三話 intention〜気になるあの子〜
四時間目を終え、給食の準備に生徒がバタバタと動き出す中、マミコは机に突っ伏していた。
「マミコー?なんか、随分眠そうだなぁ。」 栄がマミコの顔を覗き込むが、返ってきたのはあくびだけだった。給食が教室に搬入されると、「いい加減起きろ!」と栄に腕を引っ張られて 「ねむい〜」と目を擦るマミコの姿があった。給食の盛り付けがあっという間に始まる中、マミコは最後尾に並んで給食を受け取っていた。最後の方、サラダの盛り付け係に、マミコの意中の相手がいた。樂だ。 マミコは分かりやすく俯いてもじもじしながらサラダを受け取った。その様子を見て、一部の生徒はコソコソと囁いた。
班を組んで食事の時間になった。栄と遙は早速余った牛乳争奪戦に参加していた。班はそれぞれ四、五人で一班。 マミコの向かいには樂、瑞希の隣には優気。 それぞれなんとなく気になっていた二人が近くに座っていた。
マミコの斜め向かいに座っていた女子、名前は律子。りっちゃんなんてクラスでは呼ばれている。 律子は、マミコが樂が気になっていることに気づいており、かつからかう気は一切無いようで二人に会話をさせようとしていた。 クラス内では無口で挙動不審な樂を気味悪がっている生徒が多い中、律子と、マミコの隣に座る栄は特に樂に対して反感を抱いている様子ではなかった。 樂に対して友好的なのはその二人くらいだったが。
「樂くんさぁ、トマト嫌いだよね?マミコちゃんはトマト食べれる?」
「う、うん!トマト好きだよ!」
「樂くんあげちゃいなよ〜!ほら、あーんして!」 「…えっ」
「あ、あーんなんてっ!ダメだよ〜!」 律子のややグイグイ行きすぎなアプローチの甲斐あって、 マミコ的には少し距離が縮まったように感じた。一方の樂はいつもの下がり眉と固く閉ざした口に変わった様子は見受けられなかった。
その日の給食は豆腐ハンバーグだった。瑞希はハンバーグを食べてふと、「おいしい…」と呟いた。 本人的には不覚だったようで、その声を聞かれた途端に「違うから!」と誤魔化そうとした。 そんな慌てている様子の瑞希の肩を、二回とんとんと叩いたのは優気。瑞希が気づいて「な、何?」と怪訝そうに問いかけると、
「好きなの?僕、あんまり得意じゃないから食べていいよ。」と豆腐ハンバーグを瑞希に差し出した。
「だから、別に好きじゃな…」 瑞希が言いかけると、瑞希の向かいに座っていた男子、 大輔が優気が持っていたハンバーグの皿を瑞希の手に無理やり渡した。
「いいから食え。優気はどうしても少食だから、いつも誰かが食ってやるんだ。今日はお前の番だ。」 とハンバーグを押し付ける。
「ほんとは、全部優気本人に食ってもらわねーと元も子もねーんだけどな。仕方ねぇ、明日は優気に食わせるからな!」と遥は箸で優気を指した。優気は頬をかき、
「いつもごめんね。」と小さい声で呟いた。 瑞希はとりあえず食べなくちゃ、とハンバーグを食べ進め、給食の時間も終わった。食器の片付けが始まる中、瑞希がふと優気の皿を見ると、明らかに牛乳とサラダ以外手をつけていない状態だった。 流石に瑞希も気になって声をかけてしまった。
「ゆ、優気くん?その、もう少し食べたら?見てて具合悪くなりそうだよ。」
「へへ、色々あってね。そのうちたくさん食べるから。」
優気は大人しそうな笑顔を浮かべそう答えた。 瑞希はなんだか相手しにくいヤツ、と感じてその場を後にした。
その日の放課後から、部活動見学の期間になっていた。 マミコと瑞希の周りには勧誘したい様子の同級生が押しかけていた。
