一章(2)
大地に力宿る地、リザ大陸。
かつて複数の国がひしめき合い日々戦乱を繰り広げていたこの地も、今から三百と十一年前、一人の男によって統一される。
鮮血の如き真紅の髪を持つ若い男だった。
男は邪悪な力ーー魔法を駆使し、次々と国の支配者の首を落として行き、わずか数年で大陸の支配者となった。
その後男は大陸の中心に城を立てると、城を中心に新しい国を作った。
これが後三百続いた帝国の始まりである。
今から十一年前、皇族達の公開処刑が行なわれた日。突如として世界は変わってしまった。
緑あるれる大地は一瞬のうちに砂漠と化し、一刻ごとに色を変えていた空も赤黒い雲に覆われ、大地には日の光さえも届かない。
どこからか溢れ出た邪悪な気ーー魔力が大陸を覆い尽くし、多くの生き物を怪物ーー異形へと変えてしまった。
それでも今なお、人々は生きている。
女神の恩寵を受けた神子の聖なる力によって守られた、限りある世界の中で身を寄せ合って暮らしている。
いつかまた平和に暮らせる日々が訪れることを願って。
あの日からもう十一年の時が経った。相変わらずに、今も世界は砂に覆い尽くされていた。
想像を絶する悲劇を乗り越え、今この世界を生きる人々は、守るべきものの為に必死で戦っている。
「何としてでもここで持ちこたえるぞ!村には死んでもいかせるな!いいか。俺達には守るべきもんがあんだろ?ここが踏ん張り時だ。お前ら男をみせろ!!」
大柄の男が拳を振り上げ走った。その後ろを雄叫びを上げながら男たちが続く。その先では、大きな怪物が二つの鎌を振り上げ威嚇をしていた。
あの怪物は魔力の多量接種により、姿形が変わってしまった”異形”と呼ばれるものだ。大きさもさることながら、能力も元より数十倍は高くなっている。
そして一番の特徴は、その見た目だ。十一年前までは存在しえなかった、まるで空想上の怪物のような形。だがそれでいて、体の一部は元の姿を保ったまま。現実と空想の混ざり合った姿は、まさに異形と呼ぶに相応しい存在である。
そんな恐ろしい異形の元へと、大柄の男は迷わず前進し、振り上げた右手で異形の頭部を殴った。その衝撃でよろけた異形に、武器を持った男たちが襲い掛かる。
異形は叫び声を上げながらその場に倒れた。
「まずは一体か」
大柄の男は険しい表情で前方を睨んだ。
倒れた異形の後ろではまだ十体の異形が、男たちを八つ裂きにしようと鎌を鳴らしている。
「ヴォルガンこれ以上は無理だ!全滅しちまうぞ!!」
若い男が大柄の男――ヴォルガンの横に並び叫んだ。若い男の顔は恐怖に染まり、手足は震えている。
ヴォルガンはそんな若い男の苦言を押しのけ、一歩前に出た。
「帰りたければ帰れ、イバル。お前一人いなくなったって戦力にさほどの差は無い。だが命は無駄にするな。帰るなら必ず生きて村までたどり着くんだ。いいな?」
「ヴォルガン……あんたはどうするんだよ」
「俺も生きて村に帰る。この化け物どもを倒してからな」
ヴォルガンは自らを鼓舞するように、強く拳を握る。
その勇ましい後ろ姿に、若い男――イバルは自分の弱さを恥じ泣いた。
どう足掻いても勝ち目の無い戦いだと、ここにいる誰もが分かっている。逃げ出したいのは皆同じ。その中でそれを口にすることができるのは、経験の浅い若い者だけだ。
戦場が日常となった男たちは、歯を食いしばり涙を堪えるイバルを暖かく見守る。
誰もが死を覚悟していた。少なくない経験だが今のような窮地に陥ったのは初めてだった。せめて若いイバルだけは生き残って欲しい。
イバルの言葉に言い返す者は一人もいなかった。どうするか決めるのは本人だが、全員が今すぐこの場からイバルが走り去るのを望んでいた。
「さあ!行け!!」
ヴォルガンが怒鳴る様に叫んだ。イバルは勢いよく顔を上げる。背を向けたままのヴォルガンに何か言いかけて止めた。
イバルは唇を噛み締め、握った拳を目一杯振り走り出す。
しかし数歩先で何かにぶつかり、気が付けば尻餅をついていた。
顔を上げたイバルの目に最初に映ったのは、砂嵐の中でもよく映える鮮血のごとき赤い色だった。