ミズハはあまり本土へ出向いたことが無いので、正確な場所は知らなかった。

あれから草の道を歩き続け、時には燃える森や村の横を通ってきたが、海側に近づくにつれて黒い炎を目にすることが多くなっていた。

つまり、燃やされたのは、内側からではなく、外側からだったのではないかと予想ができる。


「もう少しのはずよ。この村を通ったらつくわ。」


そう言って、母は立ち止まった。

ミズハもそれに釣られて目の前の光景を見る。

おそらく、船着場に着くための最後の通り道と思える場所だった。そこは、今までにないほど黒い炎の威力が強い場所だった。


「お母さん、これじゃ通れないよ!」


あまりの火の威力にミズハは一歩引いてしまう。

熱気も今までの倍の熱さを放っている。

家は勿論、草木に、通り道全てが火の湖になっていた。


「ゴホッゴホッ」


それは近づけば、咳き込んでしまう程だった。

風向きもあり、火の進行方向は島の内部に向けて燃えていた。


「なんでこんなに燃えてるの?」


「ここの村人は、定食屋を中心に生計を立てていたはずよ。港付近は人が集まるから、この島では日頃から一番火を使う場所になるでしょうね。」


確かに、本土の街とはよく交易をしていたとは聞くが、現状はあまりにも行き過ぎている光景だった。


「でも、だからってこんなになるの!?」


「この村には、火の魔術を心得ている老人が一人いたわ。その方は、火の魔力をビンに入れて保管していたらしの。もしかしたら、それが爆発したのかもしれないわね。」


「そんな!!あともう少しで辿り着くのに、これじゃ無理だよ!」


「ゴホッ、ゴホッゴホッ」


こうしている間に火は迫ってくる。ここは、最早通ることすら不可能だろう。別の道から行くしかない。

早く引き返そうと、母の手を引こうとする。

しかし、逆に母の手は、ミズハをこれ以上前に踏み込ませないようにと、手で遮るようにサッと腕を前に出した。


「ミズハは、少し下がっていなさい。」


母は、真面目な声で言うと、あろうことか前に歩いていく。

その姿にミズハは目を疑い、止めようとする。


「えっお母さん!!危ないよ。何してるの!」


ミズハは慌てて母を引き返そうとするが、その間に母の手から水色のオーラが流れていた。

光輝く、玉のようなそれは、先程から言われている魔術というものだった。


「相性が良くて助かったわ。」


その瞬間母の手のオーラは、暴走するかのように荒々しくなる。そして、それはどんどん大きくなっていく。まるで力を蓄えているかのようだ。

母は頃合いを見て、威力に満足すると術を展開させた。



『水の使い 水風の舞(すいふう まい)


その言魂に、術は完成し解き放たれる。

まるで言葉に力が宿ったように、水が細かくなり、手を中心に円を描くように、高速で回転をしていく。

そしてその水の舞は一瞬で大きく広がり、炎の塊を包み、弾けるように消し去ったのだ。


「き、消えた。」


ミズハはそれを目の当たりにして、唖然とする。

母は振り返ると笑顔でこう言った。


「これで通れるわね、ミズハ。」


曇りないその笑顔にミズハは更に動揺した。

母でありながら、圧倒的な力に初めて恐怖心を抱いたのだ。


「お母さん、今、何をしたの?」


「私の水魔術を使ったの。」


母が魔術を使えることは知っていたが、ここまでの使い手だとは思わなかった。ミズハの中の想像をはるかに超えたのだ。

本来魔力とは、全ての命の中に存在している。

だが、そこから魔術に成り立つようにするのは別物だ。

ほとんどの人間は、再現することすらできないのだ。

だからこそ、母の力を見誤っていたのだ。


「さて、ミズハ。先に進みましょうか。」


母はミズハに手を差し出し、優しく笑った。ミズハは戸惑いながらもその手をゆっくり取った。


ミズハはその後も母に手を引かれながらチラチラと密かに様子を見ていた。


詳しいことを知らないミズハは、母に少し疑問を抱いていたからだ。なぜ、こんなに落ち着いているのか。なぜ魔術を扱えるのか、考えてみれば母がどのような過去を持っているのかも聞いたことはない。

