竜人
頭を叩かれたミズハは、その部分を撫でながら、座学で使っていた紙を見る。
「そういえば、あんたは竜人なんでしょ。弱点とかないの?」
「ふっ、それを俺に聞くのか?お前は、本当に世間知らずだな。」
教える訳が無いだろうと言う口調で、カインはミズハを馬鹿にする。
「うるさいなぁ〜。」
最近のカインは口煩く感じてしまい、ミズハは苦い顔をする。
「いつからそんなに口が悪くなった。」
「この状況で、どうやってお花見たいな心でいればいいのよ。」
母が殺されてから、純粋な心と優しさは弱さだと知った。現状を知ってしまったミズハもまた複雑な気持ちだった。
外の世界を知れば知るほど、自分が嫌になるのだ。
世間知らずな部分や、お花畑な考え方が無能で仕方ないと思ってしまう。
勉強して知ってしまった、劣等感だった。
ミズハが沈んだ目をすると、カインは話を切り替えた。
「竜人の弱点は特にない。人間を超えた身体能力、タフな体、勝てる部分があると思うか?」
その言葉にミズハは引っ掛かりを感じた。
「なら、なんでまだ人間が生き残ってるのよ?そんなに強いなら、とっくに人間は全滅しててもおかしくないでしょう。」
「いい質問をするようになったな。」
その言葉にカインは頷き、納得したように笑った。
「弱点は無いと言ったが、死なない訳ではない。命がある以上それを止める手段はある。つまり竜人を殺す方法だ。」
ミズハは息を呑みながら、その続きに食いついた。
「殺す手段は一つ。首と心臓の二つを破壊することだ。」
「首と心臓の、二つ?二箇所斬らないといけないの?」
指を二本立ててカインに聞く。
予想外の答えに困惑を隠せない。
「人間と同じでどちらも急所となる部分だ。だが人間はそのどちらかで死ぬが、竜人は二箇所斬らないと死なない体になっている。理由は簡単だ。竜人の生命力は人間を上回っている。それ故傷もすぐに直る。どちらか一箇所攻撃しても、ダメージは与えられても死には至らない。だから両方斬る必要がある。」
ミズハが思ったことは一つ、厄介だということだ。
事実を知り、より深刻になってしまった。
「つまり、心臓が二つあるってこと。」
「そういうことだ。」
ここまで頭が痛くなる話があるだろうか。
ミズハは最早重たいため息しか出さなかった。
「最悪なんだけど」
「諦めた方が早いな。」
殺す手段が、こんなにも難しいとは思わなかった。
これでは、一体でも倒せるか不安になってしまう。
「よく人間生きてたね。」
「生存能力が高いのが人間の取り柄だからな。いや、生の執着とでも言うべきか。比較するなら魔術の技術は人間の方が上だ。竜人は身体能力で大抵のことはどうにかなるからな。」
こう考えれば今まで人間が生存できたのは魔術の力があったからだろう。確かにそこの部分しか人間が戦える部分はない。
「脆いからこそ、生きようとする力が強いのかもね。」
「かもしれないな。お前は竜人の本来の姿を見たことはあるか?」
本来の姿と聞いてすぐには頭に思いつかなかった。
簡単に考えれば、人形が竜に戻ることぐらいだろうか。
だが、その瞬間をミズハ自身が見たことは残念ながら無かった。
今思えば、シユリ島が襲撃された時も不思議ながら竜の姿は見ていなかった。
「ない。」
「竜人とは、かつて竜が人の形を覚え、魔力で人間化した姿のことだ。」
つまり、本来の姿は竜と言うことになる。
「でもそれじゃあ、おかしいじゃない。なんで竜に戻って戦わないのよ。」
ミズハは率直な疑問を投げかける。
「人形から竜に戻るとき、大量の魔力を使う。魔力とは生まれつき人それぞれ違う、それなりの強者なら本来の姿に戻れるが、力量が足りない者は戻れない。さらに、竜化する時に膨大な魔力を失うせいで、その後の体力が長続きしないリスクもある。」
今の説明で納得したが、なんとも不便だと思ってしまったミズハだった。
「なんか、竜人も万能じゃないんだね。」
人間を超える生き物だと思っていたが、竜も竜で大変らしい。
「ああ、だから竜化できる竜人には気をつけておけ。」
「見分ける方法はあるの?」
「ああ、クリスタルのペンダントをつけてる竜人がその証だ。」
ミズハは一度頭の中で考える。島で見た竜人達にペンダントらしき物付けている者がいたかを考える。
「クリスタルのペンダント。首に下げてるってこと?」
「持ち歩いている場所は竜人によりけりだ。自身まんまんに下げているのもいれば、隠し持っている者もいる。」
思い出す限りでは、隠し持っている者を除いて、首に下げてる人物は一人もいなかった。
「やはり、竜人は危険ね。」
ミズハは再度竜人の恐ろしさを認識した。
人形でも危ない存在なのに、竜化でもされたらたまったもんじゃない。
(あっ、そういえば)
ミズハはふと顔を上げてカインを見つめた。
「あんたは竜化、できるの?」
「秘密だ。」
その後もカインは口を割らなかった。