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diary〜ひびのおと〜  作者: 菖蒲P(あやめぴー)
第一章
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一話 spring〜花開く蕾〜

挿絵(By みてみん)


あっという間に過ぎた春休みを終え、石動中学校の外周には今にも花を咲かせそうな桜の蕾がまだ少し冷たい風に撫でられていた。 新学期まであと三日。 まだ校舎内に生徒の姿はないはずだが、廊下から足音が聞こえる。先頭を歩く教師と、その後ろをついて歩く、顔がそっくりの男女。校舎内を一周したのち、談話室に入った。


「瑞希!いよいよだね、また皆に会えるよ!」「へへ、そうだね。皆大きくなったかな~。」校舎を後にした二人はこれまたそっくりな声で会話をした。校門をくぐり、ふと少女は桜の木を見上げる。そのまま立ち止まっていると、『瑞希』と呼ばれた少年が 「マミコ!早く行くよ!」と声をかけた。「あっ、ごめんごめん!」「マミコ』と呼ばれた少女は先を歩く少年に駆け寄った。


それから三日経ち、石動中学校の入学式、始業式の日となった。 新一年生と保護者で校門が賑わう中、マミコと瑞希はなぜかこっそりと身を潜めながら、急いで靴を履き替え職員室に飛び込んだ。これは二人の願望のようで、 時間が来るまで誰にも見つからずに隠れていたい、というものだった。何しろ二人はこの土地出身で、一時期家事都合で地元を離れていたものの中学三年生になった今年、戻って来ることができたのだ。中には幼い頃からの知り合いも居て、サプライズ、といった具合に皆の前に登場したいという強い願望があるのだった。 八時になったら朝のホームルームが始まる。 あと10分程度、二人は待ちきれんばかりに足を交互にバタつかせた。


朝八時。ほぼ全生徒が教室に入ったところを狙って、担任について歩き、二人は教室の扉の前に身を潜めた。 朝のホームルームが始まり、転校生の話題が上がるとクラスは大盛り上がりだ。 マミコと瑞希も顔を見合わせて笑った。そして担任が扉をノックし合図する。 二人ははやる気持ちを抑えて黒板の前に立った。そして目でクラス中を見渡した。すると二人とも同じところで動かしていた目が止まった。その瞬間、二人の眼中のど真ん中にいた一人の少年が大きな音を立てて席から立ち上がった。 「お前ら…!?マミコと瑞希か!?」


「「金ちゃーん!!」」


『金ちゃん』と呼ばれた少年は後ろの方の席から黒板の前に飛び出して二人の顔をまじまじと見つめる。 


「マミコだよ!」 「瑞希だよ!金ちゃん、久しぶり!」 「あ、あのさぁ、その『金ちゃん』ってそろそろやめろよな!もうそんな歳じゃねぇし!」


三人が周りをほったらかして大盛り上がりしていると、中央の列、前から三番目の席に座る少年が立ち上がった。


「金蔵、友人との再会は分かったからそろそろ席につけ。 転校生の二人も、自己紹介を手短に頼む。」 黒髪にメガネ、真面目そうな風貌の少年の言葉に金ちゃんは「サーセン!」と一言言って元の席に着いた。


「えっと、僕たち元々この辺に住んでたから知ってる人もいると思うけど、茶原瑞希です!」

「双子の姉、茶原マミコです!さっきの金蔵栄くん、通称金ちゃんは私たちの幼馴染です!」

「「よろしくお願いします!」」


二人は声を揃え全く同じタイミングに同じ角度のお辞儀をする。生徒は拍手を送った。


「それでは、空いている席に着いてね。」 担任の指は二つの席を指していた。 隣合わせの席ではなく、離れた位置にあった。 マミコと瑞希は顔を見合わせると、「僕あっち!」「じゃあ私あっちね!」とすんなりと席を決めた。


瑞希が座った席は廊下側一番後ろ。瑞希が席に着くと、早速隣の席の少年に声をかけられた。


「お前、第1小学校に通ってたよな!俺第2小学校に通ってた胡桃澤遥だぜ!よろしくな!」 桃色の髪を一つ束ねにした背格好の大きい男子。 『遙』 と名乗った。 快活な笑みを浮かべて瑞希に声をかけた。 「えっと、誰?」


瑞希は見覚えがないようで遥の問いかけに首を傾げた。 「まぁ知らなくても仕方ねぇよな。俺はこの地域の同い年のヤツはほぼ全員認識してるから!勝手に見てただけだ!」


「何それキモっ…」


二人は早速仲良く(?)なった様子だ。瑞希が椅子に腰掛けると、目の前に髪の毛の白い少年が座っていた。 雲のようにふわふわとしていて、ポメラニアンみたいな毛だなぁと見つめていた。


