七話 brand new〜ここからまた〜
瑞希が家に帰ると、マミコは部屋にこもっていた。 いつもならお腹を空かせてリビングでご飯を今か今かと待ちわびているはずなのに、おかしいなと思ってこっそり仕切り板から向こうを覗いた。すると、ベッドに寝転がってクッションを抱えて微動だにしないマミコの姿があった。
「マミコ?何かあったの?」 瑞希がそう声をかけると、 「わー!!」とマミコは飛び上がった。よく見ると、イヤホンをつけていた。 飛び起きた拍子に耳から抜け落ちたイヤホンからは、音楽が漏れ出していた。
「妄想か何か?そろそろご飯できるよ。」 「そ、そっかぁ!分かった!ありがとう!」 マミコはベッドから飛び起きてリビングに走って向かった。瑞希も遠くの席からなんとなく察していた。 あー、 あの根暗そうな男が好きなんだ、と。瑞希としてはどうでもいい話ではあるが。
その日のマミコはご飯を三杯おかわりした。その異常な食欲もあいつのせいなんだ、と瑞希は恋に盲目になる女ってすげー。と他人事ながらもある意味感心していた。 普通恋煩いとか悩んでたら食欲落ちない?と思いながらいつも通りのご飯を食べ進めた。
その頃、相変わらず落ち込んだままの栄は箸が進まずに母からも心配されていた。 「いつもバカみたいに食べるアンタが、何を今更食欲がないって…」
「うるせー、ババア…」 「また、どこでそんな言葉!」
「もういい!ごちそーさん!」 だんだん機嫌すら悪くなってきた栄はご飯を半分残して部屋に閉じこもった。真っ先に布団に入り、 改めて自分自身に問いかける。きっかけはなんとなくだけど、今俺は間違いなく恋をしている、と実感した。 マミコは樂のことが好き、という噂を聞いてからずっとモヤモヤしていた。嫉妬に近かったんだろう。 友達として樂のことは好きだが、今樂に対しての気持ちで一番大きいのは嫉妬だろう。何を嫉妬しているのかといえば、マミコの視線をかっさらっていったことだろう。 栄は心に決めた。 樂は大切な友達だけど、マミコは渡さない。と。 そう決めたら、ずっと落ち込んでる場合じゃない。明日からまた元気に俺のペースで、と気持ちを入れ替えた。
翌日、栄は真っ先にマミコと瑞希に「おはよー!」と飛びかかった。
「あれ、金ちゃん最近落ち込んでなかったっけ?」 「なんでもねーっつーの!もう元気だからな!」 「うん、その声は元気な証拠だね!良かった!」 マミコと瑞希もいつも通り元気な栄の姿に安心感を覚えた。 三人が話しているところに、たった今教室に入ってきた遙も首を突っ込んだ。
「栄!!お前元気になってんじゃん!よかったな!よく分かんねーけど!」
「まぁな!俺はすぐに治るから!」 二人は元気に笑いあった。しばらくして皆がばらけた時、 マミコはふと左隣の席を見つめた。 もうほとんど散っていた桜の木を見上げる樂に「おはよう」と一言声をかけた。樂は少し間をおいて、 「…おはようございます。」 と返事をした。その様子に律子もマミコを見つめてグーサインを出した。 マミコもこの間樂と話すことができて以前より距離が縮まった感覚がした。普通に話しかける勇気も少し出てきた。その後もマミコは相変わらず樂をうっとりと見つめていた。
その日の昼休み、マミコと瑞希は栄や遙に連れられて隣のクラスの生徒たちと体育館で遊ぶことにした。 相変わらず隣のクラスの男子たちは「よっ!金ちゃん!」とからかいを始めるが、マミコも栄ももう気にしていないといった様子だった。バレーボールをして遊んでいるうちに、マミコが3年2組の女子たちに声をかけられた。
「マミコちゃんって、あの子が好きって本当?」 その声を聞きつけた遙がその輪の中に首を突っ込んだ。 「え!?なになにマミコお前好きなヤツいんのー!?」
「えっ!?遙くん同じクラスなのに気づいてないの!?」 瑞希も栄も呆れた顔をした。
「ていうか、そんな話隣のクラスに伝わってるってさー、 もう本人にもバレバレなんじゃねーの?誰なのか知らねーけど。」
遙が問いかけると、3年2組の女子たちは遙に耳打ちする。
「あの子だよ、あの子はきっと何も言わないからバレてもバレなくてもマミコちゃんが動かなきゃ進展はないよ。…古藤田樂くん。」
「…あっそ。」
その名前を聞いた遙はすぐに女子たちの輪から離れた。 マミコがその様子を不思議そうに眺めていると、「古藤田くんってあんまり皆から好かれてないでしょ。 遥くんは苦手どころか古藤田くんのこと大嫌いだから。何かやなことされたんじゃない?」
とマミコに耳打ちした。その後も遥を眺めていると、笑ってはいるが、少し冷たい笑顔というか、機嫌は悪そうに見えた。
その日の夜も、マミコは日記帳を開いた。 遙くんは、古藤田くんのことが嫌いなのかな?と書き込んでみた。 ふと数日前のノートを振り返ると、遥くんと情一朗くんは幼馴染、という文字も書いてあった。そういえばそうだったな。と思い返してみる。遥くんも情一朗くんも仲が良さそうだった。その日の日記の最初の段落には、バイオリンを聴かせる情一朗くんと聴き入っていた樂くん、 の一文があった。 …情一朗くんを巡って遥くんと古藤田くんは仲が悪いのかなぁ?と勝手に推測してその日の日記を書き終えた。