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一章(9)


 リュトとスファラは、アジトを出てすぐのところを、縦並びで歩いていた。


 「それじゃあ街を案内するわね。広場は一度来たから、別のところを案内してあげるわ。そうね……、まずは大通りからかしら」


 少し歩いたところで、村の大通りに辿り着いた。

 大通りと行っても、帝都にいた時のような広さはない。

 人が五人並んで歩けるかどうかと言ったところだろうか。


 道沿いにはいくつかの店が立ち並び、そこそこ賑わいっている。

 服屋が三軒、道具屋が二軒、食堂が二軒だ。


 「生活に必要な物は大通りで全て揃うから、困ったらここに来るといいわ。服屋は貴方の場合、男性用のお店ね。エルちゃんはまだ小さいから、子供用のお店でいいかしら」


 スファラは男性の絵が描いてある店と、子供の絵が描いてある店を指さした。

 もう一つの女性の絵が描いてある店もある。

 あれもおそらく服屋なのだろう。

 この村の服屋は、店ごとに、男性用と女性用と子供用に分けて販売しているようだ。


 服屋の奥には、工具の絵が描かれた店と、剣の絵が描かれた店があった。


 「もし日用品が必要ならあの店ね。武器屋はあの店よ」


 日用品の店に子供が入って行く。

 入り口の方で何やら手にすると、お金も払わずに去って行った。

 リュトは、同じくその子供を見ていたであろうスファラに視線を送る。


 「後は食堂ね。店によってメニューが違うから、全部の店に一度は行ってみるのがいいわよ」


 しかし、スファラはリュトの視線の意味に気づかず、大通りの店の説明を続けた。

 村では、ああいったことが日常茶飯事なのだろうか。

 それとも子供だからと、大目に見ているのだろうか。

 なんにせよ、白昼堂々と盗みを働く者がいること自体が、リュトにとっては衝撃的なことだった。

 村人たちは、裕福ではないが、困窮しているようにも見えなかった。

 皆が同じような服を着ていたし、道端で物乞いをするような者もいない。

 そのような環境で盗みを働く理由など、あったとしても、ろくなものではないだろう。

 

 日用品の店に新しい客が入った。

 リュトが、その客の様子をじっと見張る。

 その客は店の奥の方から、箒を持って出てきた。

 子供と同様に、お金を払わずにだ。

 よく見れば、店内には店主であろう人物もいる。

 店主は特に怒るでもなく、客に手を振っていた。


 リュトはようやく理解した。

 この村では、店でお金を払わなくていいのだと。


 「どのお店の料理も美味しいけど、私はルーシャさんのお店がおすすめね」


 スファラは、花の絵が描かれた看板の店で立ち止まる。

 店の名前だろうか、看板には「シャン・ド・フルール」と書かれていた。


 「味ももちろんだけど、ルーシャさんの人柄が好きなの。ちなみに、ルーシャさんはヴォルガンの奥さんなの。そのおかげで私たちは、朝食と夕食をアジトで食べられるのよ」


 リュトは、朝食と夕食をアジトで、が気になったが、深く考えるのは止める。

 先ほどの日用品の店で、自分の常識は通用しないと、もう懲りたのだ。


 「アジトには、その女以外に食事を作れる者がいないのか?」


 リュトの言葉に、スファラはハッと目を見張った。


 「そうよね。私たちにとっては当たり前のことだったから、説明するのを忘れていたわ」


 スファラは村での生活について、リュトに一から説明した。

 

 まず、村には通貨が無い。

 そもそも、お金で取引ができるほど、村は豊かではないのだ。

 それに伴って、労働は平等に行う。

 誰が何をやるか、全て決められているということだ。

 だから、服も道具も食事も平等に分けられ、それらを得るために賃金は発生しない。


 「食堂では、それぞれに与えられた食券を使用して食事をするのよ。名前入りだから他の人の物は使えないし、誰がいつ食べに来たかも、店で記録されているの。食事の回数は一日二回よ。時間は決められていないけど、空いてる店の時間が違うから、そこだけは注意ね」


