二話 mirror〜似ている、似ていない〜
「マミコー?朝だよ、マミコー?」
瑞希は仕切り板を退かしてマミコの横たわるベッドに膝 を乗せた。 マミコはよだれを垂らしながら時折足を動かしていた。瑞希は考えた結果、デコピンで起こすことにした。人差し指に力を込めて、マミコのおでこにクリーンヒット。マミコは「いったぁ~!!」と声を上げてべッドから飛び起きた。
「朝!?うそっ、遅刻する!?」「いや、まだ大丈夫だけど。 ご飯できてるよ。」
マミコは安心してベッドを降りパジャマのボタンを外した。すぐに瑞希はくるりと背を向け仕切り板を元に戻した。
「ねぇマミコ、今朝はどんな夢見てたの?」
「えっと、ナイショ!」
「えー、いつもなら面白い夢だってすぐに教えてくれるのに。 変な夢でも見たの?」
「そ、そんなわけないじゃん!」
「あー、変な夢見たんだー。そのリアクション、 変な夢見たんだー。」
からかう瑞希に、マミコは瑞希の朝食の皿の上にあるウインナーを一つ奪って口に放った。 瑞希は「あー!!」 と声を上げてマミコの顎を開こうとした。 両親は仲の良さそうな二人を見てにこやかに微笑んだ。
今日から普通の授業が始まる。まだ転校してきたばかりの二人は部活動、委員会、大前提として学校に慣れるこ と、三年生ということもあり受験に対するあれこれ…など課題はてんこ盛りだ。 生徒会長を務める情一朗が「その辺は俺に頼ってくれ。」と二人に伝えてある。 二人は困ったら情一朗に頼ることにした。転校してきたばかりのマミコ、瑞希の周りには顔見知りの同級生からお互い知らなかった同級生までたくさんの同級生たちが囲んでいた。 マミコは早速女子生徒に囲まれて質問責めにあっていた。内容は『クラスで気になる男子はいるの?』など女子らしいものだった。その質問に対して、マミコは 「と、特に気にならないかなー?ととと隣の席の男の子なんて、そんなに~?」と明らかに動揺した声で笑顔を貼り付けながら答えた。 その 『隣の席の男の子』 は相変わらず桜の木を眺めていた。 マミコを囲んでいた女子生徒たちは、マミコの腕を引っ張りこう耳打ちした。 「あの子は古藤田樂くん。 関わらない方がいいよ。」
「え?」 マミコは突然の発言に頭上に?マークを浮かべた。だが、目の前の女子たちの複雑そうな顔を見てな んとなく状況を察した。 ちらりと横を見ると、樂は一瞬だけマミコに目線を向けた。その目線はすぐに下の方を向いたが。 マミコは相変わらず、彼の一挙手一投足に見とれていた。
その日の午後は部活動、委員会説明会が開かれる。 マミコたちのクラス、3年1組にも部活動、委員会の説明会でステージに上がる生徒が何人かいた。その中には遙や栄もいた。
「金ちゃんはどの部活に入ってるの?」
「えっと、サッカー部だ!お前らが知らない間にサッカー始めて、ずっとやってるんだよな!」
マミコ、瑞希が地元を離れたのは小四の頃。 小学校の部活動は四年生から始まるため、栄が小四の頃からサッカーをしている、という事実は二人にとって今初耳だった。
「へー、金ちゃん不器用そうなイメージあるんだけど、 サッカーなんてできるのー?」
「できるわ!パスが一番得意だ!」 瑞希のからかいに栄は自慢げに対抗した。
「ま、こいつスタメンじゃないんだけどなー。俺はスタメン以前にバスケ部部長やってっから!」 「ちょっ、やめろよ言うなって!」
「いいだろいずれバレるんだから!女子の前だからってカッコつけんな!」
「るせー!!」
遙は栄の肩に腕を回して栄をからかう。遥はその大きい体を活かしてバスケ部の部長を務めているらしい。 自分 で『エース』と名乗った。 栄は居心地の悪そうな顔をして口先をとんがらせた。
部活動、委員会説明会が始まった。 バスケ部の説明では、遙が豪快なダンクシュートを決め拍手喝采を受けていた。 一方の栄はステージに立ったものの、特に技などは披露しなかった。その様子を見て瑞希はマミコに 「さすが金ちゃん、ちゅーとはんぱだねー。」と耳打ちした。一時間まるっきりかかった部活動、委員会説明会を終え、その日は五時間目で下校時間となった。 瑞希とマミコが一 緒に帰ろうとすると、瑞希は男子の集団に、マミコは女子の集団に腕を引っ張られてそれぞれから一緒に帰ろう、 と声をかけられた。二人はそっくりな笑顔で「いいよ」 と返した。心の内は二人とも一緒とは限らないが。
瑞希は男子四人に囲まれて色んな問いかけに応じていた。 「なんか、コイツ気になるなーってヤツいる?」
男子の一人がそんな質問をした。つまんねぇ質問ばっか、 と内心思っていた瑞希はうつむき気味だった顔を上げて質問に答えた。 「えっと…前の席に座ってる白髪の…」
「あー、優気くん?優しい子だよー。」 男子はあっさりと一言だけそう述べた。 白髪の男子は優気という名前らしい。
「ふーん…」
そこで会話は途切れてしまった。瑞希は内心、つまんねぇヤツなのかな。と思った。後ろ姿だけで気になったけど、まぁ関わることはないか。とふっと息を吐いた。
その後、マミコと瑞希はほぼ同じタイミングで玄関前で合流した。 瑞希はもう疲れきった顔をして無言だった。 対するマミコはニコニコした笑みを浮かべていた。 双子でも、違うところは違うのだ。
「マミコは、何をそんなに楽しそうにしてるの?」 「やっぱり、恋バナっていいよね〜!楽しくて話し込んじゃってさ!」
マミコは頬に当てうっとりした表情を見せる。 「ふーん…あの男子たち、クソつまんなかったよ。当たり前のことしか言えないって、どんだけバカなのって。」
「こらこら瑞希!まーた口悪くなってる!」
瑞希はマミコに背を向け部屋に飛び込んだ。 マミコは大きなため息をついてリビングのソファーに座った。瑞希は少々猫かぶりで、素は口が悪いところがある。昔からだ。一方のマミコは裏のない性格で、とても単純。悪く言えば騙されやすいところがある。二人の挙動は似ているが、性格は真逆なのだ。
その日のマミコの夢も、またあの心地よい声が耳元で聞こえてくるものだった。だが、途中から様子がおかしくなった。その声は、段々と掠れていき、苦しそうな喘ぎ声に変わっていった。首でも絞められているような苦しそうな声に、マミコは思わず飛び上がった。時計を見ると午前五時。マミコはびっしょりと背中に汗をかいていた。それから二度寝はできずに、その日の午前中は眠いままだった。
午前四時、彼は自らの首を絞める夢を見た。あまりの恐怖に布団を力一杯抱きしめ、静かに泣き出した。その部屋がノックされる。彼は顔を布団に埋めたままだ。扉を開いたのは、彼と同じ深い紺色の髪の毛の女性。黙って彼を抱き寄せた。彼はますます涙が止まらなくなったのだった。