学び
カインと出会い、時が進む中、ミズハは今シャベルを持って地面を掘り起こしていた。
晴れた空の下で、島民一人一人を埋葬していく。
その姿をカインは遠目で黙って見ていた。
一人でも黙々と掘って、埋めてを繰り返した。
その作業は何日もかかり、汗を流し続けた。
「少しは休んだらどうだ?」
体を動かし続ける姿にカインはようやく声をかけてきた。
「まだ終わって無いから…早く眠らせてあげたい。それに、気持ちの整理をつけたいから。」
ミズハは気まずそうに、小さな声で答えた。カインと目線が合うことは無かった。
「……そうか。」
一言だけ言い終えるとカインはまた、背を向けて何処かに歩き始めた。次第に背中が見えなくなり、作業を再開させる。
その後、全ての死体を埋葬し、ミズハは木を背に座り込んだ。数日間の疲労が今全て出ているようだった。
ため息をついたミズハは、悲しい瞳で墓を見つめる。
死体を抱え、埋めるまでの作業は地獄だった。
腐敗した匂い、朽ちた体、乾いた血。
その全てがミズハの体に染み込んだ。
精神的ダメージは想像以上だった。
だが、ミズハは唯一、山の方には立ち入れ無かった。
母の死体だけは、どうしても見たく無かったからだ。
きっと見つけた瞬間とても冷静にはなれないだろう。
「終わったのか。」
カインが数日ぶりにまた姿を現した。
こちらに近づいたカインは、出来上がった墓を見つめる。
(今、彼は何を思っているのだろうか。)
感情は読み取れなかったが、カインの横を通る風は、どこか少し切なそうに見えた。
だがそれはミズハも同じ気持ちだった。
二人共、どこか遠くを見るように、静かに風が流れて言った。
「島を一周したが、これ以上死体はなかった。」
口を開いたかと思えば、驚きの発言だった。
「えっ、それは、全部確認したってこと。」
「ああ、山も川も海も集落も確認した。」
その言葉に唖然とした。
困惑が頭の中に広がる。
(山も…ならお母さんの死体はどこにいったの?まさか、生きている?いや、そんなはずは無い。確かにあの血はお母さんの匂いだったし、あの女も殺したと言っていた。)
やはり自分の目で確認するしか無いとミズハは今まで重かった腰を上げた。
実際に手当たり次第に探したが、やはり見つからなかった。
「なんで…」
頭が真っ白になりながら、ミズハはフラフラしながら膝に手を当てる。ハァ、ハァ。と息を切らして汗を拭う。
そんな中、カインはいつの間にかミズハの後ろにいた。どうやらついて来ていたようだ。
「見つからないか。不思議だな。」
その発言から、ミズハはカインに近づく。恐らくカインはミズハが何を探しているのか知っている。
顔を見ればわかった。
「どこにやったの!?」
声を荒げるがカインは首を横に振った。
「俺も分からない。匂いがあれば気づいたが、綺麗サッパリ消えている。」
ミズハは顔を歪め、下を向いた。
理由は分からない。だが死体が無いことだけは事実だ。
残念なことに、今の段階では何もできないだろう。
真実は謎のままだった。
気分が沈みながら二人は山を降り、ギリギリ燃えなかった空き家で夜の寒さを凌いだ。
カインが火を起こして、暖をとることにした。
二人以外誰もいない島は、とても静かだった。
まるで明かりの無い世界にいるようだ。
その日の夜は虚な瞳で眠りについた。
目が覚めて、朝になっても憂鬱のままだった。
昨日のダメージが大きいのか、食欲すら湧かなかった。
まるで生きる気力を無くしたようだった。
(もう、どうでもいい)
顔が物語っていたのか、見兼ねたカインは朝初めて口を開いた。
「お前に、生きる目的はあるか?」
(目的…)
突然の言葉にミズハは一瞬止まった。
「この先、お前の人生は、茨の道になるだろう。混血種という爆弾を抱えている以上、いつ命を落としてもおかしくはない。だからこそ、お前に生きる目的はあるのか?」
カインの瞳はとても真剣で真っ直ぐだった。
まるで試されているようだった。
ミズハは内心戸惑いながらも、静かに口を開いた。
「生きるためではないが、一つだけなら……望みはある。」
この瞬間にミズハの心に黒い悪魔が宿った。
それはきっと道徳で考えれば、いけないことだ。
それでも口に出さすにはいられなかった。
「それは、なんだ。」
カインに聞かれ、ミズハは息を吸い、口を開いた。
「母を殺した竜人に復讐したい。」
一瞬間が開くが、カインは驚くことなく、そのまま目を閉じた。
恐ろしことに、口にした途端、死んだ心が、少し蘇った感覚があった。
「復讐か。それもいいだろう。目的がある者は追い込まれても、足掻き続ける。意思の強さともいえる、人間は特にな。」
その言葉にミズハは一瞬引っ掛かりを覚える。
「竜人は違うの?」
「人間ほど感情豊かではない。」
なぜだろう。すんなり納得できてしまう。
「その竜人は、どんな奴だった。」
まさか質問が来るとは思わなかった。カインとは最低限の会話はするが、踏み込んだことを聞いてくることはなかった。国が違う以上所詮は敵であることに変わりはないだろうとミズハは思っていたからだ。
だが今は、一旦それを忘れようとする。
「氷のような女だった。」
「そうか。知らんな。」
カインはミズハの言葉を聞いて、目線をそらした。
おそらく今の言葉は、嘘だろ。きっとカインはおおよその目星はついている。
どうも嘘をつくのは苦手なようだ。
仲間なら知っていてもおかしくないと思ったが、やはり、ミズハには教える気はないようだ。
「お前が一日でも長く生きられるように、あらゆる知識をこれから教える。しっかり学べ」
(なぜ、そこまで私に手をかけるのだろうか?)
「まずは、そこからだ。自分が何のために戦うのか、よく考えろ。」
まだ話続けるかと思えば、今度はあっさり消えていくカイン。
その後ろ姿を見たミズハは、ふと呟いた。
「確かに、感情豊かではないかも。」