一章(3)
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
三日間荒野を彷徨いやっと見つけた人間が今にも死にそうだとは、なんと運の悪いことだ。
リュトは声のした方を見据え溜め息を吐いた。
目指している村と同じ方角だ。
このまま直線を進むのが最短距離ではあったが、先に知った危険にわざわざ飛び込む必要もないだろう。
そう思いリュトが少し横に逸れてから村に行く道を検出しようと、探知魔法の使用を始めたところだった。
不意に妹に手を引かれ、リュトは足を止め振り返る。
「どうしたんだ、エル」
三日間の旅の中でエルに手を引かれたのは三回だけだった。
そしてこれが四回目。
エルが手を引くのは、いつも兄を心配し声をかけてくれる時だった。
そんな優しい妹に何と言葉を返そうかと考えながら、リュトはエルの髪に積もった砂を優しく払ってあげた。
「あっちで声がしたの。悲しそうな声だったよ」
エルが先ほど声が聞こえた方を指差し言う。
てっきり自分の心配をしてくれるのかと思っていたリュトは残念に思う反面、見ず知らずの他人をも気にかけることができる妹の優しさに誇らしくも思った。
しかし、それは今で無い方がもっと良かっただろう。
人里離れた荒野にただならぬ叫び声など嫌な予感しかしない。
何故ならこの先で待っているのは人間の死体と、魔力に侵されその姿を怪物へと変えた異形だと決まっているからだ。
「向こうには怪物がいるんだ。だから絶対に近づいては駄目だよ」
「でもあっちで誰かが助けてって言ってるよ?」
叫び声ははっきりと言葉が聞き取れるものではなかったが、エルにはそう聞こえたらしい。
だがあれはただの断末魔であり、助けに行ったとしても手遅れに違いない。
「声が聞こえたのはあの一回だけだろ?あの人たちはもう助けを求めてはいないんだ」
リュトは明確に「死んだ」という言葉は口にしたくなかった。
同じ離れていると言っても、同じような場所にいるエルの不安を煽るようなことは言いたくはなかった。
それでも、もう行く必要が無いことは伝えなければならない。
「そっか。もう大丈夫なんだね」
「助けを求めていない」という言葉の意味を取り違えてしまったんだろう。
リュトは明るく笑うエルに後ろめたさを感じたが、否定はしなかった。
どうせわからないならそのままの方がいい。
「さあ、日が暮れる前にもう少し進もうか」
リュトはエルの手を引き、はじめの予定より進行方向を少し左に修正し歩き出す。
すると、その矢先。
「ーー全滅しちまうぞ!」
今度ははっきりとした声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん!」
先ほどよりも力強く腕を引かれ、もうエルを止める言葉が見つからなかった。