 説明が終わる頃、次の目的地が見えて来た。



 大通りを抜けて西に行ったところに、住宅街があった。


 「十一年前からもともと立っていた家に住んでいるの。持ち主がいた家はそのまま持ち主が住んでいるけれど、それ以外の家は誰が住むか相談して決めたのよ。当時は家も無く野外で暮らしていた人も大勢いたの。今は住んでいる人よりも、空き家の方が多いわ……」


 立ち並ぶ家々には、生活感のあるものと、そうでない物の差がハッキリと見て取れる。

 今しがた通り過ぎた家の前には、手入れがされておらず砂が積もっていた。

 砂には足跡一つ付いていなかった。

 あの家は空き家だろう。


 人が住んでいそうな家には、戸口に文字の書かれた札があった。

 あれは住んでいる者の名前を記した表札だ。

 中には文字の上に線を引かれているものもある。

 考えられる理由は少ない。

 線を引かれた名前の人間は、死んだのだ。


 「私は毎日村の見回りをしているわ。村の人全員が不自由ない暮らしを送れるように、皆の声を聞いて回っているの。大抵の人は今の暮らしに満足しているわ。でも、やっぱり昔に比べたらどんなに貧しいか。特に病に対しては、私達にどうすることもできないのよ。医者も神官もいないこの村では、少しの風邪だって命に係わる。亡くなった人の殆どが、そういった理由なの」


 病気ばかりは、いくら平等な生活を送って来たとしても、同じにはならない。

 持って生まれた持病や、一人一人違う体質、後は運もあるだろう。

 外では異形が徘徊し、村では病魔の危険がある。

 逞しく暮らしている村人たちも、心の内では常に恐怖と戦っているのだろうか。

 


 住宅街から少し歩き、村の西の端にあたる場所で、スファラが足を止めた。

 広々とした空間に大きめの十字架が一つ立っている。

 周辺には掘り返されたような跡が複数あった。

 そして、その一部が赤黒く染まっている。


 「ここは墓地よ。亡くなった人をこの場所に埋葬しているの」


 掘られた後に対して十字架は一つだけ。

 リュトには、それだけで大体の想像がついた。

 村人たちは、亡くなった人の数を数えることを止めたのだ。

 この場所に、一人一人の十字架を抱えきれないほどの人が死に、その数はもしかすれば、今生きている人よりも多いのかもしれない。


 「このままの生活が続けば、あと何十年もしない内に私達はみんな死んでしまうでしょうね。だとしても私は、その時まで精一杯生きたい。そうすればきっと、自分が生まれた意味を見つけられると思うから」


 スファラは一つ孤高にそびえ立つ十字架を、荒涼な瞳で見つめていた。


 リュトはその背中を、何も言わず静かに見守る。


 リュトが背負ってきた十字架は、ここに眠る人の数より、もっと多いだろう。

 何千、もしくは何万の兵士が、リュトを生かすために死んだのだ。

 初めは憎しみも、悲しみもあった。

 死んでいった者たちに報いるように、努力もしてきた。

 しかし、その結果が今だ。

 背の十字架を投げ捨てて、リュトは自由を選んだ。

 そのはずなのだが、背にのしかかる重みは消えるどころか、その大きさを増した。

 今のリュトはエルという、十字架よりも重く、そして暖かなものを背負っているのだ。


 「さて、次へ行きましょうか」


 振り返ったスファラは、出だしと変わらない調子で次へと向かって歩き出した。

 リュトはもう一度墓地に目を向け、それからスファラの後を追った。

 


