予感
厘は、少々警戒していた。
花瓶に生けられているときも、こうして化身となったあとも、岬の体質については熟知しているつもりではあったが、正直霊魂の方については謎が多い。
岬の額に触れて、中にいる奴をつまみ出そうと試みてみたが、それも到底かなわなかった。妖気では、うまく太刀打ちできる相手ではないらしい。……それに、
「なんなんだ、あいつの気は……」
いま岬に憑いているみさ緒は、とくに妙な気を放っている。あのおとぼけ……岬には到底感じることはできないだろうが。
「……まぁ、いいか」
厘は、襖の向こうを気に掛けながら目を閉じる。
何者だろうと、傷つけさせはしない……絶対に。そう思いを馳せながら。
ガシャンッ───
「いっ……!」
翌朝。厘はその騒々しい音と、岬の声で目を覚ました。
なんだ……?
身体を起こすと、狭い台所で小さくうずくまる岬が目に入る。また、ドジをしたのだろう。厘はやれやれ、と羽織を纏いながら彼女のもとへ向かった。
「おい、どうした?」
「り、厘……っ、えと……これは、」
厘は目を見張る。岬の手が、血に染まっていたからだ。
近くに落ちているのは調理バサミ。その先端も同じく赤い……ということは、岬の手の上に落ちてきたのか……こいつが。
「傷口はどこだ。とりあえず洗え、漱げ」
「うん……」
トングやお玉と一緒に、シンク上にぶら下げていたハサミ。
留め具が弱ったってことか……?厘は岬の手を漱ぎながら、眉を顰めた。
「もう大丈夫、だと思うよ。ありがとう、厘」
「あぁ……出血が多いだけで、たぶん傷口は深くない。ちょっと待ってろ」
厘は岬の指に、持ち出した絆創膏を巻きつける。この白い肌も、細い身体も……危うい。正直言って、持て余す。
「ありがとう。やっぱり厘は、器用だね」
正面で細まる丸っこい黒目。窓越しの朝日に照らされる薄紅色の頬。糸のように細長い、母親譲りの黒髪。
……どうして託したんだよ、宇美。俺に、この娘を。
「厘?」
「……悪い。なんでもない」
厘は雑念を払い、視線を背けた。どうして、と問う前に、俺にはやるべきことがあるだろう。
「岬、今日は俺が支度するから、他の準備してろ。もう指は平気か?」
「うん、平気。ありがとう」
「あとな……登下校は俺もついていく。そのつもりでいてくれ」
「…………え?」
案の定、気の抜けた声が返ってくる。厘はそんな彼女の額をつついて「いいから早く準備しろ」と促した。
やるべきこと……まずはこの嫌な予感、渦に、岬を巻き込まないこと。そして───
「みさ緒も起こしておけ。まだお前の中で眠っているらしい」
「う、うん……」
棲みつく霊魂の正体を、探ること。