表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

一章(4)


 あと少しで目的地に辿り着く。

 複数ある生命の反応のうち、一つがリュトに向かって急接近を始めたのは、まさにそんな時だった。


 可愛い妹の人助けをしたいという気持ちを尊重し、わざわざ危険を承知で様子を見に来たというのに。

 まさか保護対象に襲われることなるとは、誰が思うだろうか。


 応戦しようにも、エルの手を引いている上に、完全に出遅れた状況だ。

 エルの身の安全を考えれば、今更避けることは不可能だった。

 咄嗟に保護の魔法を掛けたが、急ごしらえの魔法の為、強度はそれほど期待できない。

 もし相手が手練れであれば、ただでは済まないだろう。


 だが、リュトも簡単に死んでやるつもりはなかった。

 自分が死んでも、エルだけは守らなければならない。

 命をかければ、ここ一帯を吹き飛ばすぐらい、リュトにとっては容易いことだ。


 そんな覚悟とは裏腹に、リュトの体に伝わって来た衝撃は、軽く胸を押されたような呆気ないものだった。


 足元で砂が鳴る。

 リュトは警戒しつつ、そちらへと視線を向けた。


 視線の先では、オレンジがかった茶色の髪が弱々しく震えている。

 見たところ若い男のようだ。

 尻餅をついた体制のまま、男はゆっくりと顔を上げた。


 「赤い……髪……」


 男はそう言うと同時に、震える手で腰に刺してあった短剣を引き抜き、リュトにその刃を向けた。


 「あ、悪魔めっ!来るな!これ以上近づくな!!」


 顔を蒼白にし叫ぶ男。

 リュトは構えよう掛けていた手を剣の柄から離し、静かに男を見下ろした。


 まだ若いせいか、戦闘経験は少ないようだった。

 この様な足手纏いを連れ歩くとは、彼らはよっぽどの人手不足なのか。


 リュトは魔法で他の生命反応の動きを確認するが、それらがリュトの方にくる気配はなかった。

 仲間から離れ一人で走って来たことを考えれば、この男は仲間を見捨てて自分だけ逃げて来たのだろうか。

 それとも若い男に同情した仲間が逃したのか。

 結果、出だしでリュトと衝突し足止めをくらっているようでは、この先この男が生き残れる確率は限りなく低いだろう。


 「立ち去れ!化け物!」


 震えながら叫ぶばかりで襲って来ようとしない男に、リュトは冷ややかな視線を向けた。


 「化け物か」


 リュトは、ポツリ独り言のように呟き、それから数日前のことを思い返す。

 故郷の者を皆殺しにした自分は、確かに化け物なのかも知れない。

 たった妹一人を守るために、数十もの人間を殺した。

 最初は悲鳴や血に恐怖を感じたが、死体の数が十を越えた頃には、何も感じなくなっていた。

 もし自分が化け物でないと言うのなら、いったい化け物とはどんなものなのだろうか。


 リュトはゆっくりと男に近づいて行く。


 「ひっ!」


 男はまだ尻を付いた体制のままで、それでも必死に目の前の脅威から逃れようとするが、男の手足は砂を掻くばかりであまり進んではいなかった。


 弱いくせに生に縋る者の死に際とは、なんと無様な物なのだろうか。

 リュトは最後まで誇り高く死んでいった仲間と比べ、恥さらしな男の価値を見出せずにいた。

 もしもエルが、こちらに向かおうなどと言わなければ、出会わなかったであろう人間だ。

 仮に出会ったとしても、この荒野の中、リュトならば顔も見ず斬り殺していたに違いない。


 その程度の人間を助ける意味などあるのだろうか。

 気づけばリュトは、先ほど放した剣の柄に再び手をかけていた。

 目障りな虫を払うだけだと、特別構える様子もなく剣を引くリュトの腕を、突然、エルが後ろから掴んだ。  


 「あの人が助けてって叫んでた人かな?」

 「どうだろう?聞いてみようか」


 エルは腕を掴んだまま、背の高い兄を見上げる。

 リュトは視線をエルに移し、優しい声で答えた。

 

 「うん。ねえ、お兄さん。お兄さんが、助けてって叫んでた人なのかな?」

 リュトの背から、ひょっこりと顔を出すエル。

 それを見た男が、大きく目を見開いた。


 「神子様……?」

 「神子様?」


  エルが男の言葉を繰り返し、首を傾げてリュトを見る。

  分からないと、リュトは首を振った。

 

 「神子とは何だ」


  男に尋ねるが、男はエルとリュトを交互に見るばかりで、質問に答えようとはしない。

  始めにエルがした質問にさえ答えられていない男を相手にしても、無駄に時間を消費するだけだと思い至ったリュトは、男を相手にするのを止めた。


 「……どこに行くんだ?」


 男の問いを無視し、リュトはここより先にいる者たちの方へと向かう。

 リュトが横を通っても、男は何もせず見ているだけだった。

 すれ違いざまにエルが男に「助けに行くんだよ」と伝えると、男は声も無く啜り泣いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