「マミコちゃん!バドミントンで青春の汗流さない?」 「瑞希くん、サッカーとかどう?モテるよ!」 などとそれぞれの勧誘の文言を口にしていた。
「あの、僕もう決めてるんだよね。」
勧誘に沸く周りの同級生に対して、瑞希ははっきりとそう言った。
「え!?どこどこ?サッカー部!?」
「調理研究部。」
「えっ?」
瑞希がそう言うと、周りが一斉にしんと静まり返った。そして一人の女子が瑞希の眼前に迫った。
「うち!?男の子が、私たちの調理研究部に?いいんだけど、男の子は一人もいないよ?」
「汗臭いのとかは好きじゃないけど、帰宅部は一番カッコ悪いから。 間をとってここかなーって。」 その答えに、調理研究部の女子、千早が瑞希の手に入部届けを握らせた。
「ありがとう瑞希くーん!調理研究部も潰れる寸前だったから!一人でも多く入ってくれたら嬉しい!」 瑞希の手をぎゅっと握ってぴょんぴょんと飛び跳ねた。 瑞希は想像以上の歓迎具合に少し具合が悪くなりそうだった。
「それで、マミコちゃんはどこに入るの!?」 「えっと…私、本当に不器用で何も長続きしないから、 部活動は入らなくていいかなーって…」 マミコは周りの熱のある歓迎を受けたこともあり、少し申し訳なさもありながらそう答えた。
「えー、もったいないよ!!帰宅部なんて!!」
「えっと…とりあえず見学には行くよ!まだ少し考えさせて!」と答えておいた。
その日の放課後は、マミコは律子に連れられてバドミントン部の見学に向かっていた。 裏庭で練習が始まっていた。
「一年生とか、入部したての頃はボール拾いがほとんどだけど、実力つけたらああやってラリーの練習もできるし市の大会にも出れるから楽しいよ!」 と律子はよく知った口ぶりで話す。
「あ、ちなみにりっちゃんはバドミントン部なの?」 「私ねー、バスケ部!でもスタメンじゃないし、しばらくマミコちゃんの付き添いしたいからって練習断ってきたの!」
指で丸を作る律子。 マミコは色々申し訳ない気持ちになった。
「えっ?いいの?そんなことして…ていうか、情一朗くんだっけ、確か色々教えてくれるって言ってた気がするけど…」
「情一朗くん生徒会長だから、忙しそうでしょ?生徒会は大忙しだから、正直転校生に構ってる暇はないみたいなんだー。」
実際今も新学期が始まったばかりで生徒会の仕事が忙しいらしい。かなり遅くまで残っているようだ。 そんな話を聞きながら、バドミントン部の練習を見学していると、 律子にふと肩を叩かれた。 「ねぇ、あれ見て!」
「えっ?…あっ。」
律子が指を指したのは裏庭から見える通学路。見覚えのある深い紺色の髪の毛の男子生徒が歩いていた。
「この時間、樂くんがいつもここ通ってから帰るんだー。樂くんは帰宅部だから、マミコちゃんも部活入らなかったら一緒に帰れるかもね!」
「そ、そっかぁ…」
マミコはバドミントン部の練習をよそにだんだん遠くなる樂の後ろ姿にメロメロだった。
瑞希は入ることは決めたものの一応、と調理研究部の見学に来ていた。確かに女子生徒しかいない。そしてだいぶ人数は少ない。千早含め三人しかいなかった。瑞希と一緒に見学しているのは、 一年生が一人。顧問の先生は二人に対して「よく来たねぇ、しかも男の子が二人なんて、新鮮だわぁ」と二人を交互に見ながら言った。もう一人の一年生は、男子生徒だった。男子が見ているからなのか、三人の部員もいつもより私語が少なくとても真剣な様子だったようで、「いつもより静かでテキパキしていて、素晴らしいわねぇ。 二人ともぜひうちの部活に入ってちょうだいね〜。」と二人に念押しした。その一年生の男子は、一度も瑞希の方には目をやらずに、じっくりと料理に見入っていた。そして時折メモ帳にボールペンで書き込んでいた。