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花の化身は、お憑かれ少女を庇護したい。  作者: 魚澄
第1章 Lily of the valley
3/21

妖花


 岬は混乱していた。


 台所に立って味見をする姿はさながら母のようだったし、調味料や器具の場所も熟知しているように見えたからだ。


 まるで、ここまで一緒に生活して来たかのように。


 それに、何気なく呼ばれているけれど、


「岬。これテーブルに」


「あ……うん」


 どうして私の名前を知っているのだろう。岬は差し出されたお椀を食卓に並べながら、首を捻る。


 本当に怪しい人だったら危ないのでは、とも思ったけれど、どうしてか追い出すことができない。


 リリィだと名乗られているからか、それとも、心の内で何かが引き止めているのか……。岬にはその訳が分からなかった。


「よし。食べるか」


 袴のように裾広がりのはき物、上には藍色の羽織。それらを嫌味なく着こなした背丈が、同じ目線まで下りる。


 事もなげに正面に座る(自称)リリィと、豪華なおかずを前に手を合わせた。


「い……いただきます」


「召し上がれ」


 一汁三菜がそろっている食卓は、いつぶりだろう。岬は疑い深く彼を見つめながらも、感心してしまった。


 匂いからでも伝わる、コクの深さ。年もそう変わらなさそうなのに、良妻賢母と称えたいくらいの出来栄えだ。これは、絶対においしい。


 岬はゴクリと喉を鳴らした。


「……っ、おいしい……!」


 口に含んだ豚汁。お母さんが作ってくれたのと、よく似ている。キャベツとネギがふんだんに使われているのが、うちの豚汁の特徴だった。


「当たり前だ」


「あの、食材ってどこから……」


「買ってきた。買い物くらいできるぞ、俺は」


「その格好で……?」


「……何か不満があるのか」


 まだ箸を持たずに腕を組んだままの男は、ギロッと岬を睨んだ。


 こ、こわいっ……こわいし、眼力が物凄い。……でも、人と目を合わせたのは随分と久しくて。岬には、それが嬉しかった。無意識に顔を綻ばせるほどに。


「何がおかしい」


「え?」


「にやけてるだろ。俺の見てくれに、おかしなところでもあるのか」


 ズイッ。

 寄せられた男の眉間には、皺が縦に刻まれていた。その下で、白く長いまつ毛がほんのり光る。


 口角って、鈍らないのかな……。岬は頬を押さえながら、視線を落とした。最後に笑ったのは、母親が倒れるより前の事だったから。


「おかしくなんて……むしろ綺麗です、とても」


「そうか。ならいい」


 ……いいんだぁ。岬は和え物を頬張りながら、男を見据えた。


「あの……」


「今度はなんだ?」


「あなたは、本当にリリィなの?」


 あまりにも単刀直入。

 怪しげな男が作った料理を食し、追い出しもせず留めている状況で、聞く以外の選択肢はなかったのだから。


 “死”への恐怖はない。むしろ、お母さんにも会えるのだから都合がいい……そのはずなのに。


 身を案じる自分と、極楽を望む自分……岬はその矛盾にもまた、首を捻った。


「そう言ってるだろ」


 ハァ、と息をつきながら、彼はやっと食材を頬張る。豚汁以外は岬とは違う、“まんま食材”だ。


 証拠に、シャキシャキと音が響いている。


「生野菜って、苦くない……?」


「あぁ。生身の人間と違って、花には水分が必至だからな。炒めると飛ぶだろう」


 いまの姿はまったく、お花のようには見えないけれど……。


「えっと……つまり、人間の姿に化けている、ってこと?」


「分かりやすく言えばそうだな。もともと、俺はただの花ではないが」


 ゴク、ゴク、ゴク。コップを片手に「ぬるいな」と顔をしかめたあとで、男は言った。


「岬。お前と、お前の母親が生けていた花は“妖花(ようか)”。普通の花と違う点があるとすれば、一年中開花させること、こうして化けられること……あとは“生気の量”だな」


「妖花……生気……」


 平らげた料理に両手を合わせ、岬は呟いた。


 母が読み聞かせてくれたおとぎ話、昔話の類には、人に化ける妖怪や動物が出てきていたけれど……まさか、花が化けるなんて。


 岬のなかに、疑う、という選択肢はとうになかった。自身も“ただの人間”とは言い難い存在だったから、かもしれない。


「生気の件に関しては、お前にも思い当たる節があるだろう」


「それは、どうして?」


「母親から言われていなかったか?『(リリィ)を摂りこめ』と」


 ああ、そうだ。お母さんからの約束、そして日課。

 岬が身体の不調を訴えると、母は決まって言っていた。現に、それを守らなかったから、今日倒れるまでに至ったのである。


「『リリィは私を守る、大切な薬』って言ってた……でも、それが生気と関係あるの?」


「大ありだ」


 リリィは白髪を揺らしながら、無音で立ち上がる。その動きは滑らかで、岬は直前まで気配に気づくことができなかった。至近距離で顎を持ち上げられる、そのときまで。


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