迷惑客
寿司屋と決めたならば早い。
私の住んでる家の近くには知り合いの店がある。寡黙な大将だが、たまに行くとものすごく優しくしてくれるのだ。
大将は私ぐらいの娘を一人亡くしていると聞いたし、私にその娘を投影しているのかもしれないが。まぁ、優しくしてくれるならうれしい。
「そうと決まれば……」
私はその寿司屋の前にいき、のれんをくぐる。
「らっしゃい」
「大将! うまいっすねぇ!」
「どうも」
「げ……」
見たことがある顔があった。
というか、見たことがあるが見たくもないし思い出したくもない。
「あ……嫌な奴が来た」
「口に出す時点でどうかと思うがね」
私は塩野と遠い席に座る。
大将はおしぼりを出してきて、注文を聞いてくるので、大将の気分でというと、塩野が悪態をつき始めた。
「通ぶっちゃって……。お前ごときでもこの店来れるのか。なんかがっかり」
「……なーんかこいつの暴言には興奮しないしむかつくんだよな」
そもそもその発言は大将に対しても失礼だということに気づいていないのか?
そういうとこだぞと言いたい。まぁ、あいつからしたら私のせいでX Planの担当を降ろされたものだし、むかつくやつとしてみるのは仕方のないことかもしれんが、そもそもの元凶はお前自身だ。
「金ないんだろ? 払ってやるよ。俺は金だけはあるから!」
「心配しなくても多分君よりは資産あるよ」
「んだと?」
突っかかってくるなぁ。
ちょっと煽ってみたらものすごくキレ始めた。
「お前ほんと何様なんだよ! 女のくせにたてつきやがって!」
「女のくせにとか男のくせにとかそういうのもう時代錯誤だろ」
「生意気なんだよテメェ!」
「はいはい。ごめんなさいね。大将、騒々しくしてすいません」
「……ああ」
「もう気分悪い! 帰る! 大将、勘定!」
「……2万1000円」
「ほらよ!」
と、札を置いて勢いよく出ていった。
「……もう来るな」
「大将、お怒り?」
「ああ……。あれはさすがに失礼だろ……」
「だよねー。ごめんね。いろいろあったもんでさ、あいつと」
「お前さんが珍しくキレてるからろくでもねえんだろうな……」
大将はマグロの赤身を出してきた。
まずはオーソドックスからか。こういうのって味がたんぱくな奴から食べるのがいいんだよな。味が濃いやつは最後。
「じゅんぺーの味覚は本当に正確だから助かる……。あいつ、品定めしてるようでまあまあとか大声で言うしよ……」
「まじっで失礼なことしかしねえなあいつ……」
「秘密だぜ? スーパーで売ってるマグロあるだろ。それを一貫だけ提供してみたんだよ。そしたらどれよりもうまいっつってんの」
「あぁ……」
スーパーに売ってるマグロとこの寿司屋のマグロなんか比べる必要ないくらいこっちのほうがうまいぞ。
「って、このマグロもスーパーのかよ」
「わかるか。その分の値段はいらねえよ。あいつからもとってねえしな」
「大将の店のマグロ何度食べたと思ってんだよ。わかるって」
「はは」
改めてマグロを出される。
私はマグロを食べてみると、やはり違う。こっちのほうが余計な脂がない。実に赤身らしい赤身だと思う。
「最近、むかつくことがよくあるぜ……」
「何? 前も何かあったの?」
「いや、この店を使いたいって大口の予約がドタキャンされただけだ」
「また災難な……」
「塩野ってやつが予約してきてな。結構な人数だったしネタとか多めに用意しておいたんだが連絡もなしにキャンセルだ。さすがに殺意がわいた」
「そりゃ……って、塩野?」
「ああ。知ってんのか?」
「知ってるも何も、さっきのあのむかつくやつが塩野って名前だぞ」
「……あんにゃろう」
塩野のやつは本当に迷惑しかかけねえな……。
「その分私も食うよ。たくさん握って」
「……ああ」
大将、めっちゃ不機嫌。