エピソード一つもないのだ。こう考えてみれば、徹底的な秘密主義であることがわかる。

この時にミズハは思ってしまう。私は母のことを何一つ知らなかったのだと。


無事、先程の村を抜けた後は道を真っ直ぐに進み、船着場に繋がる森を前に辿り着いていた。


「ここを抜けたら、船着場だよね。」


「ええ、でも森自体はそんなに深くないから安心して、すぐに着くわ。」


ついに船着場まで後少しの所まできた。二人はその森に入っていき、脱出の糸口を目指して歩いていく。

母の言う通り思ったより、長い森ではないようだ。

すぐ向こう側の景色がチラチラと見えている。この時には雨が止んでいた。だから視界が遮られることなく晴れて見えた。

小鳥達も一瞬落ち着いた天気に安心して、可愛い声で鳴いている。そして、次第に波の音が聞こえる。

その音を聞いて、やっと辿り着いたかと思い二人は立ち止まった。


「お母さん、やっと、やっと辿り着いたッーー!!」


ミズハは安堵の声を言おうとした瞬間に、急に口を塞がれ、近くの木の後ろに入り込む。

口を押さえた手は母だった。


「うゔーーうゔ!」


「シッ!!静かに。」


鋭い声と視線がミズハを大人しくさせ、何が起きているのかわからない状態だった。

その時、複数の砂音が聞こえてきた。島民の人かと思い、母の手を振り解こうとするが、更に力を強められそれは出来なかった。何よりも母の緊迫した雰囲気が恐ろしかった。

今でも足音が聞こえる方を鋭い目つきで見つめている。

そして、声が聞こえてくる。


「人間の始末はこれで終わりだな。」


「ここまで周辺確認すれば、大丈夫だろう。」


「でも、人間の奴等は馬鹿だよな。わざわざ一箇所に集まって死ににくるんだから。」


今までの会話を聞いて時が止まった感覚になった。


(なに、一体何を言っているの!人間の始末?死ににくる?どう言う意味なの!)


「仕方ないだろ。我々竜人と違って人間は非力だからな。」


「!!」


竜人とはなんだ、それは初めて聞く言葉だった。この世に人間以外の生き物が存在することをミズハは今知ったのだ。

そして、強い潮風がこちらに吹いてくる。

いつもなら心地よい風の筈だが今は違った。

大量の血の匂いがしたのだ。

この時、ミズハは理解した。ここに集まった人々は、今ここにいる竜人と言う生き物に殺されたのだと。


「そろそろ戻るぞ。」


一人の女の竜人が声を出すと、彼等は去ろうと動き出す。

その一瞬に茂みの間から姿を捉える事ができた。

人間離れした尖った耳、鷲のような鼻先の仮面、白すぎる肌、見たことのない白地に模様の入った袴の様な服、腰にかかった刀。背に掛けた槍や弓が見えた。

人間?いや違う。人の形はしているが、そうでないことは見てわかった。

そして、そのまま帰るかと思ったら、今まで黙っていた一人の竜人が足を止めた。


「待て……臭う。」


その瞬間にミズハの体は凍りついた。まさか気づかれたのだろうか、心臓がバクバクと揺れる。


「どうした?」


他の仲間もゆっくりこちらに戻ってくる。


「なんか変な臭いがする。」


「臭い?もう人間なら沢山殺しただろう?そりゃ臭うさ。」


怪しむ一人がコツコツと靴を鳴らす。まるでこちらに近づいてくるかのようだ。


「いや、人間の臭いじゃない。もっと嫌な臭いだ。人間のような、そうじゃないような、そんな……」


「半端な臭いだ。」


その鋭い視線が、一瞬で動きこちらを捉えた。

その瞬間に母は立ち上がり、水魔術を相手に放って、一瞬だけ撹乱させる。隙を作った母はすぐさまミズハを抱えて走り出す。


「クソッ、魔術の使い手か。」


「逃すな、殺せ!!」


この時にはすでに、ミズハ達と竜人の間には距離ができていた。


「人間ごときが、舐めたことをしおって。」


「竜人に逆らうなど百年早いわ!!」


感情を昂らせた竜人達は、砂を荒々しく蹴り、瞬時に姿を消して追いかけてくる。

まるで瞬間移動でもしたように、すぐにミズハ達の後ろに姿を現す。


「速い!!」


「ミズハ、安心してお母さんに捕まっておきなさい。」

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