六話 unexpected〜意外な返事〜
翌週、今日から授業が始まる。一時間目から体育の授業があるため、体育委員を務めるマミコたちも早速出番だった。
「金ちゃん、行くよ!」
「お、おう。樂も行くぞ。」
すっかり元気なマミコに対して、栄はまだマミコのことを意識していた。 マミコを見ていると、なんだか鼓動が 早くなって胸が締め付けられるような、そんな感覚さえしていた。 マミコ、栄、樂、律子の四人は一足先に体育館に向かって体育担当の教師から話を聞いていた。律子が相変わらずマミコと樂を一緒に行動させようとすると、 栄もその様子に気づいた。そして律子にこそっと耳打ちした。
「おい、そんなに樂とマミコって仲良かったっけ?」 「えっ、栄くん知らないの?マミコちゃん、樂くんのことが好きなんだよ!」
その返事を聞いた栄は思わず口から「えっ」と声が漏れ出た。
「金ちゃん?どうしたの?」 マミコが振り返ると、「なんでもないよ!」と律子が誤魔化した。 栄は胸にぽっかり穴が空いたような感覚がした。なぜなのか、まだ分からなかったが。」
今日の授業では二人一組でストレッチをして話を聞いて終わった。 体育教師の熱の入った説明に皆うんざりした顔をしていた。
「ほんと、うんざりだね。」瑞希の一番嫌いなタイプの人間らしい。 授業終わりに愚痴を始めた。
「瑞希くんって意外と口悪いというか腹黒いというか…」
「それゃ人間だから多少はね。」
すぐに笑顔を貼り付けた瑞希。マミコは遠目で見つめてまたため息をついた。
「そういえば、栄くんなんかさっきから元気ないよね?どうしたの?」
律子がふと栄を見ると、明らかに落ち込んだ様子だった。 しかし声をかけられると、栄は俯いていた顔を上げて無理やり笑ってみせた。
「な、なんでもねーよ!気のせいだろ!俺は元気だ!」
栄はまた無理に笑ってみせた。その様子を見かねた何人かの男子が栄を囲んだ。 遙や大輔たちもいた。 「金蔵らしくないぞ、どうした?」
「お前は能天気に笑ってる方が似合うぞ!!なんだ、恋煩いかー?」
「ち、ちげーよバカ!恋なんてするかよ!」 栄は無理に誤魔化してその場をしのいだが、その様子を情一朗が遠目で見つめていたことには気づかなかったようだ。
その日の放課後、帰り道に栄を誘ったが、「今日は一人 でいいや」と言われ瑞希も部活と図書委員の仕事があるらしく、律子もバスケ部の練習で一人になった。そんな時前方を歩く樂の姿を目にした。 帰り道の方角が一緒だということに気づいた。周りの目線を気にしなが ら、マミコは勇気を出して樂に近づいて声をかけた。 「あ、あの、古藤田くん!」
その呼びかけに、樂はゆっくりと振り返った。 「その…えっと…と、途中まで一緒に帰らない?」 と声をかけた。すると少し間をおいて、 「…いいですよ。」と返事が返ってきた。マミコは再度背後や周りを気にしてから、「ありがとう!」と樂の斜め後ろをついて歩いた。マミコももう樂が無口な方なのは知っていたため、自分から話題を振ろうと必死になった。しかし、誕生日なんていきなり聞き出すような話に持って行けずに、今日の出来事を振り返るばかりになってしまった。そうしているうちに分かれ道が見えてくる。 マミコは何か爪痕を残さなければ、と無理やり話を捻じ曲げようと決意した。
「あの!好きな食べ物と、 誕生日、教えて!」 話の捻じ曲げ方があまりに不自然で、マミコは胃を痛めそうな思いだったが、樂は顎に手を当て少し間をおいて、 「…9月16日です。誕生日花はリンドウです。 好きな食べ物は…ナスの味噌田楽です。」と前を向いたまま言った。
「あ、ありがとう!私ここで曲がるから、バイバイ!」 曲がり道で樂と別れた。マミコは恥ずかしくて顔が見れずに背を向けたまま手を振って走り去ったが、その背中に向かって樂は小さく手を振っていた。
その頃、瑞希は部活の前に図書委員の仕事をしていた。 春休み期間読まれて、返却された本の整理を行っていた。
最近は図書室を利用する生徒も少ないようで、あまり数はなかったためすぐに終わった。 本の整理が終わり、部活に向かおうとした瑞希に、優気が声をかけた。
「部活入ってたんだっけ?」 「調理研究部だけど…」
「そっか、いってらっしゃい。 また今度、お話できたらしようね。」
優気の声に背を向けたままの瑞希だった。 やっぱり間合いが苦手だ。まとわりついてくるような、そんな印象を受けた。気が弱くて怯えてるだけじゃなくて、心に近づいてくるような圧迫感を感じ、瑞希はあまりいい気分にはならなかった。
部室に入ると、新入部員歓迎会の準備が整っていた。千早が、「瑞希くん待ってました!!」と歓迎ムードを見せる。
「一年生と、瑞希くん、改めて自己紹介をお願いします!まず君から!」 新入生、と言われて立ち上がったのはあの時の一年生の男子。瑞希は背が低い方だがその一年生はもう一回り背が低い。 多分学校でも、二を争う低身長なのだろう。 とんがった唇が特徴的で、子供らしい風貌だ。
「えっと、桜井和緒です。 よろしくおなしゃす…」照れ臭そうに小さな声でそう呟いた。顧問と部員は拍手で歓迎する。
「えっと、三年だけど転校してきたので新入部員の、茶原瑞希です。 よろしくお願いします。」 瑞希にも三人の部員と顧問からの拍手が送られた。 瑞希はちらっと和緒の方を見る。しかし相変わらず目を合わせてくれることはなかった。やっと和緒と目が合った、 もと会話を交わしたのはその日の帰りだった。千早が「瑞希くんと和緒くんは男の子同士仲良くできそうだよね!」と瑞希と和緒の手を握らせた。 瑞希は、さっきから目を合わせてくれない和緒に早速嫌われてる、又はナメられてると推測していたのでいつもの作り笑いでその場をしのごうとした。しかし、意外な返事が返ってきた。 「そ、そっすね。瑞希、先輩。よろしくお願いしゃす。 目つき悪いって、昔からよく言われてたので目ぇ合わせるの苦手なんですけど…悪い気は何もないので…」とこれまた照れ臭そうに言った。 この時、和緒は初めて笑顔をみせた。(はにかみ笑いだったが。) 「そ、そう…僕も仲良くできたら嬉しい。 よろしく。」
瑞希は意外さを受けたが、予想もしていなかった返事に少し嬉しくなり、和緒の目線に体をかがめて目を合わせた。その日は午後五時に学校を出た。