序章
一人、また一人と、赤い飛沫を撒き散らしながら崩れ落ちた人間が足元に転がる。的確に急所を突かれたその者に、もはや生き残る術は無いだろう。
今はまだ生者である彼も、そう時間も経たずに息絶えた。
「お兄ちゃん……」
背に庇う妹が目に涙をためて、不安そうにリュトを見上げている。
リュトは妹を心配させまいと、優しく微笑みかけた。
「エル、もう少しだからな。もう少しで外に出られるから、お兄ちゃんから離れないようにしっかり手を握っているんだぞ」
「うん!」
妹――エルが、リュトの真似をして笑顔を作ったが、その表情は少し硬い。
「怖い思いをさせてごめんな。お兄ちゃんが必ずエルを守るから」
リュトはエルの頭を優しくなでた。
「見つけたぞ!」
一息ついていた兄妹の前に、複数人の男がやって来る。
狭い道で重なる彼らの正確な人数は分からないが、足音から四人くらいだろうとリュトは判断した。
繋がれた手を放し、エルに少し下がっているように言った。十分にエルが離れたことを確認し、リュトは男に剣を構える。
「リュト様!その女を捨てお戻りください」
一番前の男が一歩前にでる。次の瞬間、男は心臓を一突きされ、その場に崩れ落ちた。後ろにいた男たちがわずかに動揺する。その隙を逃さず、リュトは素早く男たちに切り込み、一人は首を落とし、もう一人は肩から斜めに切り落とした。
残りは一人。リュトはその人物を見て少し眉を潜めたが、ただそれだけで、他の男と同じように腰を刎ねた。よく知った女だったが、リュトの瞳に後悔の色はない。
まだ息をしている女が、リュトに向かって手を伸ばしてきた。しかし、その手は届かぬまま地に沈んだ。女の目から流れる涙を見ても、リュトの心は全く動かなかった。
前が開け向こう側から冷たい風が流れてくる。ようやく出口に辿り着いた。
リュトは一度大きく息を吐き、妹を迎えに行こうと振り返る。振り返った先で物陰に隠れる妹と、その後ろに立つ男が目に入った。
「……リュト様」
男が言葉を発すると、男の存在に気が付いていなかったエルはビクリと肩を振るわせ、恐る恐る声のした方へ首を回す。
そんなエルを素通りし、男はリュトの前で膝を付いた。
「任務を完遂いたしました」
頭を下げたまま身動き一つしない男の首に、リュトは手にしていた剣の刃を添える。
「ご苦労だったな」
男の首元からゆっくりと刃が離ていく。男は静かに息をのんだ。
「先に逝け。後から俺も向かう」
リュトは振り上げた剣を男の首に向かって迷いなく振り下ろす。狭い通路の壁に赤い線が引かれ、血には男の首が転がった。
リュカはしばらく床に転がる男の顔を見つめてから、瞼を閉じ顔を上げた。
目を開ければ、まだ物陰に隠れたままのエルが見えた。
「エル。おいで」
リュトに呼ばれたエルは、足元の骸を避けリュトの横に並んだ。
「よく頑張ったな。あそこから外に出られるんだ」
リュトが指さした場所を見て、エルは首をかしげる。
「あれがお外なの?なんだか暗くて冷たいね」
「そうだな。でも、ここよりずっと広くて素敵なところなんだ」
リュトはエルの手を引いて歩き出す。もう戻れない道をひたすらに前へと。
彼は望んだ。妹の未来を。
彼は選んだ。同胞を裏切る道を。
彼は願った。この夢が覚めぬようにと。