一章
砂塵が視界を覆い、数歩前がもう見えない。
外へと出たリュトたちは、新たに暮らす場所を求めて荒野を彷徨っていた。
二人はあてもなく歩いている訳ではなく、目指している場所がある。
住んでいた場所から南の方に”エストボール”という村があることを知っていたリュトは、そこへと向かって歩みを進めていた。
吹き荒れる砂嵐の中、リュトは少しでも妹に負担をかけまいと、吹きつける砂から守るように背にエルを庇う。
砂で覆われた大地は平坦な場所が無く、一歩一歩バランスを崩さないように、慎重に歩かなければならない。もう成人し体つきもいいリュトでさえ苦労を強いられているのだから、まだ幼いエルにはどれほど過酷なものだろうか。
早くこの砂漠を越えられれば。はやる気持ちが歩調を早めてしまったのか、少しばかり早足になっていたリュトについて行けず、エルは砂に足をとられよろけてしまった。
リュトは一度立ち止まり、後ろを振り返った。振り向いたリュトにエルが「大丈夫だよ」と笑う。
妹の無事を確認し、リュトは再び歩き始めた。
持ち出した食料が尽きる前に村に辿り着くには、道に迷うわけにはいかない。魔法で常に位置を確認しながら進んでいくのだが、これがまた消耗が激しい労働だ。
砂と魔法により、リュトの体力は日に日に奪われていく。
しかし兄である自分が弱音を吐く訳にはいかない。妹を無事安全な場所へ連れて行かなくてはならないのだから。
その気持ちだけで、リュトを動かす原動力として申し分なかった。
「エル、もう少し歩いたら休もう。頑張れそうか?」
リュトは首だけを回し、後ろ手に引くエルの体調を確認する。
「うん。まだまだ元気だよ」
兄を心配させまいと強がり笑顔を見える妹の姿に、涙が出そうになるのを堪え、リュトは微笑んだ。
自分がもっと強ければ、妹はこんな苦しい思いをしなくて済んだのに。自分がもっと賢ければ、こんな危険な旅をしなくてもあの場所でずっと暮らしていけたのに。自分がもっと……。
「お兄ちゃん、疲れてる?」
考え事をしている間にいつの間にか足を止めてしまったのだろう。リュトは荒野のど真ん中に立ち尽くしていた。
同じく立ち止まり下から顔を覗き込むエルが、心配そうにリュトを見つめている。
「いいや。エルがお兄ちゃんの思っていたよりずっと強い子だったから、ビックリしたんだ」
「ふふっ。私はお兄ちゃんの妹だからね!」
不安げな顔から一変、満点の笑みで笑うエル。リュトは胸へとエルを引き寄せ頭を撫でる。
「そうだな。エルはお兄ちゃんの自慢の妹だ」
気持ちよさそうにする妹をもっと撫でてやりたい思いはあるが、ここで立ち尽くすわけにもいかない。リュトはエルの手を取り、進むべき方へと体を向けた。
さあ行こう、とリュトがエルの手を引き、二人はまた歩き始める。
二人が旅を始めて一日が経った。村に付くのにはその後三日後だった。
この砂の下には何が埋まっているのだろうか。いや、何も埋まってやしない。すべては砂に還ったのだから。