世話が焼けるぜい
瀬野の仕事場のインターホンを鳴らす。
鳴らして中に入ると、全員なんかガンギマリで筆を走らせていた。
スーツ姿の男性もテーブルに座って何かしている。
「なにこれ。地獄?」
「やぁ……。来たようだね……」
「何が起きてんの?」
「締切間近の原稿を仕上げてるのだよ……。僕としたことが少し浮かれていたみたいでね」
瀬野によると書き溜めが尽きたことをすっかり忘れていたらしい。
私と交際できたことによる高揚が原稿を忘却の彼方に。それを思い出したのはなんと昨日。編集が原稿取りに来ましたと笑顔でやってきた途端、思い出してこの地獄。
「バカだろ。あんたバカだろ」
「自分でもつくづくそう思うよ……。そこにいるのが新たな編集だ」
「どうも……。上沢 英智と申します……」
「編集も死にかけ……。で、私はなに手伝えばいいの」
「いや、すまないが簡単につまめるものを用意してもらいたい。物を買いに行く時間も勿体無くて誰も食べていないんだ。昨日から」
「じゃあ昨日呼べよ!」
昨日呑気に配信してたんですけど。
「配信予告していたし邪魔するのはアレかと思ってね……」
「まーじでなんでこんな長編を書かされてるんすか〜!」
「あぁ……。もうカフェイン効かなくなってきた……」
「描いてないと睡魔が……すいません……」
もう見てられない古き漫画家の地獄絵図。
今の漫画家って基本デジタルだろ。お前らもデジタルに乗り換えろ。
しょうがないのでコンビニにひとっ走りしていろいろ物を買ってきた。
「ほら、全員梅干しおにぎりな。酸っぱさで少しは目を覚ませ」
「ありがとうございます〜……」
「ありがとっす……」
「やる気出てないな? しょうがない……」
私は少し咳払いをして。
「染岡さんっ! 私、頑張る染岡さんが好きですっ!」
「……っ! 漲ってきたあああああ!!」
と、怒涛の勢いで描き始めた。
「ふっ、男ってチョロいぜ」
「自分の見た目を利用して鼓舞させた……」
「いいなぁ〜」
「……おい」
「あっ、いや、やりまっす!」
阿波さんも必死に描き始めた。
「先生! 背景全部終わったっす!」
「男ってこれだから……」
南さんは呆れていた。
私はソファに座り、ただただ仕事が終わるのを待つ。途中でこの様子を写真で撮り、新年早々原稿忘れる彼氏の地獄絵図というタイトルでTwitterにもあげた。
ノロケとかたくさん言われている。
そして、昼になり。
「終わりだ」
「「「「はぁあああああ〜〜!!」」」」
原稿作業が終え、編集者含め力が抜けていた。
そして、全員崩れ落ちる。編集もそのまま机に突っ伏した瞬間に意識を投げ飛ばしていた。
いや、お前は寝ちゃダメだろ。
「お疲れ様です。って誰も起きてない」
終わった脱力感で、みんな全て気を失っていた。
仕方ないので私は原稿を持ち、書き置きを残して編集部に持っていくことにした。
編集部に行くと、わざわざ編集長が対応してくれる。
「上沢はどうしたんですか?」
「あー、終わった脱力感で疲れ果てて寝てます」
「なるほど。預かります」
「私が持ってきてすいません。寝かしておきたかったので」
「いえ。構いません。上沢に伝言を頼んでもよろしいでしょうか」
「構いませんけど……」
「そのまま帰って月曜に出社しろとだけお願いします」
「わかりました」
編集部からの伝言を預かり、電車に乗って再び瀬野の仕事場に向かう。
すると、瀬野は今度は台所で倒れていた。
「し、死んでる!?」
「死んで……ない……。原稿、持っていってくれたんだ、な……。助かった……」
「はぁ……。とりあえず寝室まで肩かすから。寝室で寝なよ」
「すまない……」
力なく謝ってくる瀬野。
やれやれ。世話が焼けるぜい。