 村を一周し、リュトとスファラはアジトの隣にある広場へとやって来た。


 「村の案内はここで最後よ」


 広場に来るのは昨日今日と二日間でもう3回目だ。

 今更案内されるまでも無いとリュトは思っていたが、スファラが中央に立つ神聖樹まで歩いて行くのを見て、察しがつく。


 「最後に神聖樹について説明するわね」


 白樺の大木に触れながら、スファラは語り始めた。


「神聖樹はその名の通り、神聖な樹なの。聖女様が埋めた種が芽を吹き、三百でここまでの大樹になったそうよ。大陸中の殆どの植物が枯れてしまったけれど、神聖樹だけは枯れなかったの」


 昔語りによれば。

 ある日聖女が林檎を食べると、大きな種が出てきた。

 不思議に思った聖女は、大きな種を地へと植えてみた。

 すると、種はわずか一日で樹になり、次の日には赤い実をつけた。


 今までは童謡だと思っていたものも、今朝の話を聞いた後では、真実の様に思えてくる。

 これが話に出てくる樹なのだろうか。


 ――東の端の小さな村。

 話に出てきた村とこの村は、一致するところが多い。

 ここが始まりの町である可能性は、十分にある。


 教会が生まれた場所。

 その発端となった聖女の故郷。

 帝国が滅びた原因の根源たるものは、皆この地で芽生えたのだ。


 「でも、年々元気がなくなってきているように思えるわ。皮の艶が鈍くなっているし、葉の数も減ってきているの。昔は実もつけていたと聞いたけれど、私は一度も見たことがないわ。その身は万病を直すと言われていて、それがあれば今もまだたくさんの人が生きていられたはずなのに……」


 聖女は各地を巡礼する際に、その実をいくつか持っていったと言われている。

 もしかしたら、他にも精霊樹は存在するのではないだろうか。

 それが実をつけていれば、もう一度種を植えることも可能かもしれない。


 「ごめんなさい。過ぎたことを言っても仕方が無いわね。あともう一つ、これは私達の推測なんだけれど。神聖樹には魔を払う力があるそうなの。その証拠に、この村は異形に襲われたことが無いのよ」


 魔を払うと言われ、リュトは不意にエルに掛けた守護の魔法を探った。

 今のところは問題なく機能しているようだが、自分自身の魔力量が想定よりも、ずっと少なくなってることに気が付いた。

 この場所では魔法を自由に使えない可能性に、リュトは不安を抱いた。

 もしエルの身に何か起きたとしても、瞬時に助けに行くことができないのではないか、という焦りがリュトの不安を膨張させていく。


 広場を見渡せば、目の届くところにエルがいた。

 朝会った時と同じように、村の子供たちと仲良く遊んでいるようだ。


 安心し落ち着きを取り戻したリュトは、再びスファラの話に耳を傾ける。


 「それから、魔力中毒で亡くなった人が一人もいないのよ」


 リュトの知る魔力中毒は、魔法不適合者が無理に魔法を使ったことによる反動で、肉体、精神共に異常をきたす症状だ。

 実験の末、誰もが魔法を扱える訳ではないと知った皇帝は、魔法の使用を皇族のみに限定することにした。


 このことは一部の人間しか知らないことのはずだが、どこからか情報が漏れてしまったのだろうか。

 そして、もう一つ引っかかりを感じるのが、邪悪とされている魔法を使おうとする者が果たしているのかという点だ。

 もしかすれば、スファラの言う魔力中毒は、リュトの知るそれとは違うものなのかもしれない。

 リュトは、魔力中毒について詳しく聞こうと口を開きかけたが、不意に振り返ったスファラに驚き、聞くタイミングを逃してしまった。


 「ここは本当に恵まれた場所なのよ。水もあって、植物の育つ土壌もある。」


 リュトは村の中を一通り回ったが、確かに砂漠に囲まれているとは思えないほど、充実している。

 井戸からは潤沢な水が沸き、村の敷地の半分を占める田畑からも、村人の食事を賄える量の食物が収穫できていた。


 「異形から私たちを守ってくれる、守り神だっているんだから」


 スファラは神聖樹に手を当てたまま数秒間、祈りを捧げるように目を瞑った。


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