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花の化身は、お憑かれ少女を庇護したい。  作者: 魚澄
第2章 Kalaratri
5/21

あやかしは同居人


 逃げるなよ。……そう言われたところで、逃げようもなかった。


 なぜなら、リリィの化身は居座るどころか、


「岬、醤油が切れる。次の遣いで買ってくるのを忘れないように」


「は、はい……」


 エプロンまで(こしら)えて、すっかり家主の風貌だったからだ。


 ……でも、リリィの味付けってすごく好き。岬はすでに、胃袋を掴まれかけていた。


「いただきます」


「召し上がれ」


 手狭な1DKに突如現れた同居人。それも(あやかし)、しかも異性。


 はじめは抵抗があったものの、違和感はあまり覚えなかった。それに、妖花といえど人としての常識は(わきま)えているようで、脱衣所でバッタリ、なんていうハプニングもない。


 彼のお皿に添えられた生野菜にも、ここ一週間で随分と馴染んでしまっていたし、何より夕飯が日々の癒しになっていた。


 温かいご飯。今日もまた、一汁三菜。母を失くしてから、カップラーメンと冷凍食品の往来が主だった岬にとって、それは紛れもなく絶景であった。


「んっ、おいしい……!」


 ブリの照り焼きを頬張りながら、思わず目を細める。そして、添えられた長ネギの香ばしい匂いもまた、五感をくすぐる。


 濃すぎない味付けも、岬好みだった。本当に……美味しい。


「今日は味見をしたからな」


「え……今まではしてなかったの……?」


「たまにしてる」


「たまにかぁ」


 ということは、味見なしであのクオリティだったんだね……。岬は、底知れない彼のスペックに感嘆した。


「リリィって、器用なんだね」


「普通だよ。……それより、そろそろやめないか。その呼び方」


 シャリッ。

 玉ねぎを林檎のように(かじ)りながら、彼は言った。それも、特段思いを込めたような口調で。


 母と付けた名前は捨てがたいが、男性に“リリィ”という渾名は可愛らしすぎるのかもしれない。


「やっぱり……女性みたいで嫌だよね」


「草花だから、明確に区分けされているわけではない……が、確かに俺はオスだ。リリィという響きも正直、似つかわしくないとは思っている。まぁ、それより……」


 草花と花の違いって、なんだっけ。岬は首を傾げながら、続く言葉を待った。


「“リリィ”単体では百合の意を表す。それが、どうにも引っかかっていたんだ」


 引っかかっていた……ということは、彼は前から違和感を覚えていたってこと。


 名付け親のお母さんも、私も……こういうところはとことん抜けている。何も知らず呼び続けていたことに、岬は顔を熱くした。


「それじゃあ……何て呼ぼうかなぁ」


(りん)


「え?」


「俺の名だ。好きなように呼べばいい」


 小さく口を動かしながら、視線を逸らす。


 出会ったあの日も思ったけれど、この仕草は照れ隠しなのかな……。岬はクスッと笑みを零した。


「わかった。厘って呼ぶね」


「ああ」


 今度はキュッと閉じられる口元に、少しだけ胸が締る。この薄い唇にキスをされた、なんて……いまだにちょっと、信じられない。


 岬はときおり彼を垣間見ながら、例によっておかずを全て平らげた。


「ご馳走さま、厘」


「ん」


 同居人が増えたという新鮮味はあっても、ずっと同じ部屋で“生けていた”厘に対して、緊張感はなかった。


 そう。あまりにも居心地がよくて、岬は忘れていた。


 自分の体質のことを。



 体調が変化を見せたのは、その翌日。下弦の月夜のことだった。


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