お預け
平原を歩き、魔物を見つけた。
私は魔物と距離を詰め、背後から襲う。
『絵面がもはや狂気』
『笑って魔物を殺す畜生』
魔物を倒しきる。
経験値が入る。私は自分の得物である双剣をがっしりと握りしめ、次の獲物を探していると、奥からプレイヤーらしき人が逃げてきていた。
何か魔物を連れてきていた。その背後にはなんとものすごくバカでかい虎。尻尾が蛇であり、翼を生やした虎。
虎は大きく前足を振りかぶり、逃げているプレイヤーに攻撃を与える。
「よっしゃあ! 獲物みーっけぇ!」
『挑むつもりかよ!』
『絶対強いぞこいつ!』
『変態はとにかく強いやつを求める習性があるのだよ』
私は双剣を握りしめ、大きくとび上がりその虎の顔真正面に行く。
自分に視線を移させ、私は鼻先を切りつけた。
「ダメージすっくな! ま、しょうがねえけど!」
私は地面に着地したと同時に、虎の前足が私を襲う。
私はぎりぎりで躱し、双剣を前足に突き刺す。そして、そのまま体をひねり、回転を加えてあげた。
虎はこの程度のダメージじゃびくともしないか。
『序盤装備でこれだけだしやっぱ強い枠じゃん!』
『これ勝てる? ちっぽけなダメージしか入ってないけど』
『勝てる勝てないじゃなく、今ここで、戦わなくちゃならないんだ!』
そうそう。
私がヘイトを誘導したからな。逃げてきた相手はもうとっくに逃げて行ったようだ。私にヘイトが移ったのを見てこれ幸いと逃げたところか。
ま、こっちはこっちで気持ちいいしうれしいけど。死んだら死んだでさいっこうだし。
「死ぬのも勝つのも本望だぜ!」
『だめだこいつ』
『痛覚設定、オンにしてるよな』
『マゾだもん。してるよ』
『感度100%よ』
その通り。痛覚設定というのができて、ダメージを追うと痛みがあるというもの。
リアルでこちらの世界に生きている感覚が持てるので搭載したらしい。もちろんオフにはできる。だがしかし、私は痛覚設定は100%! このゲームは素晴らしい。痛みを与えてくれるのだ!
マゾヒストの私にとってこれほどうれしいことはないねえ!
「こいつの攻撃……。食らったら超いてえだろうな……。やべ、興奮してきたぜ……」
『ママー! 変態が! 変態がいるよぉおおおおお!』
『生粋のマゾヒスト』
『誰だよゲームで痛みシステムなんて搭載した奴』
「私はご褒美だから100%にしてるけど、100%にしたらショック死とか普通にありそうだからみんなは痛覚設定はオフか少なめにしておくんだぜ! 100%はどマゾの人のためのもんだからな!」
私は注意だけをしておき、双剣を再び握りしめ虎のほうに視線を移す。
これ、多分今は火力不足で勝てないかな? じゃあ、作戦変更。私は武器をしまった。
「こい! 虎よ! 私はここだぞ! ちゃんと狙うんだ!」
『勝つの諦めてて草』
『まぁ、たしかに勝つのは無理だろ。攻撃力、防御力ともに足りねえし』
『防御はこいつはいらねえんだよな。初期装備縛りだし』
翼を生やした虎が前足を振り上げる。
私はその攻撃をまっすぐ見据え、ただただ死ぬのを待っていた。だがしかし、目の前で虎の攻撃が止まる。
「ガルゥ……」
「どうした? 殺れよ。私を殺してみろ?」
「ガル!」
と、今度は口から炎のブレスを吐こうとしていた。
お、火攻めか? いいな。熱いのも大歓迎だ。
「……ガウ」
だが、攻撃を止めてしまう。
「おいどうした! 私を殺さねえのかよ!」
「…………」
虎はくるっと後ろを向いて、飛び去ってしまったのだった。
まさかのお預けプレイ……。私はがくっと膝をついた。
『あの虎も変態性を見抜いたんやろなぁ』
『虎「なんやこいつ……」』
『逃げられてて草』
「私は死にたかったんだよ……! あの爪でひっかかれたかったんだよ! 絶対きもちぇーじゃん……」
『自殺願望者かな?』
『とりあえず心の相談センター、いこか』
くそ、ここまできてお預けとか……。