マミコが座った席は左から二番目の一番後ろ。隣を挟んで栄が座っていた。「金ちゃん大きくなったね~!」 「だからその金ちゃんってやめろって!」 二人の仲の良さに周りも笑みを浮かべた。 マミコがふと回りを見渡すと知っている顔ばかりで、目線が返ってくる。 地元に帰ってきた実感が強くなり、そして周りも暖かく歓迎してくれていてマミコはホッとした。 そして最後に左隣を見つめると、桜の木を見上げていた少年がいた。 深い紺色の髪の毛が少し開いた窓からくる風に揺られていた。 マミコはふと見入る。 他の生徒はほぼ顔見知りだが、この生徒には見覚えがなく、向こうを向いていることをいいことに少年の後頭部をしばらくじっと見つめた。すると、少年がくるりとマミコの方を振り向いた。 マミコはびっくりして「ごめんなさい!」と小声でつぶやき目を手で覆った。しかし少し待っても返事が返って来なかった。 マミコは恐る恐る手を目から外しもう一度少年の方を見た。少年はマミコの方をじっと見つめ、一度とても小さい会釈をすると今度は黒板の方に目線を向けた。マミコはしばらく少年に見とれていた。 単純に顔が好みというか、挙動が綺麗で、見ていて心が落ち着いた。しかし、担任の呼びかける声に意識を取り戻し、すぐに黒板の方に向き直った。


入学式、始業式を乗り越えてその日はまだ明るい内に帰宅時間となった。 マミコと瑞希が帰ろうとすると、栄と遙が「一緒に帰ろうぜ!」と声をかけた。四人は並んで桜の木の下を歩いた。 マミコだけが桜に興味津々で、時折見入っては三人に置いていかれそうになる。 三日経って、蕾だった桜も満開になっていた。


「それでさー、二人はどうして急にこっちに帰ってきたんだ?」 遥が問いかける。


「家事都合というか、介護の関係でおじいちゃんおばあちゃんの家に居たんだけどおじいちゃんが亡くなって、 おばあちゃんは介護施設に入居することになってひと段落ついたから戻ってきたんだ。」


「確かじいちゃんばあちゃんの容態が悪くなったとか、 施設に入りたがらなかったとか、言ってたよな。でも、なんで帰ってくるって連絡俺にくれなかったんだよー! 幼馴染だろ!?」


栄はマミコと瑞希の間に入って二人の肩に腕を回した。 その様子を見て 「ずり!!俺も入れろよ!」と遙も栄とマミコの間に入って四人はぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅう状態になった。最終的にマミコが姿勢を崩し、それにつられて瑞希たちも地面に尻餅をついた。 地面に尻餅をついた四人は大声で笑った。


その頃、学校にはまだ委員会所属の生徒が残っていた。 入学式で体育館に並べられた椅子の片付けや廊下の飾りつけの撤去作業に当たっていた。 「情一朗くん、二階の撤去は全部終わったよ。」 「そうか。報告ありがとう、清白。」 「会長~!パイプ椅子の片付けにもう少し人手くれないかな~?」


「分かった。清白、二階の作業をしていた生徒を体育館に。」


『情一朗』と呼ばれたメガネの少年は手に持ったプリントを見ながらあちらこちらに指示を飛ばしていた。 「了解。」


『清白』と呼ばれた白髪の少年はメガネの少年の指示を受けて二階に戻った。 その後も情一朗は教師たち以上に現場を仕切り休むことなくテキパキと動いていた。 そのスムーズな進行具合もあり、手に持っていたプリントに書かれていた予定時間よりだいぶ早くに全ての作業を終えた。情一朗は全員が玄関を出たことを確認してから玄関で靴を履き替えて校門を出た。皆一目散に帰る中、情一朗はふと桜の木を見上げた。この晴れの日に相応しく、満開になった桜をしばらくじっと見つめていた。ふっと頬を緩めてその場を立ち去った。


その日の夜、マミコは仕切り板を挟んで同室にいる瑞希が寝たことを確認して、机の電気を点けてノートを開いた。新品の、まっさらなノートだった。マミコは固唾を飲み、震えた手でノートにボールペンで文字を一つ書いた。一つ目の文字が書けたことを確認してホッと胸を撫で下ろしたマミコは、二文字目からはいつものスピードで書きはじめた。そのノートには日付、天気、日記の欄があった。思いのまま、マミコはボールペンで文字を書き連ねた。今日あった出来事、楽しかったこと、全てを紙の上に表現した。一ページギリギリまで書き終わるとマミコは満足してノートを閉じ、ベッドに入って部屋の電気を消して真っ暗にした。まもなく、マミコは眠りの世界に入った。


「…マミコさん。」


眠りについたはずのマミコの耳に、心地よい低い声音が響いた。 …マミコは目を閉じたまま、布団を蹴飛ばした。 夢の中、マミコはどんな世界に入っているのだろう。それを知るのはマミコだけだろう。

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